第15話 忘れ形見

 ミロンは黙ったままルウシェを抱きしめている。

 静寂の中で耳に届くのは二人の微かな息遣いだけ。


 ルウシェはミロンの肩越しで目を潤ませながらほほ笑んでいる。それはまるで天使のような穏やかな表情。だが大人しくしているのは苦手なのか、突然何かを思いついたかのようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。



「……ちょっとぉ、こんなところでアタシに何をしようって言うの? ぜんっぜん雰囲気ないじゃないか」


「なっ! 俺はそんなつもりじゃ……」


「エッチなことがしたいなら宿に帰ってからにしよ」


「だからそういうんじゃないって言ってるだろ!」


 顔を真っ赤にしながらミロンがルウシェの肩を押して離そうとする。しかし、ルウシェはパフッとくっついて離れようとしない。



「ねぇ、もう少しだけ……このままでいてもいいかな?」


「……あぁ」


 二人の心の距離が近づいたと思われたその時だった。



「ク……ゥ」


「え!? あの子まだ生きてるッ!? キミ、ちょっと邪魔だよ! そこどいてッ!」


「ぬぉあああ! なぜっス!」


 ルウシェはミロンを思いっきり突き飛ばし、キメラの元へと駆け寄る。



「ウソ……息がある……ごめんね、アタシてっきり……。でも、それならキミを救ってみせるから!」


 ルウシェはキメラを実験台に乗せた。すぐに周りにあった器具を手にすると丁寧に治療を進めていく。その手際の良さはまるで外科医のよう。


 次に治療を終えるとキメラの体に埋め込まれた機器と実験台のデバイスを接続し、何やらプログラムを打ち込んでいた。



「よかった……これでもう大丈夫。そうだ、これをキミにあげるね」


 ルウシェはポケットから二本の羽を取り出すとキメラの足元へ置いた。



「ったく、いきなり突き飛ばすなんてあんまりだぞ。……ん、それは?」


 ミロンはルウシェの横にしゃがみこみ、実験台の高さに目線を合わせたまま尋ねる。



「この子の仲間の羽。どうやらみんなギドーに実験体にされちゃったみたい」


「……そうか」


「聞き込みで得た情報から何か所かの当たりはつけてたんだけどね。でも、この館で羽を見つけた時に思ったんだ。『動物や魔獣たちが幽閉されているのはここじゃない』って」


「え、どうして?」


「だって、館の中は獣臭がかなり薄かったじゃないか。それなのに羽が落ちてるってことは外部から連れ込まれた後って線が濃厚でしょ? だから慌てて他の場所を探しに行ったんだ。本命はこの館だと思っていたんだけど当てが外れちゃったよ」


「アンタでもそんなことがあるんだな」


「そりゃそうだよ。アタシは神様じゃない……ただの人間なんだから」


「ただの人間……か」


 ミロンはか細い声でつぶやく。すると、二人の見つめる先で元気を取り戻したキメラは「クー」と鳴くと足元の羽を口に咥えて飲み込んだ。



「おい、羽を飲んじまったぞ」


「たぶん取り込んだんだよ」


「取り込む?」


「ほら」


 ルウシェがちょんちょんとキメラを指差している。目の前でモコモコと体が波打ったと思ったら、体表が灰色から黄色に変わっていく。


 そして顔の周りにはたてがみがちょっぴり生えて、額に小さな角が生えている。その顔はまるでネコのよう。背中にも小さな羽が生えて、尻尾は小さく丸い。



「……おい、随分と可愛らしくなっちまったぞ」


「擬態かな。自分の意志で姿を変えたんだよ。アタシたちに好かれそうな姿形に」


「どういうことだ?」


「ハッピープログラムの影響だろうね。この子は辛いことがあってもそれを自らの意思で乗り越えて明るく前向きに振る舞えるように、感情をつかさどる大脳辺縁系だいのうへんえんけい周りのソースコードを書き換えておいたんだ。もう悲しい記憶には振り回されて欲しくないからね。あと言語中枢にもちょっと手を入れておいたんだけど……」


 ルウシェが説明し終えるとキメラはむくっと起き上がり、クルッとその場で宙返りをしてみせた。



「はっじめましてー! ボクはメルル。キメラなのです」


 おい、コイツしゃべったよ。



「わー、メルルぅ! 可愛いッ! よかった、ちゃんと話せるんだね!」


「あっりがとうございますー! ルウシェも可愛いのです! 全部ルウシェのおかげなのです!」


 ルウシェとメルルは両手を取り合って喜びを分かち合っている。



「あ、あの……俺はミロンだ。その……無事でよかったな」


 ミロンも恐るおそるメルルに話しかけてみる。



「気やすく話しかけないでくださいよぉ。ボクはルウシェのお供なんですから」


「はぁぁぁ!?」


「ひょっとしてアナタもルウシェが好きなんですかぁ」


「おま……いきなり何を……」


「ダメですよぉ、アナタとルウシェじゃ不釣り合いなのです。ルウシェはボクが幸せにするのです」


「きっさまー! 急に可愛くなりやがったと思ったらペラペラと!」


 ミロンはメルルに飛びかかって口の両端を引っ張った。メルルの身体はゴムのように柔らかく、ぐいぐい伸びる。



「ラブビーム!」

「ぎゃー!」


 ミロンはメルルの雷魔法を喰らってノックアウトされた。



「こんのぉ、クソキメラめ……」


「おぉ、メルルってば凄いね! 魔法が使えるんだ?」


「使えますよぉ。攻撃魔法ならボクにお任せを」


「よし決まりだ。キミは今日からアタシたちの仲間だよ」


「ちょ……俺は認めん……」


「ラブビーム!」

「ぎゃー!」



 こうして、二人の仲間にキメラのメルルが加わった。


 機工都市の合成獣キメラはガレフの忘れ形見だった。ガレフの記憶をその身に宿し、ガレフから何かを託された存在。


 二人と一匹? の旅は次の目的地へと続くのだった。



第二章 完

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