第13話 このペテン師め

 ルウシェが突然口にした提案は、ギドーの関心を引くことに成功する。



「取引だと?」


「そう。そのリモコンとアタシのピアスを交換しない?」


「……ハァ?」


「見てわからないのかい? そのリモコンでの制御はその子にとって有害なんだよ。ならこの叡智の耳飾りピアスと交換して負担を軽減してあげて欲しい」


「バカな。貴様らに何のメリットがある?」


「もちろんアタシたちがここから出してもらうことが前提条件だよ。……アタシはガレフを救いたかったけど、すでにそれは叶わない。できればその子は助けたかったけど、それも手遅れのようだ。だったらアタシたちがここでできることはもう何もない。なら、せめてその子を少しでも楽にしてあげたいんだよ」


「そんな見え透いた嘘に騙されるとでも?」


「どう思おうとアンタの勝手。でもさ、このピアスの力はアンタも今見たでしょ? リモコンよりもピアスの力に反応して、今もこっちに向かってこようとしている。それを交換しようって言うんだ。逆にアンタに何かデメリットがある?」


「ふん……まぁいいだろう。しかし、もしも嘘だったら貴様らは皆殺しだ。そうと決まればさっさとこっちに持ってこい。貴様一人でな」


「……取引成立だね」


 ルウシェはミロンの方を向いて目配せをする。ミロンが目で頷いたのを確認すると、ギドーに向かっていく。


 歩きながらルウシェはピアスを外す。ギドーの目の前に来ると、手のひらに乗せたピアス見せてから突き出した。


 ギドーは白衣の男に顎でしゃくって指示する。男はルウシェの前にリモコンを差し出した。



「じゃあこれ」


「……渡してやれ」


 こうしてアイテムの交換が行われるとルウシェはすぐにリモコンを操作する。するとキメラの唸り声が少しずつ収まっていった。状況を確認すると足早にミロンの方へと戻っていく。



「おい、アンタ。大丈夫か?」


「平気だよ。それより……」


「何だ?」


「あの子を助けたい」


「あぁ……俺もだ」


「だからね、ちょっと耳を貸して」


 ルウシェがミロンに耳打ちする。



「どうかな?」


「問題ない」


「キミならそう言ってくれると思ってたよ」


 その言葉にミロンは自然と笑みを浮かべる。その時、実験台の方から甲高いしゃがれ声が聞こえてきた。



「ルウシェ! 貴様、騙したな!」


「なんのことだい?」


「このピアスだよ! 触れて命じても1号は全く反応しないではないか」


「そりゃそうだよ。あの子が反応したのはなんだから。何でそんな簡単なトリックに引っかかるかなぁ」


「きっさまぁ! このペテン師め」


「アタシはイカサマ士だよ」


 怒りをあらわにしたギドーがピアスを投げつける。ルウシェは表情一つ変えずにパシッと片手でキャッチすると左耳にさっとつけた。



「優しいねぇギドー。アタシのお気に入りを返してくれるんだ?」


「返すも何も貴様らはたった今抹殺が確定した。電磁砲で黒焦げにしてくれる」


 白衣の男はギドーの指示で壁に埋め込まれている制御装置に手を掛ける。



「キミ! 頼んだよ!」


「任せろっ!」


 ここまではルウシェの読み通り。ミロンは遠目から一気に距離を詰め、壁際の白衣の男に剣を振り下ろす。これで終わると思ったその時、ミロンは突然全身に電撃を受けた感覚に襲われる。途端に体が痺れて動けなくなった。



「なっ!?」


「甘いのだよ! 電磁砲には種類がいくつもあってな。今その男を縛っているのはこっちから操作しているものだ。これは最近開発されたものだからな。ルウシェ、貴様が知らぬのも無理はない」


 見ると、ギドーの横でもう一人の男がリモコンを持っている。



「ま……マジか」


「ギドー! わかった、降参だ! アンタの言うとおりにするからもうやめて!」


「ふざけるなよルウシェ。貴様はその男を殺した後で地獄を見せてやる」


「ダ……メ」


「……やれ」


 壁際の男が制御装置のスイッチを押下すると、部屋の床から音を立てて砲台が現れた。自動標準でミロンに狙いを定めている。



「いやぁぁぁぁぁ!」


【ドンッ】と低い音を立て、電磁砲が射出。



「グワァォォオオッ!!」


「え?」


 ミロンは傷一つ負っていない。近くでフラフラとよろめいていたキメラが一瞬の動きでミロンの壁となって立ち塞がったのだ。


 キメラは全身で電磁砲を受け止めると声にならない声を漏らし、その場に前のめりに静かに倒れた。



「何てことを!」


 ミロンは力の限り叫ぶが己の体は動かない。目の前のキメラは初めて会った時と同じ小さな姿に戻っていて、その身体からは煙があがっていてピクリともしない。


「クソックソッ! 動けよッ!」と声に出して全身に力を込める。すると、急に体が動いてうつ伏せに転んでしまう。


 顔を上げるとルウシェが実験台の下でリモコンを手にしている姿が。そうか、この隙にリモコンを奪って解除してくれたのか。



「絶対にその子の仇を取ってぇ!」


「言われなくとも!」


 目の前の白衣の男を斬り、ギドーの脇にいるもう一人の白衣の男も一気に詰めて一振りで倒す。ミロンは残ったギドーを間近で見下ろしていた。



「何か言い残すことはあるか?」



 ギドーの首筋にミロンの持つ白い刃が向けられる。再び形勢逆転。


 深い悲しみに包まれる中、時が止まったかのような一瞬の静寂が訪れていた。

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