第17話 牧師と吸血姫、冒険者を始める
「と、まあこんなもんだけどいかがかしら?」
床に倒れる斧を持った男。腹部を抑えながら震えるだけの剣士。両手を上げて降参を示すドワーフ。以下数人の戦闘不能の冒険者達。屈強な彼らが巡礼者のように地にひれ伏す。
「こ、こんなものと言われましても……」
困惑するファリスへ、長剣へ気怠げにもたれかかりながら、ラライが返答を待つ。体にピッタリとしたレザースーツがなおさら艶めかしい印象を与えた。
冒険者としての能力を問われ、ならばとラライが廊下の冒険者達を呼び寄せた。
金の入った袋を見せて、「勝った者には金と私を一晩自由にしてもいい」と言ったため、我先にと人が押し寄せる。
そこで次々とラライが数人を叩きのめすと、集まった者達はいつのまにか霧散していた。冒険者は利に聡く、危険の前では逃げ足は早い。そうでなければ生き残れない。
「剣も使えるし魔術も出来るわ。なんだったらあの廊下にいる魔術師と魔術の撃ち合いをしてやってもいいわよ。
ラライが視線を巡らせると、慌てた様子で魔術師らしき老人が酒瓶を抱えて逃げ出した。
「事務所内で乱闘はおやめください、ラライさん。えーと、前に冒険者をしていた経験は……」
「まあ、むかーし、少しやったことはあるわね」
見た目は二十歳そこそこなこの女性の昔とは一体いつなのかと思いながらも、とりあえずは登録申請を進める。椅子に座り直すよう指示をして、こほんと咳払いの後に言葉を続ける。
「腕前のほどはよくわかりましたが、単純な戦闘力だけでは冒険者の価値は決まりません。ダンジョン探索やクエスト完了には様々な専門的知識や経験が必要とされます。我々ギルド事務所は、そのあたりの適性も込みで仕事を紹介するのが仕事です」
「あら、その日暮らしをテキトーに捕まえて仕事をやらせるアバウトな営業方針から卒業したのかしらこの業界は?」
「そ、そこまで雑な方針はかなり昔のギルド事務所のイメージで……とにかく無駄に死なせることは我々の目的ではありません」
「大丈夫ですか? すいませんうちのものがやりすぎたみたいで」
倒れる冒険者を抱えおこし、カインが治療奇跡を使う。死にそうな顔がやや死にそうな顔になる冒険者。
「……あなたは奇跡が使えるのですか? 珍しいですね。ええと、カインさん?」
「師から少しだけ習っただけで、こういう治療や低位の悪霊払いくらいしか使えません。なにか役に立てられる仕事があればいいんですが」
「しかしいくら盲目ではねぇ……とりあえずは登録申請とランクを進呈いたしますので少々お待ちください。あ、あの、ところでお二人のご関係は? 恋人とか……?」
「違います」
「違うわよ」
二人の声は、同時に響いた。
△ △ △
「なんでこの私がランクAからなのかしら……最高位のSをさっさと渡しなさいよね。気の利かない受付だったわ」
金属プレートで出来たギルド登録者カードを見て、ラライはため息をつく。
「でもS認定は実績がないとダメだそうですから、これからクエストをこなせば主様ならすぐあがりますよ!」
「実績ねぇ、まだるっこしいのってキライなのよねぇ。それにしても……」
部屋の半分は二段ベッドだった。粗末な木材でできた壁。恐らくは薄い。窓は申し訳程度の非開閉式が一つ。多分料金を払わずに逃げられるのを防ぐため。
窓から見える景色は、渓谷の断崖に出来た多層構造の街。
典型的な貧乏冒険者の安い二人部屋。渓谷に出来たダンジョンとギルドの街、バナス市にはこういう宿屋がよくある。
「狭いわねぇここ」
安宿なのでこんなものだ、とは納得しつつもこうしてゼゼルと近い距離で隣り合って喋るのがやっとだ。
ガデオン伯からいくらか仕送りを貰っているが、まずは節約するかとここにしてみたがこの狭さはさすがに辟易する。
「わたしは主様と一緒ならどこでもかまいませんが……」
「そうはいってもねぇ、あ、ゼゼル。ちょっと膝貸して」
ゼゼルのスカートに包まれた膝に、ラライが寝転ぶ。
はぁ、とため息をつき、数秒が経過。
やがて、目尻に少し涙が滲んだ。
「うえええええ……あれだけ大立ち回りして魔力全然増えてないぃ……むしろ鎧や盾ぶっ壊したから赤字ぃ……コスパ悪いってレベルじゃないわよこれぇ……もうやだぁ……」
「そうですねぇ、主様頑張ったのにひどいですよねぇ……世の中残酷すぎですよ……」
「モノホンの聖騎士がやっぱりいるしこれじゃザコを呼び寄せてザコ狩りで魔力上げるのもできないし……コツコツ冒険者やって魔石集めるとかやだぁ……働きたくないぃ……引きこもっていたいよぉ……」
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