異世界日本でビルメン始めました。

ビルメンA

第一章 異世界ビルメンの日常編

第1話 僕の異世界ビルメン生活の始まり

 


 太陽の光が差し込まない地下深く、LEDランタンの明かりのみが目の前を照らす。

 僕、山下大輔は物騒な刃渡りの刀を持ち、先頭を歩くベテラン社員の藤原先輩に背中から声を掛ける。


「……藤原先輩、これもビルメンの仕事なんですか?……というか木製バットなんて久々に持ちましたよ」


 すると、藤原先輩はボサボサの白髪が揺れるほど笑う。


「……あっはは!今じゃあこれが、ビルメンのメインの仕事と言っても過言じゃないんだぞ……ん?お客さんのようだな」

「お客さんって……こんな地下十階に人がいるわけ……」


 僕は思わず言葉を飲み込んだ。LEDランタンに照らされた1メートルほど先に人影が3つほど見える。


「ほぉ……。ゴブリンか、入門にはちょうどいいな……ひい……ふう……みい、三体か、二体は俺の方でやるから大輔君、一体やってみようか」

 

 背丈は人間で言えば小学生くらいだろうか。緑色の皮膚に粗末な布を辛うじて着て、ギラギラとした目でこちらを睨んでいる。僕は思わず、手にする木製バットを強く握りしめた。


「え!?そんな!いきなりすぎませんか?」

「あっはは!こういうのは習うより慣れよだぞ!……よしいくぞ」


 そう言って物騒な刃渡りの刀を構える藤原先輩を横目に、僕は半ばやけくそ気味に叫ぶ。


「もう……!どうにでもなれ!」


 僕は木製バットを高く振り上げた。



――――――――




 僕が、異世界でビルメンを始める事になったのは、一週間ほど前ある出来事があったからだ。

 その日、僕は高校卒業後からお世話になってきた設備会社を退職した。


「いやー……本当に辞めちゃったよ……。しかし、退職日も終電終わりまで残業させるかね普通」


 僕が務めていた会社は、今時めずらしいほどの超絶ブラック企業だった。朝は6時に出社し、終電後まで働いたとしても残業代は一切出ない。休みも月に一度あれば良い方で、酷い時は一ヵ月丸々出勤というのも珍しくない。そんな会社に嫌気が差し、本日めでたく退職してきたわけだ。


「次はもう少し労働環境のいい職場でも探すかね……。でも、資格も何も持ってないんじゃ高望みかもな……」


 僕は、そう独り言を言いながら会社から自宅までの帰路を、とぼとぼ歩いていた。すると僕の後ろから女性の透き通るような声が聞こえてきた。


「あの~……お仕事を探してますか?」


 終電後なので、深夜と言ってもいいような時間である。まさか、声を掛けられるとは思っていなかった僕は、一瞬振り向くのをためらった。


(幽霊とかじゃないだろうな……。勘弁してくれよ)


 しかし、振り向かないわけにもいかないだろう。僕は覚悟を決めて後ろを向いた。そこには、一人の少女がいた。少女は僕と目が合うと、笑顔で手を振ってきたので、とりあえず会釈しておく。


(しかし、体のサイズが……あまりにも小さすぎじゃないか?)


 会釈後に冷静になった僕は、彼女をまじまじと見てからそのことに気が付いた。

 まず、日本ではみないような天然だと思われる絹のようなブロンドヘアーであること。それに彼女の全身は、僕の手のひらくらいしかないのだ。さらに、深夜だというのに、彼女の周りだけ明るく輝いていた。


(というか浮いてる!?やっぱり幽霊とかの類なのか……?)

 

 その事実に気が付いた僕が、フリーズしてる間に彼女が話しかけてきた。


「山下大輔さんでお間違えなかったでしょうか~?」

「あ……はい」

「私は、違う世界でお助け妖精として働いておりますララと申します~」

「はぁ……え?妖精?違う世界?」


 新手のドッキリとか宗教勧誘だろうか。正直こいつ何言ってるんだ? という感想しか抱けない。するとその妖精?らしい彼女はこう言った。


「別の世界……つまり、こことは違う日本で再就職しませんか~?」

「は?え。ちょっと待って。いきなり何を言い出すの?」

「まぁ落ち着いて聞いてください」


 落ち着けるわけがない。突然現れた自称お助け妖精なる女の子に異世界に転生してくれと頼まれたのだ。再就職先付きで! 


「ではお聞きしますが、次の職場はお決まりですか~?」

「お決まりも何も……今日自主退職してきたばかりです。転職先はこれから探すところですが……」

「じゃあ決まりですね! 早速私と一緒に行きましょう!」

「えぇ!?」


 僕が何か返事をする前に彼女から発していた輝きは増していった。唖然とする僕を光が包み込み、次第に意識が遠くなった。



――――――――



 街の片隅にあるようなレトロな居酒屋で僕は藤原先輩と向かい合って座り、酒を飲んでいた。


「いやーしかし、大輔君は見込みがあるな!初日でゴブリンを倒してしまうなんて」


藤原先輩はビールを片手に、お通しの枝豆を頬張りつつ言ってくる。


「見込みも何も……。無我夢中でしたが」


 ゴブリンと遭遇した後、無事討伐した僕たちは地上に帰還した。すると、藤原先輩から「君の歓迎会と初討伐祝勝会でもしよう」と提案してきたのだ。


「大体の新人さんは、あれを見ると腰を抜かして、即日退職しちまうからなー。その点、君は大成するよ……俺が保証する」

「……そうですかね」


 入社初日に褒められ、満更でもなくなった僕は、ビールの入ったグラスを煽った。……しかし、こうして藤原先輩を見ると、どこにでも居るような普通の中年のおじさんである。背は180㎝くらいだろうか、1度も櫛を入れたことがないようなボサボサの白髪で、常に人の良さそうな笑顔をしている。腹部は多くの中年男性がそうであるようなメタボ体型だ。


(……とても、さっきまで物騒な刃物を振り回してた人とは思えないな)


「今日は俺の奢りだからじゃんじゃん食べて飲んでくれ!」

「ごちそうになります!ところで、藤原先輩はこの仕事は長いんですか?」


 僕はふと気になり、そう藤原先輩に尋ねた。


「まぁ……俺がこの仕事に就いてから、もう20年くらいになるかな。まだ会ったことはないだろうけど、俺たちの職場の所長も同じくらい務めてるはずだ。」

「まだ職場で藤原先輩以外の人を見てないんですけど……?」

「あっはは!そのうち嫌でも見ることになるよ!何かつまみでも頼もうか?食の好き嫌いはあるかい?」

「食べれるものなら何でもってのが僕のモットーです!」

「ほぉ……。店員さーーん!ビールお代わり2つにゴブリン肉の野菜炒めと唐揚げ1つずつお願い!」


 合間をおかず、店員のものと思われる「あいよーー!」と相槌が返ってくる。


「ゴブ……」


 ……こうして、異世界での就職初日の夜は更けていった。ちなみにゴブリン肉は、臭みが強いが、その分うま味があり大変美味だったとだけ言っておく。

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