閑話

5,装備作り


「こいつぁオリハルコンじゃねぇか」

 ダンテの持って来た装備の素材を見てローゴの町に1人しかいない鍛冶師の酒に弱いドワーフのおっちゃん、グランデが驚きの声をあげていた。

「それにこいつは火竜の鱗に髭に爪、牙まであるじゃねぇか」

 グランデは鉱壁の担い手のリーダーであるグランガの弟で鉱壁の担い手の同行鍛冶師でもある。

 鉱壁の担い手がローゴの町に腰を落ち着けることになってから、彼もこの町に工房を構えて腰を落ち着けたのである。

 それ以前のグランデは旅の高名な鍛冶師として各地で鍛冶の指導をして、カエサル大陸にはたくさんの彼の弟子たちがいると言われている。

 まぁ、彼の自称ではあるのだが。

 そのグランデは真っ白な髭もじゃのグランガとは違い、針金のようなツンツンした黒いお髭のドワーフである。

「他にもなんだこれは。おらでも見たこともないような素材がいくつもあるじゃねぇか。しかもどれも一級品だってのが分かる」

 つぶらな瞳をまんまるに見開いて興奮した顔で素材の数々を眺めている。

「こ、これ全部使っていいのか?」

 その質問に素材を持ち込んだダンテはニヤニヤしながら答える。

「あぁ、もちろんだ。どれもこれもクゥの為にレーヴァテインが持って来た素材だ。好きに使ってクゥに最高の装備を作ってやってくれ」

「うひょ~~~~~~。そりゃぁ腕がなるぜ」

 グランデがよだれを垂らしそうなだらしない顔で素材を受け取っていく。

「それで質問なんじゃが、クゥ嬢ちゃんの装備の系統はどうするのじゃ」

「う~ん。クゥは希望はあるか?」

 ダンテは腕を組んでクゥに訊ねる。

「ほよ?」

 しかしクゥはグランデの鍛冶屋の中を観察するのに夢中で話を聞いていなかった。

「なになに~。どうしたのパパ~」

「こらこら走るな。危ないぞ」

 店の中を駆け足でやって来るクゥにダンテが注意する。

 グランデの店はそこそこ広いがお世辞にも整頓されているとは言い難い状態で、刃を上に向けた槍が何本も無造作に立てかけてあったりする。

 その傍をシャツ一丁のクゥがパタパタと駆けて来るものだからダンテは引っかからないか冷や冷やしていた。

「旦那、そんなに心配しなくてもそこら辺のなまくらじゃ嬢ちゃんにキズなんか付きやしねぇと思いやすぜ」

「それとこれとは別だよ。気になるモノは気になるんだよ」

 と、ダンテの心配ももっともだが、子供とは言え真竜の肌にそこら辺の鉄でできただけの武器が触れただけではかすり傷一つ付かないものだ。

 それこそオリハルコン製の武具がそこらへんに転がってでもいなければだが。

 そんなダンテの心配などどこ吹く風でクゥがダンテの元にやってきた。

「パパ、何の用?」

「あぁ、クゥの装備を作ってもらうつもりなんだがクゥのリクエストはあるか?」

「リクエスト?そうだね~。やっぱり―――うん、動きやすい服がいいかな」

「そうか。武器とかは何かないか?」

「武器ならこの肉体があるよ」

 そう言って力こぶを作ってポーズをとるクゥは。

「どんな敵でも「蹴って」「殴って」「引き裂いて」。蹂躙してみせるよ」

 と物騒なことをのたまっている。

 まぁ、頼もしい限りだが。

「素手ごろでいいってことか。クゥは職業どうしたんだ?」

「もちろん格闘家。身体能力を活かして敵を叩き伏せるのにこれ以上の職業が無かった」

「既にバトルジャンキーみたいなこと言ってるけど、戦うのはそんなに楽しいか?」

「うん、楽しかったー」

 クゥにとってはまだ戦闘と呼べるものはダンテとの手合わせだけなのにすでにこれである。

 今にも「オラ、ワクワクすっぞ」とでも言いだしそうな顔である。

 ダンテはクゥのその表情に「狂戦士」にクラスチェンジしないかと、将来に一抹の不安を覚えるのであった。

「旦那はホントに変わったな。こんな親バカになるなんて―――見ていてオモロイったらありゃしねぇ。か~、酒が恋しいね」

「人を肴にしようとしてんじゃねーよ」

 こんな感じでクゥの装備は格闘戦用になったのである。


6,深夜にこっそり


 ダビ攻略の準備が始まったローゴの町、その街の端にある王族の別荘、その1室の中で夜の暗闇に紛れてゴソゴソとする怪しい人影があった。

 その人影は自分の行動を認識している者がいないことをしっかりと確認すると、こっそりと部屋の隅に行き大きなクローゼットの扉を開いた。

 中には豪華な衣装や服飾品がみっちりとしまわれている。

 それらをかき分ける人影はクローゼットの奥に入り込むと――おもむろに飛び上がり天井の板に手を掛けて素早く取り外した。

 そして開いた穴から人影は天井裏に忍び込んだ。

 そして人影は天井裏を虫のように這いまわり、ある場所へ向かった。

 そこは―――屋敷の外だった。

 そう、この人影は人目を忍んで屋敷からの脱出を図っているのだ。

 つまりこの人影はダンテというオッサンである。

 屋敷の裏庭に出たダンテは周りを見回して人の気配を探る。

 感じることができたのは屋敷の警邏の兵士数人だけである。

 これなら楽勝と判断したダンテは潜伏スキルをわざわざ使うこともなく庭園に植えられた草花の影をぬい素早く移動して、塀際まで来た。

 塀はしっかりと塗り固められていて手どころか指を掛けるところもないほどのっぺりしており、高さも3メートルほどあった。

 にもかかわらず、ダンテはその塀の壁面に手のひらを当てたかと思うと、カサカサカサカサと這い登って行き塀を飛び越えて向こう側の地面に着地した。

「……よし。このまま行くか」

 そう呟くと素早く身をかがめて走り出した。


 コソコソと寝静まった町中を身を隠しながら走っていくダンテはそのまま町を突っ切り、ある場所へと向かった。

 空には薄雲が広がり星は見えない。

 しかし、煌々と輝く月の明かりは薄雲ごしでもぼんやりと空に輝いて、まるで絵本の1ページのような風景である。

 その為、町中を走るダンテの赤い灼眼は人気のない場所も相まって、まるで夜に住む魔物が徘徊しているみたいだ。

 そのダンテはそのまま町の端、さびれた区画を抜けて町はずれの丘にやってきた。

 そこには無残に焼け落ちた建物の残骸が横たわっていた。

「くっ……、俺の理想郷。こんなにも無残な姿に成っちまって」

 ダンテは口元に手を当てあふれる涙をこらえるようにかつての我が家から目を逸らす。

 そして改めて我が家の方に向き直ると、焼け焦げた家の残骸へと手を伸ばした。


「なにやってますの。オジ様?」


「…………なんでいるの、エイラ」

 ダンテの背後にはここに居るはずのないエイラが腕を組んで立っていた。

 その姿は就寝用のナイトドレス姿であったが、エイラの背後に立つマルタはしっかりとしたメイド服を着ていた。

「あら、オジ様がこっそり屋敷を抜け出そうとしていたから後をつけて来たのですわ」

 その答えにダンテは冷や汗を垂らす。

「いやいや、俺の探知にはなにも引っかからなかったぞ」

「だって私は護身術としてマルタから色々習ってますから」

「いや、それって護身術じゃないだろう。暗殺術だろ」

「そんなことはありませんわ。これくらい王族のたしなみですわ。知っていますでしょ、オジ様」

 ドヤ顔でダンテを見下すエイラ。

「それよりもコソコソしていると思っていたら何故またこんなところに来たのですか?ここにはもう何もないでしょ」

 と、エイラから冷たい目で睨まれるダンテは苦虫を嚙み潰したような顔で目を逸らしながら「いや」と呟く。

「実はここにあるものがあるんだ」

「あるもの?」

「うん大事なものを床下収納に隠していたんだ」

「床下、この家に床なんてないでしょう」

「いや、ここにあるだろう」

「だからこれは床ではなく地面ですわ」

 ダンテが地面を指さして呟くとエイラが地団駄を踏んで怒り出す。

 しかしダンテはそのエイラの怒りを無視してシャベルをポーチから取り出して地面を掘り始めた。

 そしてある程度掘り進むとコツンと固いモノにシャベルが当たる音がした。

 ダンテはそこから穴を広げていくと白い石の箱を焼けた家の地面から掘り出した。

「なんですかこれ?」

「これは宝箱だ」

「何が入っているのですか」

 エイラは先ほどの怒りなどどこ吹く風で興味深そうにダンテが掘り出した箱を覗き込んでいた。

 それをダンテはニヤニヤと見ながら箱の蓋を開いていった。

 中に入っていたのは――――


「聖剣を地面に埋めてんじゃないわよ」


 ダンテは箱の中身意を見せた途端、激高したエイラに頭をはたかれた。

「オジ様、これってモーンブレイドですよね」

 エイラは箱の中に入っていた薄汚れた銀色の聖紋が刻まれたロングソードを見てそうつぶやいた。

「そうだ。俺の最強武器だ」

 と、ダンテは自慢げにロングソードを見せびらかしていた。

「何故それを地面に埋めていたんですか」

 エイラが訊ねるがダンテは苦虫を嚙み潰したような顔で目を逸らし、エイラの質問に答えることなくロングソードを握ると静かにつぶやく。

「こいつを手にするのも10年ぶりだな。またよろしく頼むぜ、相棒」

 そのつぶやきに答える者はおらず、ただ沈黙だけがあった。

 その後、この剣はキレイに磨き上げられダンテの腰に下げられることになった。

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