第3話  旅立ちの朝

 頭に頬、顎と右肩、それと両手、あばらが沢山と腰、あと両脚。


 あ、お姉様たちに折られた私の骨です。


 私は失敗しました。

 まさか神託を、邪魔されるとは思ってもいなかったからです。

 シャリーネ・ルーチェ、16歳一生の不覚でした。


 一人一人が相手ならなんとかなりましたが、一度に6人。

 それもお姉様たちによる意識外からの反撃では、防ぎようがありませんでした。


 それでも鏡に映る、見慣れた私の顔には傷一つありません。

 聖女が持つ奇跡、癒しの力でしょう。


『ははは、死ななければなんとかなるよ。ははは』


 と、先日まで死にかけていたお父さんがよく言っていました。

 私が失敗したせいでお父様は死にかけていたのが嘘のようにどんどんと元気になっています。

 嬉しいような、悲しいような。

 

 私にもっと力があれば……お父様の魂を天に送れたのに。


「むぅ……」


 鏡の私は仏頂面を浮かべます。

 肩にかかる金色の髪と、もう少し柔らかくなってほしいと思う銀色のつり目。

 平民の出なので肌も……お姉様方のように美白とは言えず、羨ましいです。


 それなのに胸だけは大きくなっていくので、修道服を短い周期で変えなければいけませんでした。

 迷惑をかけてばかりの私です。


「さてと……」


 鏡の前で頬を二回叩きました。痛いです。

 私はベールを被り、立ち上がりました。



「アイリスお姉様」


 修道服の袖を捲り、両手にガントレットを装着します。手が蒸れそうです。

 アイリスお姉様はいつも喧嘩腰で言葉遣いも丁寧ではありませんでしたが、元平民の私としてはむしろ親しみやすく、無茶ばかりする私をよく心配してくれました。



「ココネお姉様」


 スカートを上げ、鉄の靴サバトンを履きます。凄くガチャガチャしてます。

 ココネお姉様は一番頭が良く、暴走しがちなお姉様たちを一人でよく纏めてくれていました。



「テネットお姉様」


 革のベルトを、修道服の上から腰に巻きます。しっかりした良い素材です。

 テネットお姉様は物静かですが、いつも俯瞰して物事を把握し、相手の事を誰よりもよく見つめる観察眼をお持ちでした。



「ニニミお姉様」


 ベルトの背部に、二本のメイスをかけます。言わずもがな鈍器です。

 ニニミお姉様は言葉遣いや所作が丁寧で憧れますが、アイリスお姉様よりも手が速く聖女の中では一番の武闘派で、よく私に稽古をつけてくれました。



「メギスお姉様」


 ベルトの左腰部に、巻いた一本ムチをかけます。伸ばすととても長いです。

 メギスお姉様は、その、何と言うか、少々倒錯的な趣味をお持ちでしたが、どちらかというと私もそちら側なのでよく相談に乗ってくれました。



「ユーリリアお姉様」


 ベルトの右腰部にモーニングスターをかけます。無数のトゲが出ています。

 ユーリリアお姉様はとにかく武具が大好きで、よく秘蔵のコレクションを見せてくれましたし、今この装備も全て用意してくださいました。




「行ってきます」


 今日、私はこの大聖国ルーチェを追放されます。


 全ては私が神託を遂行できなかったからでした。


 その証拠に、あの神器……モルテラ・デスサイスも消えてしまったのです。


 きっと私は、神に見放されてしまったのでしょう。


 ですがそんな不甲斐ない私でもお姉様たちやお父様は見捨てずにいてくれました。


 この大聖堂に人がいないのは、周辺国家にお姉様たちが殴り込みに言っている為。


 寂しいですけど私は追放の身であり、未熟者ですので甘んじて受け入れます。


 当然、お父様にも会いません。


 今、会ったらその、悔しくてリベンジしたくなってしまうので。

 お、お姉様たちはいないし……今がチャンスだと何度も思いましたが、神器が無いのでそれではただの殺人になっていますから。


「必ず、お父様の魂を天に送れるように……立派になって帰ってきますから」


 私は大聖堂の入口に大きく頭を下げて、歩き出します。

 心新たにした私を祝福するように、満点の青空が広がっていました。



 こうして私の追放生活は始まりの鐘を鳴らします。


 ゴーン、ゴーンと物理的に響く音が。


「うるさっ」


 ちょうどお昼の鐘を鳴らす時間でした。

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