第39話 不穏な気配

「つむぎ」

「はい」


リヒトは何度もつむぎの名前を呼んだ。愛おしくてたまらないのだと伝わってくる。それがくすぐったくて、つむぎはクスクスと笑っていた。

 そんな笑うつむぎを、リヒトはまた愛おしそうに見つめるのだ。


「つむぎ、愛してる」

「私もです、リヒト様」


甘く温かな時間が流れる。

こんな時間がずっと続けばいいのに、と思っていた。

しかし、そう上手くはいかない。

二人の間を引き裂くかのように、辺りに不穏な気配が漂い始めたのだ。二人ともその気配に気がついて、自然と身構えた。


「つむぎ、俺から絶対離れないで」


リヒトはつむぎを守るように背に隠した。


「リヒト様」


そんなリヒトをつむぎは心配そうに見つめた。


「術師会合で式町家の当主様が殺されたのは知ってるね。その犯人はまだ捕まっていないんだ。だけど、朱音さんも俺も犯人に目星を付けていた」

「え」

「実は術師会合の時、俺は魅了の力を使っていたんだ。その目星をつけていた人物の欲望を曝け出して、近付くためにね」

「そ、そうだったんですね」


まさかそんな思惑があったとは思わなかった。


「前々から被害者に共通する点はあったんだ。同じ任務に当たっていたとか、たまたまその周辺にいたのを目撃されていたとか。それで会合に呼び出して魅了をかけて近付こうとした。けど想像以上に行動が早かった。まさか式町家の当主様を殺すなんて、想定外だった。だから朱音さんは尾行をして、俺が待ち伏せすることにしたんだ」

「待ち伏せ?」


それは、この家の人が犯人だと言うことなのだろうか。つむぎの心がざわめき出した。


「き、きよ様が狙われていると言うことですか?」

「いや違う」


リヒトはすぐに否定した。その答えにつむぎはほっとした。そんなつむぎを見て、リヒトは困ったように眉根を下げた。


「だけど、つむぎには衝撃的な事かもしれないな」


そうして不穏な気配は次第に近付いて来ていた。カサカサと庭の草を踏み締める音が、次第に大きくなっていく。それが犯人の足音だと思うと、自然と手に汗握る。

 あたりはとっぷりと暮れていて、星の明かりだけが頼りであった。近付いてくる人物の姿形は分かっても、誰なのかまでは分からない。


「え」


次第に近付いてきて、ようやくその人物が誰なのか分かった。

 リヒトが漏らした通り、つむぎは大きな衝撃を受けた。


「な、何で……きよ様が……ここに?」

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