必然の偶然

「ふぅー…ふぅー…」

「うう…」


何度も何度も殴られ、身体中に切り傷青あざがいくつもあった。


「へへ…そろそろ終わりかなぁ!?」

「ごふっ!」


まだまだ力が落ちない右ストレートを食らった。

痛さとみぞおちに入ったことで吐いてしまった。その吐瀉物に胃液以外のものはなかった。


「さあ…お楽しみだ…」

「い…いや…」


頭に浮かぶのは、最愛の顔。

その名前を、私は呟いた。


「侑斗くん…」



「伊豆奈!!」




「伊豆奈!」


扉を開けた先には、血に濡れた拳を握りしめた男と、椅子に縛り付けられている伊豆奈の姿。

それを囲むようにして立つ2人の屈強な男。


「何をしようとしてた…」

「…あ~あ。せっかくいいとことなのに。邪魔しないでくれるかい?」


その男のことを見て思わず声が漏れてしまった。


「委員長…」


そこにいたのは、うちのクラスの委員長がいた。

ちなみに、うちのクラスの中でも俺と伊豆奈の関係は周知の事実となっていた。

それは、委員長だって例外じゃないはずだ。


「…なのになんで…」

「あのさ、早くどっか行ってくれないかな?」


伊豆奈を庇うように前に出ていた僕に向かってそういうと、後ろから屈強な男が1人歩いてきた。


「やれ」


その言葉と同時に、鋭い右ストレートが腹を抉った。


「ぐっ!」

「侑斗くん!もう、いいから!」


その言葉を聞きながら、立ち上がっては殴り飛ばされを繰り返した。


「私が…我慢するから…」

「伊豆…奈…」


彼女がこんなに頑張ってんだ。

今ここでたたなきゃ…お前は伊豆奈の隣にいる資格はないぞ!

そうして自分を奮い立たせ、よろよろと立ち上がった。


目を下にやると、ちょうどいいサイズの鉄パイプが一本転がっていた。

あるのかないのかわからない握力を振り絞ってパイプを持ち上げた。

ずるずると引きずりながら、男の元まで行って


「これ以上…」


下から打ち上げるようにしたパイプは彼の下腹部に直撃した。


「手を出すな!!!!」


そう言いながら、もう1人の頭をそれで割るように殴った。

ただ、それが俺の限界だったらしく力を使い切った俺はパイプを手放してしまった。


「へへ…これでお前は何もできないなあ!」


力が有り余っている彼はそれを悠々と持ち上げ振り上げた。

まさに絶体絶命。万事休す。



もし、ここがだ。


振り下ろそうとした瞬間。不意に、積み上げられた荷物が音を立てて降ってきた。


「は?」


その雪崩をよけることが出来ずに、彼はその下敷きになった。


「ぎゃぁー!!!!」


そんな声を出しながら彼はしばらくしてガクッと意識を無くした。

とりあえず、ラッキーに感謝し伊豆奈のアフターケアをすることにした。


「侑斗くん…侑斗、くん…」


きっと。徐々に恐怖心が解けた安心感から涙が込み上げてきたんだろう。


「大丈夫。今縄解くからな」


そうして縄を解いた瞬間だった。


「侑斗くん!怖かった怖かったぁ!!!!怖かったよぉ!」

「わっぷ!」


勢いよく飛びついてきた。


「伊豆奈、痛い。強く抱きしめすぎ!」

「うう…怖かった…ありがと…侑斗くん…」


それから、僕の懐の中で泣いた。

全く。面倒なものに巻き込まれたものだと考えた。

それから、ひとしきり泣いた後、立ち上がった。


「落ち着いた?」

「…うん」


その返事を確認して、僕は歩き始めた時だった。


「侑斗くん。こっちむいて」

「ん?何?」



「んっ…」


妙になまめかしい声といっしょに、頬に柔らかい感触が来た。

その感覚が離れていくのははっきりと感じた。ただ、声を出すことが数瞬できなかった。

そして、理解をするにつれ、その頬は瞬く間に紅く染まっていった。


「いっ、いいいい伊豆奈なななななななっ!?」

「…今は、これで我慢するから」


そう言って、伊豆奈は小走りに外に出ていった。

まだ残る頬の感覚の指で伝いながら。



「うまくいってよかった。本当」


と、さっきまでの騒ぎが嘘みたいな空間にそう吐き捨てた。

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