自殺者たちのデスゲーム

天結瘡

プロローグ

神様の一言

「つまらん。」


事の発端は、そんな玉座に堂々と座る神様のたった一言だった。






 真っ白で360度上下左右、果てしなく広がっている空間に、ポツンと椅子が浮かんでいる。王様が座っているような、玉座とも言えるそれに、一人の人間が堂々と座っていた。


 否、正確には人間では無い。人型の生物だ。もしくは、生物でも無いのかもしれない。その人型は、髪も肌も、極めつけには、着用している上下の服さえも白色である。


 背景も白い為、パッと見、一体化しているように見えている。つまり、存在感が無い。


……笑えない。


 それの表情は微笑んでいて、髪は肩下くらい。男にしては長いが、なら女かと言われても分からない。そんな中性的な、整った顔をしているそれは、「神」と呼ばれるものである。


……存在感の無い神とは。


 まぁ、そんなことは置いておいて。


 20代前半に見えるが、その神、実に230年程生きている。え、何? 曖昧だって?


 仕方ないじゃないか。長生きなんだから、正確には分からないさ。因みに、性別も分からない。そもそも神に男女の概念があるのかもはっきりしていないところがあるが。


 つまり年齢、性別共に不明である。謎。




 「つまらない」そんな一言を聞いた周りの天使は、それはもう焦った。日本人が見れば、思わず「スライムだ!」と叫ぶような形状の、自慢の白いぷるぷるの体をこれでもかという程震わせて。神様の機嫌を損なうこと、それは死を意味するからだ。


 なんとか神様にエンターテイメントを提供しなければ、死ぬ。しかし、神様は地球という星の全てを理解している為、そんな神様を面白がらせるなんて至難の業どころではない。


 一体、どうすればいいのか。


 天使たちが頭を抱えた時だった。


「そうだ! いいこと思い付いた!」


 神様が声を上げた。喜々とした明るいその声に、天使たちは救われたと思っただろう。なんせ、神様が楽しいと思うことを考えなければいけないところから、神様が望むものを用意すればいいだけのことになったのだから。


 しかし、その内容を聞いて、天使たちは真っ青になった。何故なら。


「人間でデスゲームをさせよう!」


 そんな発想だったからだ。白いスライムのはずが、青白いスライムになっている。見た目がレアなスライムから、どこにでもいる様な雑魚スライムになってしまった。


 別に、天使たちは人間が死ぬことを嫌だと思っている訳ではない。そうではなくて、これから「死神」にこの話をしにいかなければならないのかと震えているだけだ。


 人の迷える魂を案内する為の死神だが、勿論魂を殺す大鎌を持っている。それは、人間だけではなく、天使にも通用するのだ。


 人を殺す、殺した人間を天国や地獄に案内する権限を持つのは死神だけだった。神様さえも、直接生物を殺してはならない。手を穢してはならないからだ。


 神様専用の忠誠を誓った死神に頼めば誰でも殺せるが。だから、天使は死神に「協力してね。ハート。(意訳)」と言いに行かなければならないのだ。


 しかし、死神は感性がおかしい。自分本意な奴や、一匹狼、面倒くさい絡みをしてくる奴、直ぐ殺そうとする奴など、本当に面倒くさい奴しか居ないのだ。


 この天界で一番位が高いのは神様で、それが覆ることは絶対に有り得ないのだが、しかし、だからと言って言うことを聞く死神ではない。


 下手に死神の機嫌を損ねたら、魂ごと持っていかれる。しかし、それを恐れれば神様に殺される(ただし、殺すのは神様直近の死神)。


 ここは天界だが、もう天使にとっては地獄でしかなかった。


 どうにか話を聞いてくれそうな優しい死神を選んで話を通すか、神様の気を別のもので逸らすか。


 30あまりの天使たちは顔を見合わせた。


«嫌だよ、死神に話しに行くなんて。»

«会うだけでも嫌なのに、話し掛けるとか断固拒否なんですけど。»

«でも、それじゃあどうするの?»

«なんとか神様の気を逸らせば……。»

«でも、相手はあのだよ。»

«ムリムリムリ»


 ぷるぷると震えながら、天使たちはその会話を経て覚悟を決めた。神様に物申す覚悟を。一人の天使が神様に向かってポヨンポヨンと跳ねて行く。


「あの、ひ神様。デスゲームの件なんですが……。」

「うん? どうしたの天ちゃん。」

「て、ててて天ちゃん?」

「え、なんでそんなに震えてんの?」

「て、天ちゃんとは?」

「天使の天から天ちゃん。」


 駄目だこの神様。


 さっきまでデスゲームしようとか恐ろしいこと言ってたはずなのに、もの凄く愉快な神様である。


「あの、デスゲームの件なんですが、」

「ああ、デスゲームね。凄く良いアイデアでしょ。自殺した愚かな人間が殺し合うの。自分で死んだんだから、相当イカれてるよね。そんな人間がデスゲームしたら、どうなるんだろう。」


 気になるな〜。そんな顔をするひ神様に、天ちゃんと呼ばれた天使は何も言えなくなった。


 てっきり人間を地球で争わせ、あわよくばそのまま滅亡させるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。良かった。そんなことすれば、死神の仕事が増えすぎる。


 ということは、自殺した人の魂を頂戴すればいいのか。それくらいなら、死神も協力してくれるかもしれない。


 天使(天ちゃん)は、プルリと揺れて安堵の息を吐いた。これで、取り敢えずは死なずに済むかな。しかし、大変なのは変わりない。


「あ、天ちゃん。」

「は、はい?」

急に神様に話し掛けられて動揺する天使(天ちゃん)。

「今年の日本の自殺者約三万人の魂を集めてくれる?」

「に、日本ですか? あの、ユーラシア大陸の近くに位置する有名な侍の小さい島国ですよね。どうして?」


「え、あの国特殊だから。」

「特殊……?」

天使は考え込んだ。日本という国の特徴を思い浮かべながら。


「あぁ、確かに特殊ですね。自己肯定感が他国と比べて低く、他人の目を気にする。周りと同じであることを良しとし、違うものを貶める。食料自給率が低く、しかし、それにあまり危機感を持っていない。どうにかなるだろうと思っている。そして、しっかりした国にしては自殺者が多い。」 


 天使は、日本のマイナスな部分を挙げていく。それに反抗するかのように、ひ神様は声を上げた。


「世界でも高い技術力を要し、アニメや漫画、小説などのエンターテイメントが充実している。また、礼儀が良く、治安も良い。他国からは真面目で綺麗好きな国だと思われている。」

そんなひ神様に、天使は疑惑の目を向けた。


「……ひ神様、日本が好きなんですか?」

 天ちゃん、いや、ほとんどの天使は日本人があまり好きではない。腹が読めないからだ。


 子供の頃から周りと合わせることを強要され、学校に行くことが正しいとされる。我慢を覚え、相手を気遣い嘘を吐く。嫌いでも好きだと。嫌でも大丈夫だと。


 そのせいで、日本人は顔に出ない。全員がそうとは言わないが。特に、女性が多いが、愛想笑いが極端に上手い人もいる。が、裏では何を考えているのか分からない。


 日本人は謙虚で、自己肯定感が低いとされるが、実はそうではない。謙虚は美徳だと言う周囲のせいで、自己肯定感の高い者は弾き飛ばされ、そうではない者は謙虚さを装う。本当は自己肯定感が高くても、周りの目を気にして嘘を吐く。


 だから、嫌いだ。


「好きだよ。日本っていうか、日本人っていうか。とにかく、一番好き。」


 そう言って、ひ神様は笑った。そんな神様に、天使は何も言えなかった。

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