1-5 物件

 真顔で止まったままだった他国の貿易商人Aは、近づいてくる一人の男を視界に捉えた。

 すると一転、笑顔に変えて話し始めた。


「そ、そうじゃ。わしはまだこの王都に来て日が浅いのでな、代わりに家に詳しいやつを紹介しよう。おーい」


 声を掛けられたのは他国の貿易商人Bだ。

 どうやら他国の貿易商人Aとは知り合いらしく、姿を見つけるや否や片手を挙げて答えた。


「おお。どうした、こんな所で」

「いやな、こちらのお方が拠点にする家を探しているんだが、わしでは力になれなくてな」


 他国の貿易商人Bは、ちらりとユシャリーノへ目をやった。


「拠点とな。そんな場所が必要な人というと、賞金稼ぎか勇者……おっと、寒気が」


 他国の貿易商人Bは、突如『身震い』に襲われたため両肩を抱いた。


「新しい勇者様だよ。まだ何かと不足していて困っておられる。聞けば他所から来たばかりで家が無いらしい。そこでちょうどあんたが通りかかったってわけだ」

「勇者? そんな者が……あ、いや、勇者様が家無しでは格好が付きませんな。とりあえず雨露をしのぐだけでよければ、近くにある空き家を紹介しましょう」


 他国の貿易商人Aは、マルスロウ国内でよく使われる一般能力『あとは頼んだ』を放った。

 職業柄彼は、訪れた土地ならではの風習を熟知している。

 伊達に各国を歩き回る商売をしていない。

 そそくさとその場を去られてしまった他国の貿易商人Bは、やられたという顔をする。

 しかし引き受けた以上、そのまま立ち去るわけにもいかず、家の紹介を始めた。


「……ではこちらへ。紹介許可をいただいている家があるので」

「あ、よろしくー」


 右も左も分からない勇者ユシャリーノは、男性たちから言われるままに動く。

 付いて行くと、出会った場所から見えていた茂みの中へと案内された。

 すると、茂みに囲まれた一軒の空き家が目に入る。

 屋根は無く、斜めに雑な切られ方をして半分になったような壁。

 上のちょうつがいが外れて傾いている玄関扉。

 家全体を包み込むように絡みついている蔦。

 朽ちている、と言った方がしっくりくる有り様だ。


「屋根は藁だったんで無くなっちまっているが、壁は石造りだからご覧の通り今でも残っている。丈夫な証拠です」


 他国の貿易商人Bは残っている壁をぱんぱんと叩き、まるで自分が手掛けたかのように誇らしげに言った。

 ユシャリーノは、半分崩れている壁を見ながら呟く。


「丈夫……なのか?」

「ここなら近所の家も離れていて迷惑にならない……あ、いや、勇者生活に集中できる良い拠点になると思いますよ」


 他国の貿易商人Bは、何かを誤魔化すように石壁叩きを強めて言った。

 しかしユシャリーノは、家の基本的な構造を成していないことから湧いた『疑問』を投げ掛ける。


「雨露をしのぐ場所って話だったよな。真逆だぞ、これ」

「し、城に近い場所ですし、近所から離れた場所と言っても所詮は町壁の中です。好みの物件を見つけるのは至難の業ですよ」

「確かに。まあ、直せばいいだけか」


 情報不足による思考停止が『まあいいや』を発動させ、朽ちた空き家の受け入れが強行採決された。

 他国の貿易商人Bに感謝をしようとしたが、すでに姿は無かった。


「あれ、行っちまった。それにしても、何をしたらいいのか教えてくれたり、家を紹介してくれるなんて町の人はいい人だらけだな。いや、これは勇者になった俺の徳が高いからに違いない」


 勇者ユシャリーノは、めでたく最初の活動拠点を手に入れた。


「早く家を直したいところだけど、まずは絡みついている蔦を剥がすことからか」


 鞄の紐をぎゅっと握りしめ、一度大きく息を吸って気合いを入れる。

 荷物を下ろし、ぶら下げている名工の鎌を手に持った。


「よし、始めるか」


 空き家全体を見回してから玄関へ向かう。


「やっぱり玄関から入りたいよな」


 崩壊している裏側からなら草木を除けば中に入ることができる。

 しかし子どもの頃、窓から家に入るという横着をした時のことが頭を過る。

 祖母から「家は玄関から入りな」ときつく怒られ、一食抜かれたことを思い出した。

 教えを守りたいユシャリーノは、きちんと玄関から入りたかった。

 傾いている玄関の扉をつかみ、軽く前後に揺さぶってみる。


「蔦が成長しきっちまっているから太くて丈夫だ。上のちょうつがいが外れているのにビクともしない」


 まるで丈夫な縄で作った網で家を包んだように見える。

 試しに一本の蔦を掴んで硬さを確かめた。


「こんなに太く育ってるってことは、使われていた時より空き家になってからの方が長いのか」


 ユシャリーノは、早速鎌で切っていこうと一振りしたところで動きを止めた。


「マントを羽織っていると落ち着かないな」


 肩位置にあるマント止めを右、左と順に見る。

 一旦鎌を蔦に引っかけてぶら下げ、マントを脱いで丁寧にたたむと鞄の上に置いた。

 軽く拳を握って気合いを入れ、改めて鎌を握る。

 農作業と狩猟で鍛えられた体を持つユシャリーノの作業は、植物や獣を相手にすると一味違う。

 知らない町の喧騒に少々気圧されていたが、染みついた感覚が隠していた力を表に出す。

 振るう名工の鎌は、物が当たる抵抗を知らないかのように蔦を切り刻んでゆく。

 取り去りたいものがみるみる剥がされていく様は、見ていて心地いい。


「よし、いつもの感じに戻った……ってかさ、この感覚を忘れるほど動揺していたのか。落ち着かない時は森へ行って鎌を振り回したほうがいいかも」


 それは物騒である。

 精神衛生上からみれば必要なことではあるが、周囲には気を配って欲しいところだ。

 独り言を呟きながら作業を進めると、隠されていた空き家は蔦から解放されていた。

 ユシャリーノは忘れかけていた手ごたえを感じ、楽しい気持ちがあふれて口角を上げている。

 だが、ふと違和感を覚える。


「これ、もしかして」


 ユシャリーノは思い当たったことを試すため、おもむろに先ほどたたんだマントを手に取る。

 マントは宙へ投げるようにして広げられ、ひらひらと揺らめきながら主の背中に戻った。


「さて、どうなるか」


 壁の削れた面に引っかけておいた鎌を再び持って振り返り、物置小屋らしき建物へ向かう。

 空き家と同じように蔦の網に飲み込まれているので、救助作業を始めた。


「圧倒的に……早い!」


 蔦を鎌で取り除く。

 農作業を手伝いながら育ったユシャリーノにとっては容易いことだ。

 しかし家一軒を覆う量の太い蔦を排除するとなると、相応に手間が掛かって体力が削られる。

 腕を上げたままの姿勢はじわじわと『血行不良』を引き起こし、疲労度を上げる。

 だが勇者アイテムであるマントを装着したユシャリーノは、普段との違いを実感していた。


「早いだけじゃなくて疲れる気がしない。全然力を使っていないみたいだ。これだけ強力な物を使えちゃうなんて、勇者になったからなんだよな、えへへ」


 ――――勇者だけが扱えるアイテム。


 その特別感にひたり、にやけ顔になってしまうユシャリーノ。

 けれども主の喜びを共有しようとした両腕は、不思議な感覚に戸惑う。


 作業姿勢からの攻撃『血行不良』を感じないとはこれいかに。


 両腕は、不思議に感じつつも『作業続行可能』と判断し、二の腕をぴくぴくと痙攣させて『手が止まっていますぜ』と知らせる。

 ユシャリーノは目をぱっと見開き、真剣な面持ちへと変わった。


「勇者がこれぐらいで喜んでいたらだめだろ。早く拠点を作って民を助けられるようにしないと」


 誰しも初めての出来事に対して驚くものである。

 ましてや、ただのおとぎ話でしか聞いたことがないような立場になったばかりだ。

 勇者のみが経験することに心を揺さぶられるのは仕方のないことだろう。

 一般能力『振り払い』が発動し、頭を左右に激しく振って冷静さを取り戻す。

 全身を巡る血がたぎり、鎌の柄を握る手に力が入った。


「勇者……勇者」


 そう呟きながら黙々と作業をした結果、日が暮れる寸前で空き家は新居へと格上げされた。


「ふう、これで宿無しは避けられた。あのおじさん達に感謝だな」


 ――――ぐう。


 作業がひと段落したところで腹がスヌーズ機能を発動し、『なあ、忘れてたよな』と再度空腹を知らせた。


「あー、結局なんにも食べてない。でも日が暮れちまったしなあ、明日にするか。初めてのことばっかで頭の中が追いついてねーし、今日はこのまま寝るとしよう」


 ユシャリーノはマントを背中から正面へと回し、そのまま床で横になると気絶するように眠りに就いた。



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