歪みに歪んだ片思い 1

その夜。誰もが寝静まった真夜中。僕は愛も変わらず、外を出歩いていた。

もちろん、僕のために。

最近は特に何も脅威はなかった。伊豆奈は男とは必要最低限の人付き合いのみに留めており、それ以上に僕にべったりと甘えてきてくれていた。きっと、あの日の記憶が強く残ってるのだろう。どうにしろ、今は僕にしか興味がないというのは、実に安心するものだ。

ふと、目線を振ると、茂みに人の影があるのに気がついた。

なぜか気になって。僕はその人影に近づいた。


「…大丈夫ですか?」

「ふぇ!?あ、えっと…その…」


話しかけられることはないと思っていたのか。彼女はそんな声を出して、その後黙りこくってしまった。


「えっと…大丈夫なら、もう行くけど」

「あ、それは、困る、という、か…」


何やら白黒つかない態度だ。このまま立ち去ってもいいけど、かけらだけ残っている道徳心がそこに僕を留めさせた。


「…えっと、今日、家出しちゃって…な、何でもするんで!少しの間、家に泊めて頂けないかと…」

「なるほど。家出少女ってことね」

「本当、なんでもするので!」


と彼女は僕に懇願してきた。


「ん〜…そうはいっても、家には彼女がいるからな…」

「な、ナニもしません!」

「それぐらいわかってるっての」


仕方なく彼女を連れて今日のとこは家に帰った。

…丁度、殺らねばいけないものも出来たからね。



一方。



「…どうして、香苗ちゃんまで…」


あいつ…生徒会長だけじゃなくて香苗ちゃんまで…許せない…許せない許せない!


「…絶対、許さない…」


限りなく絶望を与えてやる。許さない…!



「は?ストーキング?」


ひとまずリビングに案内した俺は、一杯のお茶を渡した。

ちなみに、親と伊豆奈には事情を説明し、とりあえず一緒に話を聞いてもらっている。


「はい。2週間ぐらい前からなんですけど、なんか、後ろに人がいるっていうか…それで、今日も。それで気味が悪くって。遠くまで走って、あの茂みに隠れてたんです」

「なるほどねぇ…侑斗。とりあえず、お母さんは警察の人に通報してくるから、ちょっと待っておきなさい」


と、母親が携帯を取り出そうとした時だった。


「やめて!!!!」


と、彼女が急に大声を出した。

それはあまりにも急なことで。俺も伊豆奈も。母親さえ時が止まったような気がした。

その反応を見て気が付いたのか、彼女ははっとした顔をしてか細く「すみません…」といった。

どうやら、かなりの訳ありらしい。


「家でもなんかあるの?」


彼女は少しうつむいた後、ぽつぽつと話し始めてくれた。

母は数年前に妹を生むとともに他界。最初はやさしく育ててくれた父は、つい先日逃げてしまった。


「それは、逆に言ったほうがよくない?」

「…父には、なんだかんだ感謝してますし…。それに、今は叔父夫婦が家にいてくれてますし…叔父に迷惑をかけたくなくて…」


彼女は、どうやらつらいことはすべて自分で解決させたがる子のようだ。


「…でも、警察に入ったほうがいいと思うよ。叔父さんも、きっとあなたに何かあったら心配だと思うし…」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」


伊豆奈の提案を、彼女はそう蹴った。


「…もう、帰ります。ありがとうございました」

「ああちょっと!」


母が呼び止めたものの。彼女はそそくさと家を出て行ってしまった。


「あんた、ちょっと追いかけてきなさい!」

「わかった。伊豆奈、家の中で待っててな」

「そんな、私も行く!」

「いいから。家の中で、あいつが戻ってきたときの為になにか暖かいものでも用意しておいてくれ。絶対に、家から出るなよ」


僕は最後にそう念押しして、急いで彼女を追いかけた。



人気のない道。街頭だけが淡く照らすその道を。私は誰かの気配を感じながら歩いていた。

コツ、コツと固い靴底が地面をける音が二重に聞こえてくる。一方の音が、どんどんと迫ってきていた。

コツコツ。コツコツ。

恐怖を駆り立てる音が早くなっていき、それに合わせて、私も足を速めていった。

コツコツ。コツコツコツコツ。


その音は、ついに走り出した。


鞄を抱え、急いで走り出した。

普段部屋からあまり出ないインドアな私にとって、そのスタミナは長く持たなかった。


ガシッと、後ろから勢いよく掴まれた。


「キャッ!」

「ハァ…ハァ…捕まえたぁ…!」


腕をつかまれたその直後、がっちりと体をつかまれ、口元を強く押さえつけられた。


「んん!んんんんん!」

「はぁ…さあ、行こうか」


抵抗虚しく。私はスタンガンで気絶させられた。



「…ま、想像通り、だな」


さて、やるか。

5代目の愛用の黒手袋をはめて。友達協力者に連絡をしながら無計画で自分のことしか頭にない能無しを追いかけた。

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