第3話 メイド

 さて、そうと決めればもうこの賊に用はない。高貴な俺様に気安く触れる愚か者に相応しい罰を与えてやろうではないか。


 俺様は容赦無くマナを吸い上げた。


「ぬぅおっ!? な、何だ、これは!?」

 

 男から搾取できたマナは微々たる量であったにも関わらず、親玉はあっさりと俺様を手放した。地面に突き刺さる俺様を少女がジッと見つめている。


 しまった! 大人しくしておいた方が良かっただろうか?


 所有者のマナを勝手に吸い取る魔剣。果たしてどれほどの人間がそれを手にしようと考えるだろうか。何とかして、俺様がいかに役に立つ存在であるかを伝えなければなるまい。だが人ならざる剣の身ではそんな簡単なことすら難しい。


 マナが枯渇し、生まれたての子鹿のように足を震わせている男。そんな情けのない親玉へと少女は近付いた。静かなその足取りはまるで死神のよう。


「ま、待て! 見ろよ、俺は動けねぇ。お前の勝ちだ。だからーー」


 一線。刀身が描く流麗なる光の線が男の首を宙へと放る。一拍置いて、血が噴水のように噴き出した。降り注ぐそれらはしかし、マナの輝きに阻まれて少女には近付けない。


 殺伐とした斬り合いを終えても、人形のように整った少女の表情が変化することはなかった。感情を読み取らせないオッドアイがこちらをジッと見つめている。


 俺様はここぞとばかりに念じた。神頼みと言ってもいい。魔神と謳われたこの俺様が。しかしここで少女に放っていかれるのは非常にまずい。ならば祈るのもやむなしだ。


 少女の持つ剣はそれなりにちゃんとした作りをしてはいるが、長所と言えばそれくらいで、あとは凡庸の一言。非凡な少女にはまったく似つかわしくない。そんなものよりも俺様の方が億万倍、いや兆万倍はお勧めだ。だからほら、俺様を拾うのだ。


 やがて祈りが天に通じたのか、少女は手にしていたなまくらを放ると、俺様を掴んだ。途端、刀身が勝手に細くなる。


 少女の体格に合わせた? いやマナか。マナに反応したのか。


 自分でも知らなかった機能だ。何せ剣となって初めての所有者なのだから。オッドアイの瞳が細くなった黒い刀身を覗き込む。

 

「綺麗」

 

 魔神となった俺様は既に性別を超越した存在ではあるが、一度は絶世の美女と謳われた身。ましてや持ち主と認めた相手に容姿を褒められて悪い気はしない。

 

「魔剣ちゃん。貴方の名前は魔剣ちゃん」

 

 どうやら俺様の名前が勝手に決まったようだが……。魔剣だから魔剣ちゃん。メチャクチャ安直だとは思うが、いつまでも剣でいるつもりはないので特に否はない。


 少女は名前をつけて満足したらしく、俺様を持って移動する。拠点は思ったよりも近くにあった。森の中の切り開かれた場所に、丸太で組んだだけとはいえ、キチンと屋根がある建物が並んでいる。この大陸の人間は基本的に一箇所に留まらない。長く住めば魔物や竜を呼び寄せるからだ。だから色々なポイントに棲家を作って、その棲家を一年をかけて回っていくのが基本的な生活スタイルだ。拠点によっては野宿と変わらないモノもあるが、ここの住まいは中々に立派だ。


「ただいま」


 俺様を持った少女が家の中に入っていく。中には武装した、六名の男女がいた。余程環境に恵まれた拠点でなければ清潔さを維持するのは難しい。なのでその小綺麗さから六名が術者なのは明らかだった。


 黒髪黒目の女がマリを見るなり血相を変えて出迎えた。

 

「マリお嬢様! 心配したんですよ。一体どちらに行っておられたのですか!?」

「追放者がいたから斬った」

「なっ!? 何してるんですか? お怪我はありませんでしたか?」

 

 それにしてもこの女、メイド服に胸当てとは中々に斬新な格好だ。いや、それよりもその服のクオリティの高さはどうだ。メイドだけではない。他の者も着色された立派な衣類を身に纏っている。この家に入る前に見た、ここの拠点を使用している部族の者達はもっと簡素な格好をしていたので、恐らく、いや、間違いなくこの者達は『街』の住人だ。


「ない」


 と、少女(マリと言うらしい)が答えてもメイドは安心できなかったようで、小さな体をペタペタと触る。


「ロロナ、くすぐったい」

「我慢してください」


 メイドは一通りマリの体を触ると、ようやく無事を確認できたようで、ホッと息を吐いた。

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