テイク7 喜び
テイク6に至っても尚、教室から出られない現状に嫌気が差してくる。そろそろ告白されてからまだ見ていない廊下以降の景色を見たい。
『……うむ、すまない。耳を塞いでも意味ないのだ。耳を無くしてもそれは変わらない。本人がいない所で告白されても死にはしないが、本人がいる前で告白するとそれは死ぬ。簡単に言えば、告白を受けた本人に告白を受けた意識があるか否か、じゃな。同じ部屋にいたとしても小さく呟かれただけであれば、告白を受けた本人に自覚などあるはずがないのでそれは死なない』
画面下に小さく映る神は何だか気まずそうにボソボソと呟いた。
耳を塞いで死んだ嗣を申し訳なくも思ったのだろう。それともテイク6であの嗣の悲しげな表情がまだ神に効いているのかも知れない。
理由はなんであれいつものドヤった覇気のような感じが消えている。
神はおろおろと嗣の様子を画面からチラッと覗き込むようにして窺っていた。
『大ヒントであるがあと、別部屋にいる場合はどれだけ告白の声が聞こえようが死なないようになっている』
神しては珍しく嗣に対して優しい一面を見せた。生き残るための大ヒントまで与えてくれたのだ。
テイク5でも思ったことだけど、やっぱり神はところどころで可愛いらしい。
神としては嗣にこのゲームの辞退をされたくないようだ。理由は不明だが嗣はそれを有効活用させてもらうことにした。
(っふ、良い流れだ。俺はこの世界で生き残る為にも神をもの感情を使ってやる)
限度はあるだろうが、いけそうなら同情心に訴えかけるのも一つの手だ。
「ねえ、神様? もうちょっと易しくして下さい」
『っく、だ、だめだ。それは出来ない』
「え〜、なんでえ〜? いい〜じゃ〜ん」
『うっ、ダメなものはダメなんじゃー!』
「もうちょっとだけでいいから」
『これでもお前さんはかなり優遇されておるのじゃ! とっとと現実世界に行ってこい!』
しばらく悩み悶えているようであったが、その結果ダメだった。もう一押しでいけそうだったのに非常に残念だ。
演技苦手な嗣もかなり訴えかけたのだがその努力は実らなかった。
神の様子を見ていると、神の中でも事情でもあるのかも知れない、と思わされる。
あまりにも嗣がしつこかったので神は怒ったような表情を浮かべてムキーっ、と嗣を追い出した。怒っていたというよりは何かを邪念を振り払うようなそんな素振り。
チクタクチクタク。
———
「あーあ、惜しかったな〜」
演劇部にでも入部しておけばよかった、と嗣はため息を溢す。
この高校に演劇部など存在しない。そんなことを言っても何の意味もないのだ。
そんなことより現場に向き合うのが先だろう。嗣は「ふう」と息を吐き出した。
神の仕業にていつもより賑やかな教室を見渡し眺める。
心臓までも止まりたくないと嗣本人に意志を伝えるべく鼓動を早くした。
(死にたくねえよなー。ああ死にたくない。全員殺しても俺は死にたくない。うん、マジでマジでマッジで)
乙女たちの恋する目を多く浴びる嗣本人は冷酷な濁った目をしている。
掴まれた手を次々とぞんざいに振り払う。
そんな冷たい対応をされれば女子は冷めてもおかしくないはずなのだ。だけど冷めるどころか寧ろ女子たちは嗣にハマっていく。底なし沼にハマったように嗣が何をしようと彼女らが嗣という泥にハマって抜け出せない。
「「「きゃあああカッコイイ」」」
「ッチ! 失せろよ、ウザイ」
全員に聞こえるように大きく舌打ちしても、暴言を吐いても一緒だ。
「おい? お前、頭に乗るなよ?」
「ホントだ、一度死なないと分からないようだな!」
「お前みたいなクズがなんで女子にモテるんだよ!」
「「「「「しーねしーねしーねしーね」」」」」
いわずもがなではあるが、待ったを掛けたのは女子生徒ではなく男子生徒一同だ。手拍子が巻き起こる。男性側からは誰一人の否定者も出ずに嗣の死亡を唆す者たちで溢れ返った。
わかっていたことであったが、直接言われるとやっぱり傷付くものだと実感する。味方はいない。悲しいことだが認めるしかないのだ。
「死ね。うぜえ」
不意に一人だけの声が狭い空間に反響した気がするが、気にしないでいいだろう。きっと偶然だ。
「ねえ! 男子! 女子に好かれないからって嗣君に死ねとか言うのおかしいんじゃない? だからモテないんだよ! ってか、侮辱罪で捕まるからね? 分かってんの!?」
「そうだ! 訴えられたら少年院行きなんだからねっ!!」
「男子最低! ありえない! 二度と嗣君に話しかけないで!」
一人の女子生徒——
それに続くように
なので睨んでいるのだが誰の目にも睨んでいるようには見えない事態が基本起こってしまう。彼女が頬を膨らませても男子軍の興味を引くだけなのだ。
言葉のナイフでトドメを刺したのは
勿論それだけでなく、顔立ちもよく他クラスからも人気だという。彼女もうなじ部分が見え、男子にはエロく映るだろう。彼女の場合はうなじがチラ見えで、見えるかどうかの際どい時が一番興奮するのではないだろうか。
「最低って——お前彼氏より他の男信じるのかよ?」
「
「は? 嘘って——斎藤、お前——ああ、そうか。家泉に変えられたんだな。可哀想だ……可哀想だ……り————解出来ないな」
青髪男子の
一部男子は斎藤の発言に信じられないと言う顔で硬直した。
そんな会話があった後女子は意に返した様子はなく、嗣を除く男子に一方的文句を言い続けた。女子の手加減のない発言を受けて、メンタルが崩壊していく男子連中は暗い表情を浮かべて独り言をする。
嗣は自分に向けられる視線が薄まった絶好のチャンスを逃さまいと後ろ扉から静かに物音立てず去ろうとした。嗣本人で争っていようが嗣には何も関係ない。バレたとしてもそのまま逃げる腹積もりだ。
「ねえ、嗣君も何か言って良いんだよ?」
「くだらん。興味ない、ドケ。邪魔」
「「「きゃーーー、カッコイイーーーー」」」
バレたが話題は他に逸らしたままで良い。
何も言わないで去ってもよかったのだが、それで沈黙した空間になって告白を受けるより断然意識を逸らすことに徹した方が最善策であろう。
女性陣の黄色い声援を背にゆっくり解錠し、横扉をゆっくりと開けた。心臓がドクドクと早く鳴っている。場を繋ごう。その直感を全うする。
「おい、お前女子に庇ってもらってまでそうして突き放すのかよ? 人の彼女まで奪って。お前マジでそんな奴だったのか。最低だな。お前、死んでいいレベルだわ。お前と友達やってたの気持ち悪い」
嗣はいつの間にか背後に居た畔戸雄介に肩を力強く掴まれて動きを止める。
彼は金髪の派手な髪が似合うリーダータイプの人間だ。スポーツ万能であり彼の明るい性格に着いてきた女子も少なくない。勉強もちゃんと出来て性格も今まではよかった。
「あっそーなんだ。興味ないね。……離してくれる? もうここに来ないし」
「はあ!? 取り敢えず謝れよ? 何逃げようとしてんの? それか今すぐ死ね」
「ッチ!……はあ、そうか。記憶がないのか。じゃあ仕方ない」
「何ボソボソ言ってんだよ……ッ!!」
嗣は学年の目印である紺色に緑色のラインが入ったネクタイを掴み、畔戸の顔を眼前まで近づける。そして目を見張り淡々と小声で告げた。
彼らは嗣が死んだ記憶を一切忘れ去っているようだ。
「お前、親友だったくせして何も俺に事情を聞いてこない。蔑んだ目で俺を一方的に見放したよな? お前に分かるか? 死ぬことの恐ろしさが。——死ね、という言葉が出て来る地点で分かっていないだろうがな。責める人の事情を理解してこようともせず勝手に裏切られた気分になってんじゃねえぞ?」
「何が言いたい?」
「——なんでもない。じゃあな、お前らとはお別れだ。もう会う事はない」
嗣は静かになった教室を後にして、背中に回した手でドアをゆっくりと閉めた。
(やったああああああああああああああああああああああああああああああああ!!出られたあああああああああああああああああああああああああああああああ!!)
嗣は廊下に出られた嬉しさにガッツポーズを大きく決め込んだ。ついには嬉しさが爆発し、足をバタバタと騒がしく動かした。何よりも教室から出られたことが何よりも嬉しい。
我に帰り、取り敢えず学校から出ようと歩き出した。
前から声が掛かる。
「あの家泉嗣さんですか?」
「そうですが? 何か?」
他クラスの、女子生徒が一人そこにいた。女子は蝶ネクタイであるが、女子にも学年の目印赤に学年色の緑色ラインが施されている。
ショートの彼女の表情は残念ながら俯いていて読み取れない。
「あの嗣さん、好きです。付き合ってください!」
「えっ? 他クラスまで?」
【バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン】
——油断した嗣は一瞬で飛散した。
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