第17話 トマトスープ

「そう言えばそんな話を旦那様としていましたね」


全く呆れたものである。瀬戸はリヒトの事を尊敬しているが、どうもつむぎの事となると人が変わったようにポンコツになる。


ーー長年の片思いを拗らせると、ああなってしまうのか。


幼い頃からリヒトに仕えてきた瀬戸はリヒトが懸命につむぎを探してきた事を知っている。知っているからこそ何となく止めに入りるのを躊躇われてしまうのだ。

 つむぎも困ったような眉根を下げた。


「はい。ですので今日作ってみようかと思うのです」


あんなに駄々をこねられては、つむぎも作らない訳にはいかない。


ーー旦那様に甘えられてるのは……正直嬉しいのですが、勘違いしてしまいそうで困りますね。


本来ならこの立場にいるはずはきよなのだ。それなのにいつまでも甘くて優しいリヒトに、つむぎはいつも勘違いしてしまいそうになる。

 少し落ち込んだ気持ちを振り払うように、つむぎは笑顔を作った。


「作らないときっと今夜もねだられてしまうと思いますので」

「成程。おっしゃる通りだと思います。奥様は何をお作りになるのですか?」

「トマトスープというものを作ろうと思います」

「ああ。旦那様の好物ですね」

「はい。その……今朝教えていただきましたから。あとにんにくは嫌いだというのも」

「ああ……」


つむぎの手料理を諦めていないリヒトが、聞いてもいない情報を与えてその気にさせようとしている姿が目に浮かぶ。

 そこまでされてはつむぎも作らない訳にはいかない。


ーー正直、旦那様の口に合う食事が作れるか不安です。


つむぎも式町家で多少なりとも料理をしていた。しかし、金城家の料理人達が腕によりをかけて作るご飯を毎日食べていては、とてもリヒトの口に合うとは思えない。

 しかも式町家は和食ばかりだった。つむぎはトマトなんて扱った事もないので、ちゃんと料理できるかわからない。

 瀬戸もその事を気にしてくれたようだ。


「失礼。奥様はトマトスープをご存知ですか?」

「えっと……実はトマトは食べた事もないのです」

「そうでしょう。まだ珍しい野菜ですからね」

「そ、そうなのですか」


瀬戸の話から、つむぎは余計不安になってきた。そもそもトマトがなければ料理できないのではないだろうか。前途多難である。


「売っているお店も限られますし……あまね」

『はい!案内致しますよ!』


元気いっぱいのあまねを見て、つむぎはほっと胸を撫で下ろした。


「あまねさん、お願いします」

『美味しいトマトスープ作りましょうね!』

「はい。頑張ります」


あまねの笑顔につられて、つむぎの不安は晴れていった。

 そんな和気あいあいとしたつむぎとあまねを見守りながら、瀬戸はぽつりと呟いた。


「まあ。失敗したとしても旦那様なら喜んで食べるでしょうね」


何なら嫌いなにんにく料理だって食べるだろう。瀬戸はそう確信していた。


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