第6点 足は地に着けるもの


「最初に、学園長からの挨拶です」


 司会の先生の紹介で、右手の舞台袖からレオナルドが現れる。

 なるほど、学園長というのは本当のことらしい。


「きゃぁ!」

「レオナルド先生よ!」


 彼が登場した瞬間、会場のあちこちから小さく黄色い声が上がった。

 仕方ない。格好良すぎるもん。

 始業式のためか、昨日よりもきっちりした格好をしているレオナルドは、もう抜群に格好良い。

 髪もきっちり撫で付けられているし、何より、なんて言うのアレ、王子マント着けてる。

 片側だけ肩に留めてるアレ。王子が良く着けてるやつ。

 アレ、めちゃめちゃ似合ってるんですけど。

 私の婚約者バリイケメンなんですけど!


「諸君。今年もこのように、無事に新学期を迎えられたことが嬉しい。新入生の諸君は、入学おめでとう」


 良い声だなぁ〜。

 あれだな。日本の校長先生とはえらい違いだな。

 眠くならない。話がめっちゃ頭に入る。

 女子はみんな顔を紅潮させながら目が釘付けになってるし。

 私の婚約者、有能だわ。


 本来なら婚約者が有能なことは喜ばしいんだろうけど、私は全然嬉しくない。

 だって色んな意味でやな予感しかしないんだもん!

 王子が有能な場合ってさ、婚約者が難ありな悪役令嬢パターンだよね!?

 悪役令嬢は前回の創作案ではないのですか、創作の神よ!!



「以上だ」


 おっと。結局あまり聞かない内にレオナルドの挨拶が終わってしまった。

 アイドルのコンサートだったかな? というくらいの拍手喝采。

 けれどそんなことは意にも介さず、レオナルドは舞台袖へと消えていった。

 この人気具合に慣れてる風。

 さすが王子だな〜。


「次は、新入生代表挨拶です。新入生代表、アンナ・ルソーくん」


 司会の先生から紹介され、左手の袖から一人の女の子が舞台に現れた。

 肩丈で切り揃えた緑の髪が外側に跳ねている。

 いかにも元気っ子! という雰囲気の、目がぱっちりした可愛い子だ。

 私には暴力的な膨張装置でしかないこの制服も、とても可愛らしく着こなしている。


 でもなんか……随分と落ち着かない子だなぁ。

 こう、浮き足立ってるというか。

 緊張からか、妙にそわそわしていて細かい動きが多く、とにかく落ち着きがない。

 そして彼女が正面を向いた瞬間、例のコマンド画面が表示された。


————————————————————

|アンリ・ルソー

|代表作:『眠れる旅音楽師』『蛇使いの女』

|フランスの素朴派の画家。

|いわゆる日曜画家で、税関で働きながら

|独学で絵画を学んだ。

|彼は足元を描くのが苦手で、

|どうしても足が地面から浮いてしまうため、

|草などで足元を隠していたことで知られる。

|この世界では「アンナ・ルソー」と

|呼称する。

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 いや名前を聞いた時そうかな? とは思ったけども!!

 また女性になってるし、一番最初に書くのがそれ!?

 ルソーに対する情報もっとあったんじゃないですか!!?

 だからあんなに浮き足立ってたのね!?


 ルソーの名を知らない人でも、彼の絵を一度見れば強烈な印象に驚くことだろう。

 特にルソーがフランスの植物園で描いたという南国のジャングルをテーマにした作品群は、その数多の緑色に圧倒される。


 アンナの緑色の髪は、まるでルソーの描く南国のジャングルを彷彿とさせる。

『蛇使いの女』は、南国シリーズの中でも印象的な作品だ。

 数多の緑で描かれた植物が生い茂るジャングル。

 月明かりに照らされて、真っ黒な影さながらのシルエットで笛を吹く蛇使いの女と数匹の蛇。そして鳥たち。

 エキゾチックで、どこか神秘的な雰囲気のあるこの絵画。

 の、蛇使いの足! 草で隠してる!!!

 これに初めて気が付いた時、私は衝撃を受けた。

 彼ほどの有名な画家でもそんなことあるんだね!?

 そんな所キャラに反映しなくてもよいのではないでしょうか創作の神様!!



 アンナはそれでも、考えてきただろう挨拶文をきっちりと読み上げていく。

 なるほど、流石に新入生代表に選ばれるだけはある。

 文章が上手いし、声も良く通る。

 かなり好感度の高い女の子だ。何度も言うけど可愛いし。


 ……きっと彼女もすごく関係してくるんだろーーなーー。

 もしやヒロイン?

 ヒロインはピンク髪って決まってるのかと思ったけど、周りを見た感じピンク髪は居ないから関係ないのかなー。

 はぁ……私を断罪とかしない、良い子でありますように……。



「キャッ!」


 アンナの挨拶も終盤といったところで、突如会場から女子生徒の小さな悲鳴が上がる。

 レオナルドが登場した時のような黄色いものではなく、何かに驚いた時のような悲鳴だ。

 会場が俄に騒がしくなり、悲鳴が上がった辺りを中心に円形に人がはけていく。

 するとその中心には、男子生徒が一人俯いて立っていた。

 何だか激しくぶるぶると震えている。

 何事? 極度にトイレを我慢してるなら行ってきた方がいいよ?


 と思った瞬間。

 男子生徒が懐に手を入れたかと思うと、胸元から銃を取り出した。



「キャーーーーーッ!!!」



 激しい悲鳴と共に、一気に生徒たちが駆け出す。


 この世界って銃とかある世界観なんだ、とか。

 あんなにぶるぶる震えてたら弾がどこに飛ぶか分からないな、とか。

 あまりに予想外なことが起きると、人間どうでもいいことを考えてしまうもんなんだな。


 私は思わずボーッと立ち竦んでしまったけれど、他の生徒たちはみんなこぞって講堂から外へと逃げていく。

 レオナルドが声を張り上げ、生徒たちを外へと誘導する。

 オーギュストも積極的に声を掛け、生徒たちを先導しているようだ。さすがクラス委員。


 そんな彼らを見ていたらハッと我に返り、もつれる足を動かして慌てて出口へと向かう。

 幸運にも、男子生徒はぶるぶる震えすぎて、上手く銃が構えられないでいるようだ。

 舞台上に居たアンナも慌てて私の方へと駆け出し……て、こけた!!!

 盛大にこけた!!!

 もうギャグ漫画然りという様子でこけた!!!

 顔から行ったね!!?


 それまでぶるぶると震えていた男子生徒が、急にアンナに目の焦点を合わせたと思うと、彼女に向かって銃を構えた。


 なんっで今正気になるかねえ!!?

 アンナは恐怖で腰が抜けたのか、床に倒れたままイヤイヤをするように頭を振って涙を浮かべている。

 まずい! 本気でまずい!!


「待ちなさーーい!!!」


 私は思わず、比喩ではなく本当にアンナの前に転がり出た。

 歩くより転がった方が早いからね!!

 男子生徒がすぐさま銃口を私に向ける。

 いやノープランすぎたわ!! ヤバイ!!

 脂肪でどうにか防げたりしない!?




「<星月夜>!!」


 どこからともなく男性の声がして、目の前が急に眩しくなった。


 ゥゥゥズシュンッーーーーーー!!


 空中に光の渦が現れたと思うと、細く眩い光線が、目にも止まらぬ速さで放たれた。


 えっ何ッ!? ビーム!!?

 ビームだよね今の!!!!?

 あそこに居る赤毛の男子生徒が、今ビームを打ったの!!?

 そう思った瞬間、目の前にコマンドが現れた。



 —————————————————————

|<プネウマ>

|ギリシア哲学で、生命、呼吸、力といった

|意味を持つ言葉。

|この世界では、選ばれし者だけが有する

|特別な力を指す。

|人それぞれみな異なるプネウマを持ち、

|その力は、画家自身にちなんだ力である。

—————————————————————



 はぁ!!!?

 何それそっち!!!? 画家のイケメン化ってそっち系!!!?

 ここって乙女ゲームの世界じゃなかったんですかーーーー!!!?

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