第27話/ろまんす
気がつけば砂緒は、待ち合わせの一時間前にはもう着いていた。
何時に家を出たかは、まったく覚えていない。
ただ、背後からのぞみの声がしたのは覚えているが。
(慎也くん、まだかな~、まだかな~。あ゛~~、キンチョーするうううううっ!!)
とくん、とくん、とくん、心臓が甘く疼く。
待つのが苦にならないどころか、愛おしいとすら感じて。
そんな彼女は肩を出したフリルブラウスにハイウェストショートスカートという格好で、慎也の好みへバッチリ合わせに来ている。
(一端は落ち着いたって思ったけど、やっぱダメだよぉ……)
昨日はもう、本当に迷惑をかけてしまったと砂緒は考えていた。
慎也が一蓮に相談したように、彼女もまた信頼できる人物。
敬愛する先輩である、野越のぞみに相談していて。
『どーーーーしようのぞみ先輩っ!! こうなったらもうデート中に監禁して分かってもらうまで説得すべきだよね??』
『はいはい、落ち着いて砂緒ちゃん。そんな事をしたら嫌われるだけって分からない?』
『うぐッ、で、でもぉ……っ』
『ここまでね、しっちゃかめっちゃかになってたら貴女ができるコトは一つ』
『ううっ……それは?』
『――明日のデート、うんと楽しみなさい』
『わ、分かったッ!!』
楽しむとは、いったいどうしたらいいのか。
楽しんで、何の意味が、何がどうなるのか。
そんな疑問が浮かんだお陰で、ひとまずは冷静になれたのだが。
(やっぱり緊張するうううううううううッ、だってだって、このデート失敗したら……信じて貰えなかったら)
でも。
(これを――楽しめって、こと?)
どうする事もできないドキドキを、不安を、きっと楽しむしかないのだろう。
今の砂緒にできる事は、一生懸命にデートを盛り上げようとしてる慎也の行為を、慎也という存在を愛し、楽しむ。
彼女は激しく打ち鳴らす胸を手で押さえ、鼻歌交じりにそっと目を閉じて待つ。
(まだかな、まだかなぁ)
慎也が到着した時、目にしたのはそんな姿で。
恋してる女の子、それも己にだ。
ときめかない方がおかしい、恋人がそわそわと待つ姿で彼は。
(ヤッベ、緊張してきた……――これどーやって声かければいいんだよ??)
あよ少し歩けば彼女の視界に入る、声が届く、そんな距離であるのに。
今まで出来ていたのに、何故か歩き方が分からない、声はどうやって出していただろう。
ごくりと唾を飲んで、まっすぐに彼女の方を向く。
「――――ぁ。っ!!」
「ッ!?」
今度は呼吸の仕方も忘れてしまった様、目と目が会った瞬間、ぱぁとあどけなく彼女は慎也へ笑い。
駆け出すその姿すら彼には芸術品みたいに見え――。
(――――ってぇッ!! なんか凄い勢いなんだけどぉ!?)
その光景、後先考えない五十メートル走全力ダッシュの如く。
このままだと激突は必須、しかし彼女のフィジカルの強さなら十二分に止まれるかもしれない。
景色がスローモーに見えながら、必死に考えて。
(ど、どうするッ、受け止めるか回避するかッ、もう時間がない!!)
(受け止めて慎也くーーーーんっ!)
(どうしてこんな勢いで!? なんの為に、いや違う――試される? うっかり避けてしまえばフられる!?)
(いっくよーーっ!!)
避けられない、受け止めなければ、だがこの勢いだと確実に負ける。
慎也の体は砂緒の勢いに負けて、二人して倒れ込んでしまう。
最悪、倒れそうになった所を彼女が支えるまであって。
「ド根性おおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ふぇっ!? あはっ、あはははははっ! なにそれ回ってるうううううっ!!」
(受け止めた瞬間に回転して勢いを殺す、――なんとか出来たぞおおおおおおおおおおおお!!)
飛び込んできた瞬間、砂緒の顔はとても楽しそうで。
対して慎也は決死の形相、明日の筋肉痛など考えない覚悟で受け止めその場でぐるぐると。
五回転半もした後、ようやっと二人は止まる。
「おはよっ、慎也くん!」
「お、おはよう砂緒。今日は特に情熱的だねぇ……」
「えへへっ、嬉しくってつい……ごめんね? 嫌いになっちゃった?」
「今の俺は、世界で一番カワイイお姫様を倒れずに受け止められた達成感しかないよ」
「えぇ~~っ、世界で一番カワイイだなんてぇ~~、もうっ、慎也くんったら誉めるの上手いんだからぁ」
「うーん? 頭お花畑になっていらっしゃる? まぁ俺もなんだけど、だって今日の砂緒ってカワイイが過ぎない?? なんでこんなにカワイイんだ?? な、教えてよ」
「っ!? ちょっ、そんな……こんな所でキスしちゃうような距離……ダメ、だってぇ」
口ではそう言いながらも、態度はバッチこいな彼女の姿に慎也は思わずキスしそうになって。
だがまだ入り口の前で、しかも周囲の注目を集めている。
彼は断腸の思いで砂緒を体から離すが、手だけはしっかりと繋いだ。
「慎也くん……っ」
「んじゃあ、中に入ろうか」
「うんっ!! 入場料は全部私が払うねっ!」
「え? 俺が二人分払うんだけど??」
「…………えっ?」「えー……??」
なんという事だろうか、早速二人の意見が食い違ってしまった。
砂緒としては、自分の方が稼いでるし今日を計画したのは慎也だから、という理由であるが。
彼としては、たとえ時代錯誤と言われても見栄を張りたくて。
(またも試されてるッ!? どれが正解なんだ誰か教えてくれえええええぇッ!!)
(あれ? なんで悩んで…………嗚呼、そっか、悩んでくれてるんだぁ……ふふふっ)
(俺がお金を出せば砂緒の意志を無視したって、でも砂緒にお金を出させて俺は幻滅されないか? 一番無難なのは割り勘というか入場料はそれぞれでって感じだろうけど――――)
(やーんっ、え、こんなに必死に悩んでくれてるの? 私の事を考えて? どーしよぉかなぁ、助け船でも出しちゃう?)
胸のときめきが脳味噌まで届いてしまった砂緒は、とてもうっとりと彼を見つめ。
慎也はそんな視線に気づかない程、悩みに悩む。
長々と考えていたら彼女を待たせてしまう、彼は意を決して。
「――つ、月並みだけど……入場料ぐらいはそれぞれ払おっか」
「ざーんねんっ、慎也くんを甘やかして離れられなくする作戦だったんだけどなぁ」
「ッ!? え、……それ…………ホントです??」
「えへへぇ、――どっちだと思う? 答えは私に追いついたらっ!!」
「…………? ああっ、ちょっ、早ぁッ!? もう買ってるぅ!?」
突如として目の前から消える砂緒、飛び込んできた時と同じく猛スピードで走ったのだ。
慎也が呆気にとられる間に、彼女はチケットを買って今にも入ろうとしている。
(もしや……気を使ってくれたのかな? 試されてるってのも勘違いかも――油断はできないけどね!!)
はやくはやくー、とぴょんぴょん跳ねてジェスチャーする彼女は眩しくて、とても楽しそうで。
「――俺も、まずは楽しまなきゃって事か」
慎也は苦笑しながら、チケット売場へ小走りになった。
それを、――後ろから見ていた者が一人、そしてもう一人。
「…………ふぅ、冷や冷やさせる二人だぜ。ボクも続くか」
「ううーん、ちょーっと砂緒ちゃん浮かれすぎ?? 万が一はフォローしないと――――あっ、すみませ…………??」
「こちらこそ、すみま………………ッ!?」
瞬間、後を付けていた二人はお互いの存在を認識して硬直した。
どうしてのぞみが、どうして一蓮が、ただならぬ仲の二人は遭遇してしまって。
だがしかし、ここで引き下がるには大切な友人の行く先が不安で。
「――――なぁのぞみさん、今日はは停戦協定にしねぇか?」
「ええ、そうしましょう。今はあの二人を見守るのが優先。…………貴男との話はまた後日」
「ボクもそれでいい、――じゃあ行こう」
一蓮とのぞみは、友達以上恋人未満の距離で歩き出したのであった。
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