第5話  怒れる神

 鬱蒼とした森の中を、私たちは歩いていました。

 風通りは悪くジメっとしているのに、木々の隙間から差し込む日の光は強く、一言で言うのなら最悪の環境です。


 しばらく歩いていると、ちょうどいい所で切り開かれた場所を見つけました。

 切り株がいい感じに椅子として使えそうなので、落ち着いて話すには丁度良いでしょう。


「うぇ……うぅ……」


 程よい位置で、私と対面に座った神器と同じ名を持つ少女はその美貌から滝のような汗を流していました。

 

 そもそも何故このような、道を外れ人気の無い場所にいるかというと――。




『モルテラ……それは、神器の』


 草原で、彼女の名を聞いた私は困惑していました。

 何故この子がその名前を知っているのか、何故それと同じ名前なのか、何故その名を使って今私の前に現れたのか。

 何故、何故、何故と疑問は増えていきました。


『……シャリーネ』


 彼女が私の名前を呼びました。

 少女に似つかわしくない、凛として威厳のある声音で。


 そう、まるであの日の神託のように。


『貴様あああああああっっ! シャリーネ様に何をしているかあああっ!?」

『胸ぐらを掴んで……この不敬者があああああああああっっ!!』

『周辺国家の回し者めがああああああああああっっ!!』


『ひいいいいっ! だ、誰ですかあっ!?』


 それは偶然近くを哨戒していて、私たちの一部始終を見ていた大聖国ルーチェの警備兵さんたちによって妨害されました。


 ガシャンガシャン!

 全身フルプレートの鎧を纏った屈強な大人たちに少女は囲まれてしまったのです。




 ――と、いう訳であのような目立った場所にいては落ち着いて話も出来ないので、少女の手を引いた私は普段お忍びでもいかないような森の中へと訪れたのでした。

 真面目な兵士さんたちでしたので、話せばわかってくれます。


 やはり対話は重要ですね。


「ですので、お話していただけませんか?」

「おかしくないですか!?」


 少女……モルテラさんと仮に呼びましょう。

 モルテラさんは何やら納得がいかない様子で叫びました。


 はて、話の脈絡としてはおかしくないと思いましたけど。


「追放されたんですよね!?」

「それは、もちろん……」


 胸に手を当てて、瞳を閉じます。

 過去の自分への戒めとして、不甲斐ない私の愚かさを。


「あれの! どこが! 追放ですかぁぁぁぁっ!?」


 ブンブンと首を横に振っています。

 かわいそうに、何が彼女をここまで追い詰めてしまっているのでしょうか。


「アナタ! 大聖堂を出てから何しました!?」

「え? それは、国を後に……」

「あーもう! 言い方変えます! 何をされました!? 国の人たちから!!」

「それは……」




 つい先ほどの出来事なので、鮮明に覚えています。


 追放された身の私は、旅立つ為に城下町のメインストリートを歩いていました。

 通りを囲むように、国民の皆様が勢ぞろいしていたのです。


『シャリーネ様ー! お元気でー!!』

『追放なんかに負けないでくださーい!!』

『この国は、ルーチェは私たちが守りますのでー!!』

『シャリーネ様ー! うぅ! シャリーネ様ーっ!!』

『俺たちはいつまでもお帰りをお待ちしていますからー!!』


『シャリーネ様! シャリーネ様!! シャリーネ様!!! シャリーネ様!!!』




 そう、それは私の心に強く刻まれたのでした……。


「私が神託を遂行できなかったばかりに……ああして皆様の前に私自身の姿を醜態として晒すのも、罪だと受け取っています」

「聖女って頭沸いてるんですか?」 

「お姉様たちの悪口はやめてください!」

「アナタのですよ! アナタの!!」


 ああ、私のなら許しましょう。

 危うくまたメイスを投げるところでした。


「あの光景、どう見ても門出を祝っていただけじゃないですか! それに国の外に出てからも馬車から応援されたり兵士が助けに来たり! 何なんですかアナタ!?」

「聖女ですけど」

「知ってますよちくしょう!!」


 モルテラさんは癇癪を起してしまいました。

 人間だれしも、追い詰められると万物が敵に見えてしまい時に強くぶつかってしまうものです。


 ですから私は、そんな彼女を救いたいと思いました。


「モルテラさん」


 話し合いにおいて重要なのは相手と同じ場、同じ席に座る事です。

 場は満たされているので後は対等な関係でいれるように、私は彼女を見つめます。


「……何ですか」


 相手がどのような態度であれ、こちらが取り乱してはいけません。

 その気持ちが通じたのか、モルテラさんの紅い瞳が向けられました。ジト目で。


「私は、貴女のお話が聞きたいのです」


 どんな想いを秘めていても、それを受け止める覚悟があります。

 神器と同じ名前を持っているからではなく、一人の聖女として。


「追放された身ですが、私も聖女の」

「追放舐めてるんですか!?」


 私の言葉を遮るように、モルテラさんは叫びました。

 切り株から立ち上がり、私を指さします。


「わかりました! このわからずや聖女にワタシが教えてあげますよ!」


 何故か切り株の上に乗り、少しだけ上から私を見下ろします。


「この! 死神モルテラ・デスサイスが! 本物の! 追放ってやつを!!」


 そう、太陽を背負うその姿は正に……後光でした。

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