3-7 動揺

 ――この町は、勇者のことを嫌っている。


 そんな結論に至ったユシャリーノは、ミルトカルドに寄り添われながら勇者について話していた。


「城の門番にさ、勇者のことは口にしない方がいいって言われたんだ。てっきり俺のことを勇者って信じてもらえないだけかと思っていた。でも、言葉の意味そのままだったみたいだ」


 ユシャリーノは、困ったような口調ではあるが、顔には笑みを浮かべてポリポリと頭をかく。

 一方ミルトカルドは、ユシャリーノの顔を覗き込んで、コロコロと変わる表情を楽しんでいる。

 ユシャリーノから繰り出される言葉も楽しみの一つなので、うっとりとしつつも一言一句逃さず聞いて相槌を打つ。


「でも、この町に来たばかりのユシャが悪いことをしたわけではないでしょ?」


 ミルトカルドからジッと見つめられていることに照れながら、ユシャリーノは会話を続ける。


「言われてみれば確かにそうだ。勇者は嫌われているけど俺が嫌われているわけじゃない……それって、どゆこと?」


 ユシャリーノは、眉間にしわを寄せて首を傾げた。


「うふっ、かわいい」


 ミルトカルドは、ユシャリーノの仕草が気に入ったようで、楽しそうに笑みを浮かべた。


「か、かわいい!? いや、勇者が可愛いとかないから。強くてかっこいいんだぞ!」

「でも、今のユシャはとっても可愛いわ。拠点で休んでいる時まで勇者気取りだと逆に疲れちゃう。私の前では気を休めてね」


 ミルトカルドは、ユシャリーノの顔を覗き込んだまま、ゆっくりと手を差し出し、指先でユシャリーノの頬をなぞった。

 頬を撫でられるなんてユシャリーノにとっては珍しい経験だったが、彼は嫌がる素振りも見せずに会話を続けた。


「可愛いとかは置いといて、これでも不思議と休めているのを実感しているんだ。二人だけでいるなんて落ち着かないと思っていたのにさ。違う意味では落ち着かないんだけど」

「違う意味?」

「それは気にしなくていい。それにしても、なんで勇者が嫌われているのか……だよ」


 ユシャリーノは、ミルトカルドに頬を撫でさせたまま、傾げた首を戻して顎に手をやった。

 ミルトカルドは、ユシャリーノが止めないのをいいことに、頬を撫でたまま思いついた答えを返した。


「勇者が嫌われているってことは、過去の勇者が何かしら迷惑を掛けたってことじゃない?」

「やっぱりそう思う? ばあちゃんの話だと、勇者がいなかったら世界はとっくに滅んでいるから、立派な人たちのはずなんだけどな。ところで――」


 ミルトカルドの考えに頷いたユシャリーノだが、徐々に気になり始めていたことについて尋ねたくなった。

 ユシャリーノから疑問を投げ掛けられるであろうことを察知したミルトカルドは、ユシャリーノに替わって首を傾げた。


「ところで?」

「ユシャって……俺のこと、だよね?」


 ユシャリーノは、目だけをミルトカルドに向けて聞いた。

 ミルトカルドは、向けられた視線をしっかりと受け止めて答えた。


「そうよ。あなた以外にユシャと呼びかける相手はいないと思うけれど」

「……だよな。それっていわゆる『あだ名』ってやつ?」

「せっかくこうして近づけたんだし、特別な関係を実感したいから」


 女の子から発せられた『特別な関係』という言葉を耳にして、照れくささを受け止めきれずにポリポリと頬を掻こうとした。

 半ば癖になりつつある仕草をすることで、照れる気持ちを誤魔化そうとする。

 しかし頬は、人差し指の着地を感じ取らなかった。

 そう……頬にはすでに先客がいた――ミルトカルドの手だ。

 と同時に、ミルトカルドの手の甲に触れたのだとわかり、鼓動が激しくなった。


「あっ」


 誤魔化そうとした気持ちから逃れられないどころか、顔が赤くなっていくのがわかって動揺してしまう。

 ミルトカルドはニヤリとした笑みを浮かべて言う。


「ユシャから触れてくれてうれしい。そうよ、その調子であなたからも近づいてきて」

「いや、そういうつもりじゃなかったんだ……ごめん」

「なんで謝るの? 私はうれしいのに。ねえ、もっとユシャから近づいてよ。私からだけなんて不公平だわ。私を寂しがらせるだなんて、この場で勇者失格が決定するかもしれないわよ。なんなら私から王様にあることないこと言っちゃえば勇者として終わるけど、いいの?」

「なっ!? ちょっと待て!」


 ゆったりとした空間から急展開した雰囲気に困惑するユシャリーノは、思わず仰け反ってミルトカルドの顔を見た。

 ニヤリとした笑みを浮かべたままのミルトカルドは、ユシャリーノが驚く様子を楽しんでいるようだ。

 ユシャリーノが困るようなことを畳みかけていく。


「ほら、私から離れてしまったじゃない。さっきはほっぺたに触れていても離れなかったのに」

「そういうつもりでもなくってさ、全然離れる気なんて無かったし、むしろ今までこんなゆったりした時間なんて無かったから……いや、夜はゆったりした時間が多かったけど、そんなのとは違って――」

「ふふふ」


 言い訳を早口で捲し立てるユシャリーノを見て、ミルトカルドは満足気だ。

 好きな人へのいたずらは、ついしてしまいがちだが、実は本意ではなかったりする。

 ミルトカルドは、楽しみから一転、申し訳ない気持ちが湧いてきた。


「ごめんね、ユシャ。別に怒っているわけじゃないの。あなたに構ってもらいたくて困らせただけ。だから……その……嫌わないで」


 表情が徐々に曇っていくミルトカルドを見て、ユシャリーノは、悪意のある行為ではなかったことを感じ取った。

 そして片手を伸ばし、無意識にミルトカルドの肩を掴んだ。


「言っただろ? 俺に対して敵意が無ければ味方だって。俺からミルさんに触っちまったから……こっちの方が悪いことをしたと思って。それに、王様に訴えるようなことを言うもんだから」


 ミルトカルドは、ユシャリーノから優しく肩を掴まれたことに嬉しくなった上、耳に届いた言葉に即反応した。


「ミルさん……ミルさんって言った!? うーん、もうちょっとがんばって!」

「ああっと、ごめん。味方として認めているってことを伝えようとしたら言っちまった」

「なんで謝るの? 足りないって言ってるの! せーのっ、はいっ!」

「足りない!? そんな……ミ、ミル……ちゃん」


 ミルトカルドからの圧に負けて、ユシャリーノが捻り出した精一杯の呼び方だった。


「んー、なんか違う」

「違う!? 名前を間違えてるわけじゃないし、いいだろ」

「最初が肝心なのよ。今のうちに壁を超えて欲しいの! 早く、早くこっちに来て!」

「こっちに来てっつっても、目の前にいるぞ? それも触ってしまうくらい近いし。あ、触っちまったんだった……うぅぅぅぅ」


 ユシャリーノは、顔を両手でゴシゴシと擦って気持ちを整え、改めてミルトカルドに言った。


「ちゃん付けでも違うならあとは……ミルト?」


 鼻から長めの息を吐いたミルトカルドは、小さくうなずいて答えた。


「ミルト……ふふふ、ミルト! そうよ、呼び捨てにして欲しかったの。カルドでもいいからね!」


 満面の笑みを浮かべて興奮しているミルトカルドを前に、ユシャリーノはとりあえず難関を突破したようだと胸をなで下ろした。

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