治癒術師の妻になる女性は

 イラガがずっと自分のために行動していることを、エリサンは知っている。

 しかし自分のような人間に、そんな価値はないと彼は思っていた。

 どうしようもない、罪ばかりの人間をどうしてあのように慕ってくれるのか、尽くしてくれるのかがわからない。確かに少しばかりの治療をしたのだが、あんなものは少し医者としての修行をしたものになら誰にだってできることだ。

 それで名医、名医と持ち上げられるようなものでは決してない。その証拠にキサラを助けることに全力を挙げているというのに、目立って成果が出ていないではないか。

 しかし、やってくる患者たちは、名医と聞いたのでという。


「俺が広めた」


 久しぶりにやってきた男がそう言ったので、なぜ突然名医という評判がたったのかという謎は解かれた。

 オムだ。

 彼が町に戻って人を雇う際に、エリサンのことを広めていったのだ。


「よかれとおもってやったことだが、気に入らなかったか」

「光栄なことなのですが、私としてはあまり」


 そういうしかなかった。

 オムはキサラの様子を見るためにやってきたのだ。だというのに何一つ進展していないことを知っても、平然としていた。そればかりか、エリサンを賞賛する。


「預けてから一度も寝込んだり倒れたりはしていないのか。

 これまでなら到底、考えられないことだな。お前に預けたのは間違いではなかったようだ。

 お前が気に入らないことであろうが、やはり名医だな。今後もそれを言いふらすのはやめんぞ」


 これをきいてエリサンは何も言えなかった。

 体調を崩しやすいとは聞いていたが、そこまでのことでもないと思っていた。だがオムにとっては、キサラが毎日健康に過ごしていることはそれだけで賞賛に値することのようだ。

 以前訪ねてきた時よりも、オムの態度はかなり軟化していた。

 そこでエリサンはあまりにも多すぎる報酬について切り出した。


「私としては、それほど大したことができていないように思うのですが。

 にもかかわらず、ご丁寧にお心遣いを頂きまして、恐縮しております」

「心遣い? 何かしたかな」

「キサラさんをお預かりした翌日から、工事の方が来られて、立派な浴場をしつらえていただきました」


 そこでやっとオムは浴場や高価な薬といったものについて思い当たったらしく、軽く手を振ってこたえた。


「ああ、あれか。気にするほどの事ではない。

 元々予定されていたことだ。名医といってもこのような寂れた村に好んで住んでいるような輩。

 おそらく住まいは不衛生な環境であろうから、キサラが住まうには多少の改築がいるとは思っていた。薬は金貨を受け付けぬというから、代わりに送ってやっただけだ」


 こう言われてしまえば、エリサンは抗弁できない。重ねて礼を言うだけだ。

 上機嫌なオムは、さらに言葉をつづけた。


「ところで、妻帯は許されていないのか。もてあましているようなら、次は女を連れてくるが。

 気に入ったのなら、そのまま嫁にしてもいいというようなのをな」


 エリサンは驚いて、なかなか返事が出ない。


「どうした、やはり女神は嫉妬深くて妻を持つことは許されないのか。禁欲も修行かね」


 さらにそういわれてようやく返事をしなければと思い当たった。


「いえ、そのようなことはありませんが。

 私のような者と一緒になってくださるような女性は、いらっしゃらないでしょう」


 彼としては、このような醜い大男の嫁になりたがるような女性は果たしているのかと疑問なくらいだった。

 イラガが結婚してもいいと言ってくれているが、まさか本気ではあるまい。種族も違えば、年齢も一回りは違う。


「まあ田舎暮らしを嫌がるものはあるだろうが、そう悲観したものでもないだろう。俺の知っているだけでも、何人かは喜んで来そうなのがいる。必要ならいつでも言うがいい」

「わかりました。必要となれば、お願いいたします」

「いつでもかまわんぞ。キサラ」


 そこまで話が進んでから、やっとオムはキサラに声をかけた。

 久々にオムと対面したのだが、彼はずっとエリサンの隣で薬湯を飲んでいる。


「キサラ、お前は帰ってこなくていいのか。ここは楽しいのか?」

「たのしい。先生も、イラガ姉さんも優しいし、怒らない。食べ物もおいしいし、みんな食べおわるのを待ってくれる。

 それにお手伝いも任せてくれる。ちっとも、困ってない」


 お手伝いをさせていること以外はごく当然の待遇なのだが、キサラはここが気に入っているようだった。オムもそれを尊重して、それ以上は何も言わない。


「ならいい。万一ひどい待遇を受けているようなら、連れ戻すように言われていたがそんなこともなかった。お前の好きなようにするがいい。

 ところでイラガはどうかしたのか。随分ピリピリとした様子でウロウロしていたが」

「それなのですが」


 少し迷ったが、エリサンは今の状況を話すことにした。

 オムは獣人たちとのつながりも深い大商人である。そもそもそのつながりから、イラガの病気が治ったことを知ってやってきたのだ。彼ならば、この現状をどうにかする手立てを知っているかもしれない。


「実はイラガさんがいうには、私が何者かに狙われていると。村の中で家畜の餌に毒が混ぜられる、という一件があったのですが、それもその何者かがやったにちがいないといって、警戒を続けているのです」

「何者かに。それはお前も随分不安ではないのか。命を狙われているというのに、なぜ落ち着いていられるのだ。

 お前がいなくなれば、あれもキサラも悲しむだろう」


 言われて、言葉が返せない。

 エリサンは死にたがっている。その気持ちは薄れつつあるが、やはり彼は自らの命よりも、苦痛からの解放を願っているのだ。

 イラガは一人前の狩人だから、一人でも生きていける。キサラはオムという保護者がいるから、自分が倒れた後も大丈夫なはず。自分以外の名医が、彼をいつか癒してくれるはず。

 そんなことを考えていた。エリサンは。


「お前自身は自分など何の価値もないと思っているのかもしれないが、違うぞ。イラガを少しみれば、わかる。あの入れ込みようではな。

 お前がいなくなれば、あれは後を追いかねん。そんなことくらいは、わからないはずもあるまい」


 わからないも何もなかった。実際にそう言われている。

 必ずや後を追って、そして自分が神に陳情すると言っていた。それほどの信頼を寄せられているのだ。その上で、結婚してもいいとまで言っている。

 ありがたいことだが、過去の自分の罪を打ち消すまではいたらない。


「本当にお前が狙われているのなら、このままにはできまいよ。こちらから兵を出してもいいが」

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