第三話 出会い 3-1 美少女

 ユシャリーノは、きのこの山を見たことをきっかけに、故郷の生活を思い出していた。

 拠点には何かが足りないと感じていたユシャリーノは、畑を作ろうと思い立つ。


「こいつを使うの、久しぶりだな」


 そう言って鞄の横にぶら下がっている名工の鍬を持つと、家と森の間にある草地へと向かった。

 草地を見ながら畑の完成形を思い浮かべ、作業を始める。

 その様子を、二組の目が森の中からじっと見つめていた。


「何をするのかしら」

「さあ。ねえ、あの人本当に勇者なの?」

「それを確かめるために来たんでしょ」

「そうね。なら、いつ確かめるの?」

「今はよくわからない武器を持っているから怖いわ。このまま様子を見ていましょう」

「うん、わかった」


 会話の主たちに見られていることなど気付きもしないユシャリーノは、黙々と鍬をふるっている。

 目線など無視してしまうほど集中した作業は順調に進み、あっという間に完了した。


「おお、畑ができた。山に入ればたいていの物は手に入るけど、備蓄もしておきたいからね」


 山で調達できるものが年中手に入るわけではない。

 空腹がよほど堪えたのか、人の持つ機能『生存維持』が働き、食糧難を避けるために畑を耕した。

 きのこによって思い出された故郷は、腹からの訴えだったのかもしれない。


「肉は燻製にしておけば保存できるし、最低限の準備はできたか……ん?」


 久しぶりの畑仕事が楽しくて夢中になっていたが、終わるとすべての神経が通常モードに戻った。

 ここでようやく突き刺さる目線に気付き、森に向けて視線を返す。


「誰か、いるのか?」


 ユシャリーノが声を掛けると、森の中からザザッと音がした。


「ちょっと、びっくりするじゃない」

「あ、声を出したら見つかっちゃう」

「あのー、丸聞こえなんだけど」


 ユシャリーノに存在を知られた声の主は、体を震わせた。


「ほら、見つかった」

「だって、びっくりしたんだもん」

「さっきの足音はあんたたちか。敵意が無いなら何もしないから出て来なよ」


 森の中の、恐らく二人組の女性であろう者がゆっくりと茂みから姿を現した。

 ユシャリーノはその容姿に驚く。


「んな、ちょっと……なんで?」


 場所は王都の隅にある森の境界で、足元は土だ。

 そこには、容姿端麗な二人の少女が立っていた。

 ユシャリーノの視線は、フードを被っていてもわかるほどの可愛らしさを放つ少女の小顔に引き込まれた。

 二人の少女の美しさに圧倒され、口をついて出たのは、


「かわいい……」


 の一言だった。


「やった!」


 思わず漏れたユシャリーノの呟きに、少女の一人が両手を一回パチンと叩いて喜んだ。

 少女の容姿に圧倒されたままのユシャリーノは、心の声が漏れていく。


「肌が……きれい過ぎる」

「わお。お話を聞いておいてよかったね」


 シースルーのフリルが付いた、丈の短いチュニックの裾からすらりと伸びる脚。

 裾から膝上まである黒タイツとの間では、太ももが透き通るような白い肌で存在を主張していた。

 二人の少女は手を取り合い、笑顔で同時にうなずいて満足気だ。


「ふた……ご?」

「ふふふ」


 ユシャリーノは呆気にとられてからというもの、思ったことが口から漏れて止まらない。


「ねえ、一つ聞いてもいいかしら」


 少女は接近が初手でうまくいったのをいいことに、勢いに乗って一番の目的を果たそうと動いた。

 ユシャリーノは、黙ったままだ。


「あなたって、勇者なの?」

「お?」


 勇者――。

 ユシャリーノにとって、どんな状況でも反応する言葉が耳に入った。

 気付けの一発となって我に返る。


「そう、俺は勇者……え、なんで知っているんだ?」

「よかったあ。ほら、やっぱり勇者だったじゃない」

「違うとは言ってないでしょ。それに、勇者だと思ったから声を掛けたんだし」


 二人できゃっきゃと喜ぶ少女に再度質問をする。


「あのさ、なんで勇者だってわかったんだ?」

「それはね、見つけてからずーっと見ていたからよ」


 ユシャリーノは首を傾げて言う。


「見つけてからってことは、始めから俺を見つけようとしていたってことだよな」


 少女は揃って首を縦に振った。


「俺を見つけるってところがわからないんだよ。一度も会ったことがない人を探すってどういうこと?」


 今度は揃って首を横に振った。


「えっと、そうじゃなくて……あなたを、というよりは勇者を探していたの」

「勇者を?」

「そ。勇者を」


 ここで、土まみれの勇者と、突如森の中から現れた美少女二人が出会った。


「で、俺を見つけたわけだけど、何の用?」

「あら、そっけないのね。もっと優しいかと思ったのに」

「冷たくしようとしているわけじゃないんだ。その、えっと、なんというか……女の子と話したことがあんまりなくて、どう話せばいいのかわからなくてさ」


 ユシャリーノがこれまでに会話を交わした女性といえば、母親と祖母、それに一人の姪っ子ぐらいだ。

 基礎知識のほとんどは祖母から教わっているため、学び舎で同世代の女性と話すというような機会は無かった。


「そうなの? え、待って。ということは女の子に会ったこと自体少ないってことよね」

「そういうこと」

「じゃあさっき褒めてくれたのって、そもそも基準が低くかったからなのね。なーんだ、がっかり」


 少女は二人揃って肩を落とした。


「いやいや、そんなことないって! 田舎だから女の子に会うことは少なかったけど、王都に来てから美人は見ているし、他にも女の人は見た。姪っ子は可愛いし、母ちゃんだってよく近所の人に美人さんだって言われていたよ。ってことは、ばあちゃんも美人だったはずだし……あ、でも父ちゃんの母ちゃんだから母ちゃんとは関係ないか。でもでも、父ちゃんが選んだ母ちゃんが美人ってことは、ばあちゃんも美人だったはず。だから……」


 ユシャリーノは意味のわからない身振り手振りをしながら、早口で誤解を解こうとした。

 その様子が面白くて少女はくすくすと笑っている。


「そんなに慌てなくてもいいって。ちょっと意地悪しただけ。あんまり女の子を知らない人なのに、褒めてくれるぐらいだってことでしょ? なら、とーっても可愛くてきれいってことじゃない」


 女の子に慣れていない少年が、二人の美少女に満面の笑みで同意を求められている。

 ユシャリーノは迷うことなく同意の一択だ。


「うん、とっても可愛くてきれいだよ」

「もう一度言って」

「え?」

「そこは聞き返すんじゃなくて、すぐに言ってよ」

「あ、はい。とっても可愛くてきれい……です」

「あはっ!」


 ユシャリーノは聞きなれない弾んだ声と満面の笑みを浮かべる少女を見て釘付けになる。

 釘付けになったところで変化に気づいた。


「あれ? もう一人の子はどこへ?」

「もう一人の子? 目の前にいるじゃない」

「え……どう見ても一人だけど」

「初めから一人よ」

「からかうのはもういいって。今三人で話していただろ」


 ユシャリーノは、二人の少女と話していた記憶と、目の前にいる一人の少女を頭の中で見比べる。

 そこまでする必要はないのを承知で、違うという確信が欲しかった。

 その確信はすぐに得ることができたが、同時に、身綺麗な少女が森を背にして立っていることを気にかけた。


「ちょっと待った。ごめん、気が利かなくて。場所を変えて話そう」

「突然どうしたのよ……ま、まさか私に何かするつもり? やっぱり勇者と話すにも対価を払わなければならないってことなの? どうしよう、私、まだそこまで心の準備ができていないわ」

「へ?」


 ユシャリーノは、片手を口に当てて困っている少女を見て、きょとんとした顔をした。


「お金も無いに等しいし、持ち物もこの服とハンカチしかない」


 少女は、ぶつぶつと独り言を言っているうちに結論が出たようで、口に当てていた手をゆっくりとおろした。


「わかったわ。せっかく会えた勇者ですもの、何事も最初が肝心だと言いますし」


 少女は言うなり、両手を広げて目を閉じた。


「好きにしていいわ」

「ちょっ、いきなり何を言い出す!?」

「だって、わざわざ場所を変えるってことは、人目につかないようにするってことでしょ」

「なんだか猛烈な誤解をしているな。きれいな人が土まみれになるのは良くないし、自分の家の前なのに外で話をするのはどうかと思ったからだよ」


 少女は、閉じていた目を開けるとにこりと笑みを浮かべ、女の子の必殺『愛嬌』を放出した。


「あはっ! 優しいのね。勇者に近づくにはそれなりの覚悟がいると聞いていたから、何をされるのかなって内心怖かったの」

「どこの情報だよ。勇者としては許せない嘘だな。でも、人によるとは思うから気を付けろよ」

「あなたは怖い人じゃないのね。ふう……ほっとした」


 少女は胸に手を当てて息を吐いた。


「それは何より。でもお互いに何もわかってねえから、話をしないとな」


 ユシャリーノは片手を家に向けて付いてくるように合図をする。

 少女は耕したての畑の上をつま先歩きで付いて行った。





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