知略と交渉

 小説では勢力同士の折衝、交渉に賢いキャラクターをあてがいがちです。

 ですが、交渉とは何でしょう?


 貴方は「交渉」とは何か? それを答えることができるでしょうか。


 答えることができた方は、以降を読む必要はありません。

 もやっとした読み手の方に向けて、説明を試みてみたいと思います。


 さて、今回は交渉の本質を考えてみましょう。

 交渉の本質とは、「利益」の奪い合いです。


 通常、そういった争いでは相手がどのような手を取るのか、それを予測しながら手持ちのふだを切るはずです。


 基本、相手がどういった戦略を取るのか?

 これはわからないものです。しかし交渉は違います。


 現実のビジネスにおいて、情報を秘匿する相手とは取引ができません。

 それでは困るのです。


「必ずお金を払うから、君の取り扱っている品が欲しいトム君。ちなみにいくら払うか、相場はいくらか、何時お金を払うかは教えられない」


 これは交渉ではありません。ゆすりたかりの類です。

(ただ、明らかに異常な交渉は、次のページをめくりたくなるので、ちゃんとした理由付けができるのであれば、最初のフックとしては優秀です。)


 普通、いくら払うか、そして相場はいくらで、自分はそれより高いか、低いか、低いならどういうメリットが有るか、(入金が速い等)それを説明するはずです。


 ここでわかったかも知れませんが、確かに交渉は「利益」の奪い合いです。

 ですが、その目的は単純に相手から全てを奪うのではなく、互いの利益を最大化する方向で動きます。


 情報を公開するということは、普通は損になります。

 しかし交渉では異なるのです。(もちろん、秘匿すべき情報はありますが)


 冒険者は、錬金術師からヒールポーションを買おうとしています。

 掛けられた値札は、30ゴールドです。


 冒険者は、相場の20ゴールドに比べると、あまりにも高いと思い、できるだけ水薬ヒールポーションを買おうと思いました。


 一方、錬金術師のほうは、素材の高騰のため、既に20ゴールドの費用がかかっているため、それ以下では売りたくありません。


 そして二人の間で、値引きの交渉が始まります。


 冒険者が払う最大価格の30ゴールドと、錬金術師の最低価格の20ゴールド。

 この差額の10ゴールドがお互いの「利益」となります。


 仮に冒険者が5ゴールド値引きに成功したら、値引きをしなかったときに比べて、冒険者は5ゴールドの利益を得ますし、錬金術師は5ゴールドの損をします。


 おわかりでしょうか?

 「交渉」とは、この差額の「利益」をどう分け合うかの戦いなのです。


 もし先の交渉が決裂した場合、両者何も得るものがなく、それはそれで大損になってしまいます。なのでお互いに交渉を継続するのです。


 さて、ここに見えない価値、秘匿すべき情報が存在する場合はどうでしょう?

 例えば――冒険者は負傷者を抱えていて、急いで水薬を手に入れたい。

 なので実は40ゴールド払っても惜しくはない。


 錬金術師は借金を抱えていて、とにかく金が欲しい。原価割れの15ゴールドでもいいから、いますぐお金が欲しい。などです。


 もし、どちらかが強い立場にある場合、交渉の主導権を握れます。

 逆に弱い立場であったら、交渉力が必要になってきます。


 そこにはブラフや最後通牒による脅しといった技術があるでしょう。


 例えば、最後通牒はこういった感じです。

「このポーションは実はこのあと30ゴールドで納品することが決まっている。しかし今すぐ欲しいのであれば、ひとつ25ゴールドでどうだろう」


 30ゴールド納品の話は嘘っぱちです。

 しかし、冒険者はそんなことはわかりません。時間制限を掛けられると判断力が低下し、この場での判断を強要されます。

 ここでは、「はい」か「いいえ」以外の選択は存在しません。


 一見、最後通牒を通告したほうが有利な立場になるように見えますが、前提条件や相手の地雷を踏み抜くとイチかバチか、All or Nothingの結果をもたらします。

 冒険者の財布の中身、水薬の原価、情報も無しに打つ手ではありません。


 そしてブラフにも信憑性が必要です。

 納品すると言っているのに、店内に伝票が貼られた箱がなかったら?

 全く納品の準備をしていない? その話は非常に疑わしいです。


 あるいはこういう「脅し」はどうでしょう。

「うちは有名な冒険者パーティ「漆黒の黒」なんだぞ! 悪い評判がたてば、あっというまに、冒険者の間に広まって、商売にならなくなるぞ」


 こういった「脅し」は、相手に「これから何がおきるのか?」という恐怖を与えたり、「未来の損失」といったものを想起させるのが目的です。

 そして交渉を有利に運ぶわけですね(引き続き取引してくれるかは別として)


 しかしこういった「脅し」の恐怖を与える部分が、バレバレの嘘である場合や、それを食らっても特に大した影響がない場合は通じません。

 こういった脅しでは、有力者や権力者のコネがよく使われます。


 権力者のコネというのは、普段からキャラクターが吹聴しているとひどく小物感が出るので、味方側の場合、匂わせるのが良いでしょう。

 例えば大貴族の館に出入りをしている、依頼を受けたことがある等。


 とあるシーンを考えてみましょう。


 視察に来た大貴族と、下級冒険者がばったりであった時、下級冒険者が大貴族に会釈をして、大貴族もそれに返礼します。

 実は彼らは生活空間が重なっているため、よくすれ違うだけなのですが、見慣れている顔に対して、何気なく返礼を返してしまいます。


 驚いたのが、下級冒険者をネチネチいじめていた上級冒険者達です。

 大貴族と下級冒険者がコネ、あるいは密偵なのでは? そういった疑心暗鬼に陥ってしまい、もう彼に強く当たることができなくなりました。


 さて、話を戻しましょう。

 交渉とは一般に、妥協点を探るほうが得になります。


 一方的に最後通牒を通達して、自身の100%の利益を追求し続けた場合、簡単に他の取引に取って代わられます。


 なぜでしょう? その行為は、他の選択肢の優位性を稼いでるだけだからです。「利益」の高い取引は、他方にとっては価値の低い取引となります。


 もちろん、その業界を独占できている場合は話は別です。

 名古屋に王国を作っている、ある企業が典型的ですが、それを安定的に運営するには途切れない努力と流血を伴う失敗が必要です。とても楽な道ではありません。


 まとめます。


 ・交渉はお互いの「利益」の奪い合い。


 ・交渉を有利に進める手段には、ブラフ、脅し、最後通帳がある。


 ・交渉は妥協点を探るほうが得策。交渉の決裂は、両者大損を意味する。


 ・交渉において、相手の優位性を崩し、交渉を継続して妥協点を探るには、自分と相手の立場を冷静に分析し、嘘と弱みを見抜くことが必要。


 実に一般的な内容ですが、そういうものです。

 奇策というものはありません。


 策とは、一つ一つの情報を目的に向かって積み上げているだけです。

 それが理解できないから、奇策に見えるのです。


 さて、この次は相手をコントロールする方法を書いてみたいと思います。

 すなわち「情報戦」です。


 その話が気になる方は、ぜひ作者と小説のブクマをよろしくお願いします。

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