深見くんがヤらせてくれない

人生

第1話 深見くんは隠してる




「――お父さん、折り入って話があるんだけど」


「なんだ、さくら子、ヤブからボーに。……お小遣いアップだとかスマホ買ってほしいとかはダメだからな。高校生になってからだ」


「そうじゃなくて――」


「じゃあ……」


「深見くんにお金渡してるってほんと!?」




 ――は!?


 と、わたしは目を覚ましました。


 ……また、同じような夢――


 最近、わたしの夢にはクラスメイトの男の子が出てきます。


 いえ、本人が登場することはなく、彼の話題が上がったり、気配を感じたりする夢です。


 わたしはそれを小学校の頃からの友人であるミズチに相談しました。


「これってやっぱり、恋なのかな……?」


「恋ではなく、変。コイだとしたら、故意。それはもうサブリミナル効果」


「何? ホモサピエンスみたいなもの?」


「まったく被っちゃいないが、なんとなくあんたの頭のなかは分かる」


「わたしはみずっちゃんの言ってることがよく分からない。……何? さっきの、ラップ?」


「まあ、あんたにもじき分かる時が来るから――」


 ――などと友人は言います。彼女の言ってることはわたしにはよく分かりませんが、事実としてわたしは彼のことが気になっているのです。それはもう、夢にまで見るほどに……。




 わたしが彼を意識し始めたきっかけは、今でもよくおぼえています――


 あれは中学生になってしばらくした頃、わたしも何か部活に入ろうかな、と思いながら運動場の横を歩いていた時でした。


「あ! そこのアホみたいな顔してる女子!」


「……え? わたし?」


「危ない!」


 どこからか聞こえた声に振り返ると、わたしに向かって飛んでくる白球が目に入りました。目に入ったというのは比喩で、そのホームランボールはわたしの顔面にぶつかる前に、突如目の前に現れた人影に阻まれたのです。


 それが、深見ふかみくんでした。


 その時はまだ、わたしは深見くんのことをクラスメイトの一人としか認識していませんでした。今のもわたしを助けてくれたのではなく、たまたまわたしの横を通りかかったタイミングでボールが飛んできたのだろう、と。

 なぜなら深見くんは運動音痴で、少女漫画だったらボールをキャッチして助けてくれるところを、顔面で受け止めて気を失ってしまったからです。


 わたしのことを身を挺して庇ってくれた――そう考えるには、その時の深見くんはカッコ悪すぎました。




 ――けれども、そういうことが何度か重なると、さすがにわたしのなかにも疑念が生まれます。


 ……タイミング、良すぎない?


 もしかして、わたしの後をつけてるの? 

 いやいや、まさかそんな。だってわたし、深見くんとは話したこともないし。

 きっと偶然――


 その考えが変わったのは、台風が近づいていることで天気が荒れていた、ある日の放課後のこと。


「あれ……? 傘、持ってきたはずなのに……」


 鞄に入れてきたはずの折り畳み傘がなくなっていて、昇降口でわたしが立ち往生していた時です。


 後ろから肩を叩かれ、振り返るとそこには表情に陰のある男の子が。彼はわたしの方に顔を向けないまま、こちらに向かって何かを差し出していました。


 傘です。それもコンビニで買えるような安物ではなく、なんだか高そうなやつ。


「え……? 貸してくれるの?」


「ん」


 渡りに船というやつですが、深見くんは他に傘を持っている様子はありません。戸惑うわたしに半ば押し付けるように傘を渡すと、なんの対策もなしに雨天へ向けて足を向けます。

 やっぱり受け取れないと、わたしは彼を引き留めようとして言葉を探し、とっさに思いついた問いを投げかけたのです。


「深見くん……わたしが困ってるといつも助けてくれるけど――それって、どうして?」


 深見くんはちらりと振り返ると、言いました。


 知らないのか、と。


「……早乙女さおとめは、許嫁だから」


「!」


 初耳でした。わたしが耳を疑っていると、深見くんは雨の中へと走って行ったのです。




 ――許嫁の話は、本当でした。


 親同士が知り合いで、その飲みの席で勝手に決めたものらしいのですが、父はわたしが中学に上がる前に深見くんと会う機会があったそうで――その時に、わたしのことをよろしく言ったのだそうです。


 まったく勝手な話ですが、そんな話を聞かされるとわたしも深見くんの存在を意識せざるを得ませんでした。


 とはいえ、教室で顔を合わせても、深見くんはわたしに話しかけてくることもなく、わたしの方も気にするばかりで会話のきっかけを見つけられませんでした。

 勇気をもって話しかけようとしても、のらりくらりというか、のれんに袖押しというかで、深見くんはまるでわたしを避けるように離れていくのです。


 わたしたちが再び口をきいたのは、ある休日、わたしが電車に乗っていた時のことでした。


(これって、痴漢……!?)


 お尻に違和感を覚えてわたしが硬直していると、


「…………」


 わたしの背後にいた誰かとのあいだに、どこからともなく現れた深見くんがすっと割って入ったのです。


 その後もわたしが人の流れに苦労して電車を降りられないでいると、すっと現れわたしの手を引いてくれました。


 別れ際、深見くんはぽつりと、


「……早乙女は、無防備すぎる」


「ご、ごめんね……いつも迷惑かけて――」


 ……と言いつつ、どうしてわたしが困ってるタイミングでそこにいるの? という疑念もあり、心から謝っているわたしではありません。


「別に」


 深見くんは素っ気なく言いました。


「早乙女のお父さんから、お金もらってるから」


「……なんですと?」


「1救助、1000円」


「…………」


 愕然とするわたしを残して、深見くんは足早にその場を去りました。




 それからというもの、わたしの中のもやもやは膨らむばかり。


 再びミズチに相談すると、


「実を言うと、あんたが困ってるのはぜんぶ私のせい」


「???」


「ボールをぶつけようとしたり、傘パクったり、あんたのお尻を触ったのは全て、この私だ」


「…………」


「深見に頼まれて、1回500円でやってる」


 500円。わたしを中心とした経済がそこにありました。


「というのはもちろん、冗談だ」


「……どこからどこまでが嘘で本当の話!?」


「ここから、このへんまで」


「幅を示されても分からない!」


 人生で一番の興奮状態にあるわたしに、ミズチは言います。


「真面目な話、金もらってるなんて話、信じるヤツがいるか? そんなもん照れ隠しに決まってんだろ、深見の」


「で、でも、お尻さわられた話はみずっちゃんにしてないよね?」


「語るに落ちていたか」


「真実は! どこに!?」



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