第4話 月下の老人


 朧が夜の帝都を包み込んでいる。暗い上に景色がかすみ、周りなんてほとんど見えない。寝静まり帰った夜の帝都は不気味なほど静かだった。

 こっそりと家を出るには絶好の日和である。

 そんな中をつむぎは歩いていた。

 きよの言う通り『きよを出し抜いて金城家に嫁ぎに行くため』である。術師として権威ある立場にある金城家は、帝都の一等地に屋敷を構えている。帝都の中心地から離れた場所にある式町家から歩いて向かえば半日はかかる程離れた場所にある。

 本来の婚姻ならば馬車で向かうところなのだが、つむぎはそう言うわけにはいかなかった。誰にも気付かれないように、まるで卑しい泥棒のように、こそこそと身を潜めて向かうには、徒歩しか手段がない。

 しかし、つむぎは帝都の中心地に来るのが初めてだ。地図もなく、追い出されるように最小限の荷物だけしかないつむぎはため息をついた。


「さすがに道が分かりませんね」

『お困りのようですね』


初老の男性から声をかけられて、つむぎは振り返った。朧が酷くて、目の前の人の顔も見えない。

 いや。人ではない。あやかしである。

 つむぎは少し身構えた。


『そう警戒なさるな。どこかへ向かうところですかな?それとも当てもなく彷徨っているのですかな?』


そう問われて、つむぎは一瞬答えに詰まった。


「えっと……金城家へ向かっているところですが、少し道に迷いまして」


初老の男性は面白そうに笑った。突然笑われて、つむぎは戸惑った。

 馬鹿にされているのか。

 それとも世間知らずなつむぎが何かしてしまったのか。

 つむぎは黙って様子を伺った。


『いやあ申し訳ない。失礼な事をした。金城家か。あそこは良い!非常に良い場所だ!』


つむぎは首を傾げた。何故男性がとても楽しそうで嬉しそうなのか。つむぎには理解出来ない。


『まことめでたい。おお迷子になられておるのだったな。良い良い。案内しよう。いいやさせておくれ』


男性は嬉々として道案内を始めた。何か事情を知っていそうな男性の様子につむぎはついていけなかった。

 しかし道に迷い続けるわけにもいかない。

 つむぎは大人しく男性の後に続いた。


『お嬢さん。何かお悩みのようだが、何も迷う事はないぞ』

「はい?」


男性は振り返って優しく微笑んだ。顔はよく見えなかったが口元が弧を描いているのは分かった。


『老人の助言を信じなさい。苦労する事も悩む事も沢山あろうが、お嬢さんが金城家に嫁ぐ事は運命じゃ』

「そう、ですか」


その助言は素直に受け取れない。なんせこの婚姻は本来ならばきよのものなのだ。所詮身代わりでしかないつむぎには的外れな助言であった。


『おお着いたぞ』


思ったよりも近くまで来ていたようである。男性との話もそこそこにすぐに着いてしまった。

 歴史ある術師の家系と聞いていたが、和洋折衷建築の目新しい屋敷であった。しかし帝都の一等地というのにかなり広い敷地で屋敷もかなり大きい。

 つむぎは圧倒されてしまい、呆然と立ち尽くしていた。


『おぉーい』


男性は勝手知ったる我が家のように門を開けた。するとそこには身なりをしっかりと整えた青年が立っていた。


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