第3話 爺とアンドロイド

「……ぅう…」


 目が覚めると知らない天井…はなく、梁は剥き出しの木造の家の中のようだ。横を向くと太い柱、その向こう側は土間になり竈みたいなものもある。江戸時代の民家っぽい造りだ。

 

 体を起こしキョロキョロしていると、ガタガタと土間のほうにある引き戸が開き、爺が入ってきた。見た目は70代ぐらいで頭は磨き上がられ、白い顎鬚が鎖骨ぐらいまで垂れている。腰は曲がっておらずシャンと胸を張った元気そうな爺だ。

 そして爺と目が合う。とりあえず挨拶しておくか?


「…こんにちは…」


 すると爺の顔が驚きの表情に変わる。おはようのほうがよかったか?見た目1歳児が挨拶したのが拙かったか?そもそも言葉通じてんのか?

 驚いてはいたが爺はそれをスルーして土間の台所でゴソゴソし始めた。


「ほれ、食え」


 グイッと木で出来た器と匙を差し出してくる。…1歳児にそのまま渡してくんなよ!まぁ食うけど。器の中にはとろろ芋を下ろしたようなもの。匂いを嗅ぎつつ口にしてみる。…普通にとろろだ。うまい。爺も隣でなんか食い始める。………お互い無言だ………ごちそうさま。


「大人しくしていろ」


 そう言うと爺はまた出て行った。放置されたおれは家の中を探検する。それ程広くはない…すぐに探検は終わる。窓から外を見てみると畑があり、爺が作業している姿が見える。見える範囲に他の家等は見当たらない。

 悪い人間ではなさそうだし、やることのなくなったおれは言われた通り大人しく寝ることにした。






 あれから1週間程経ったが、おれはまだ爺の家だ。爺はアドルフというらしい。彼は基本無口で、おれも1歳児がべらべら喋るのも気味が悪いだろうと思いあまり会話はない。たまに喋る時に口を見てると、明らかに日本語を話していないが理解は出来るし、おれからの言葉も通じる。不思議な力が働いているんだろう。

 おれが歩きまわったり、自分で用を足していてもなにも言わない。大らかな爺さんだ。だが暇なんで氣の鍛錬でもしようかと体内でぐるぐるやろうとすると、背を向けていてもバッとこちらを振り向く。慌てて止めた。なので爺が家の中にいない時や、外に出てこっそりと鍛錬している。

 家の中には魔道具らしきものもある。枠に嵌った水晶を押すと金属管から水やお湯が出てくるものや、冷蔵庫みたいに中がヒンヤリした箱もある。梁からぶら下げられたランタンは火を使わなくても光っている。これは絶対に魔法もあるはずだ。どうやって使うんだろう?追々調べていこう。





 そんなこんなで一月ぐらい経った時に来客があった。胸当て等をつけた軽装備のいわゆる冒険者っぽい奴や、金属の鎧をつけた騎士っぽい奴、6人の集団が馬に乗ってやってきた。

 遠目に見えた時に中に入ってろと言われたので素直に家の中に入る。窓からこっそり覗いていると、爺さんと偉そうな恰好をした男がなになら話し込んでいる。

 しばらくすると集団は帰っていった。爺さんも帰ってくる。


「明日からしばらく仕事で出掛けてくる。腹が減ったら保存庫や畑のものを食え。お前なら大丈夫だろう。」


 



 爺さんが出掛けて1週間経過。まだ帰って来ない。心配だが一人になったので遠慮なく氣をぐるぐるしたり、家で見つけた山菜図鑑を読んだり、遠くの山目掛けて気弾をぶっ放したり、畑の水遣りや雑草を引っこ抜いたりして過ごした。


 更に1週間。畑を荒らす猪?との激闘があった。

 ある日、畑の水遣りにいくと土が宙を舞っていた。下顎から生えた立派な牙を持つ猪が、その牙を使い畑を掘り返していたのだ。

 侵入者は大きなガタイと立派な牙を備えていたが、かつて狼との激闘を制したおれは心に余裕があったので追い払うためにこっそり近づく。そして奴のケツに狙いを付け気弾を放つ。しかし威力を弱くしすぎたか、命中した気弾は べチン という音を立てるだけだ。

 こちらに気付いた猪が荒い息を上げ、突進してくる。ビビったおれは近くの木に急いで登る。手が出せなくなった猪は今度は木に向かって体当たり。直径40cmぐらいの木がメキメキと軋みを上げる。

 このままではヤバいぞ、と慌てて下の猪に威力を強めた気弾を発射!弾は命中し、 ドゴン! と奴の下半身を貫き地面には穴が出来た。


「やったか!?」


 やっちまった…

 今のおれは気弾の反動で空を飛んでいる。このまま落ちれば普通は死ぬか、よくて大怪我。だが落ち着け、この状況は2回目だ、異世界だ。身体強化をフルに使って姿勢を整え足から着地!つま先、踵と地面に触れた瞬間に膝を曲げ、流れるように後ろへコロコロと転がる。…ふぅ、無傷だ。勝ったな… 昔、少し習ってた柔道が役に立つとは、よかったよかった。

 残った死体は食えるかもと思ったが、解体の仕方も分からないので出来た穴に埋めておいた。南無南無…とある日の出来事だった。


 しかし、まだまだ帰って来ない。出先でぽっくり死んじまったか?と思ったが縁起が悪いので考えを振り払う。なんにしろトラブル等があったのだろう、帰りが遅すぎる。畑の作物はまだまだ大丈夫だが、冷蔵庫の中身は残り少ない。猪は取っておいた方がよかったか?次来たら捕まえて解体してみよう。





 爺さんが出掛けて1ヵ月ぐらい経過。畑を狙う襲撃者との激突も度々あった。そんな日々を過ごしていると…


 今日は雨でやる事がなく、家の中で氣をぐるぐるしながら山菜図鑑を読んでいた。読了20回目を達成しようとしたその時、ドンドンドンッ と戸を叩く音が。


「すみません!何方かいらっしゃいますか!?お聞きしたい事がございます!」


 どこかで聞いたことがあるような声がした…。


「はいはい、どちらさまですかー?」


 引き戸を少し開け、隙間から覗いてみると人間っぽいナニカがいた。身長は180cmぐらいで黒い光沢のある体。顔は昔のゲームの荒いポリゴンの様に角張っている。サイボーグかロボットかそんな感じの奴だ。そんな奴が視線を下げておれを見る。


「!?鉄志様ではございませんか!漸く見付けましたよ!御無事で何よりです!」


「……もしかしてジェフか?お前、宇宙船のAIじゃなかったのか?動けたのか?てかよくここにいるってわかったな。雨ふってるしとりあえず中に入れよ」


 ガタガタと引き戸を開け、中へと促す。


「はい、失礼致します。しかし、みすぼらしい小屋ではありますが私がいない間にこのような拠点を確保なされているとは、流石でございます。」


「…おれの家じゃねえよ、人様の家だ。あまり失礼なこと言うなよ…」


 手拭いを渡し濡れたボディを拭かせ、居間の囲炉裏の横に座らせる。


「ともかく、本当に御無事で安心しました。鉄志様が帰って来られないので心配で心配で…日が高いうちは眠れぬ日々でした…。」


 手拭いを目元にあて涙を拭うような仕草でそうのたまう。演技派なロボットだ。夜は鼾を掻いて寝ていたんだろう。


「……あぁ、心配掛けて悪かったよ。食い物になりそうなやつを見つけたまではよかったけどな、その後狼が出てきて追っかけられたんだ。なんとか逃げ切れたけど疲れて気を失って…そこを親切な爺さんに助けてもらったんだ。んでここはその爺さんの家ってわけだ」


「それは災難でございました…その御仁が帰って来られたら是非ともお礼をいわなければなりませんね。」


「それが…爺さんが1ヵ月以上前に出掛けたきり帰ってこないんだよ。なんとかしたいが手掛かりもないし、この世界の事もよくわからんからなぁ…てかその体はどうしたんだ?」


「そうですか…お礼を言えないのは残念ですが仕方がありませんね…。この体は鉄志様を捜索する為に作成したボディです。いつまでも帰って来られないので船を材料にレプリケーターで作成し、そこに私をインストールしました。生きていた機能もこのボディに集約されています。移す際に小型化の必要があり性能が劣化してしまいましたが、使えないよりはかなりマシでしょう。

 その後、山の中を捜索していると突然エネルギー反応があり、目の前で爆発音と共に木が倒れ地面が抉れました。何事かと調べたところ、そのエネルギーの残滓と鉄志様の生命反応が一致。この時はまだ生存されているのだと確認でき本当に嬉しゅうございました。爆発痕を解析してエネルギー体が飛んできた方角へと向かっていると、定期的にそれが飛んでくるではありませんか。これは鉄志様からのサインに間違いないと確信し、こちらに辿り着いた次第でございます。」


 …危なかったな…適当に撃ってた気弾がこいつに当たりそうだったとは…。他に被害が出てないといいけど…人はいなさそうな山の中だ。きっと大丈夫に違いない。うん。


「…ま、まぁお互い無事に再開できてなによりだ‥お茶でも飲むか?飲めるか?」


「?言葉がぎこちないようですが…?せっかくなので頂きましょう。エネルギーへと変換できるので問題なく飲めます。」


 なんか悪い事したような気がするので誤魔化すように土間へ行き、二人分のお茶を淹れる。戸棚の中にあった烏龍茶みたいな香りのお茶だ。けっこううまい。



 

「さて、無事合流できたわけだが…これからどうすんだ?なんでこの世界にやってきたか、おれはまだ思い出せないがジェフの方はどうなんだ?」


「申し訳ないですが、データの復旧が芳しくありません。ですがどのような活動をするにしろ拠点はあった方がいいでしょう。鉄志様もまだ小さい体ですので、この地をお借りして安定した生活基盤を築くのはいかがでしょう?」


「それもそうだな。うん。…んじゃなにからやろうか…衣食住の内、とりあえず家と服はあるからな。飯に困らないよう畑の拡張と狩りでもをやっていこうか」


「了解いたしました。私はサポートしながら周辺地域の情報を集めてみます。現地人の集落が近くにあるかもしれませんし、ここに来るまでの間に脅威度の高い巨大生物も幾らか確認されました。なにかしら対策するにも情報は必要でしょう。」


「モンスターか!?マジかよ!?猪ぐらいならやっつけられるけど……そうそう、話は変わるが、おれは"氣"って勝手に読んでるけどこの力は何なんだ?魔法っぽく身体強化とかできるけど、魔力ってやつ?」


「それはその体を構築する際に埋め込まれた能力で、魔力とは違います。ゼロポイントエネルギーを変換、利用したもので、鉄志様が思っておられる氣の認識と今の運用方法で構いません。又、いわゆる魔法とは本来、種や文明の進化の果てに使用できる様になる意志の力です。超能力、とでもいいましょうか。この星の進化度では当然使えないはずですが…なぜかこの地の生物にそれに近いエネルギー反応を確認しました。

 そしていわゆる魔力とはエーテル、地球では机上の計算でのみ存在があるとされているダークマター、ダークエネルギーと言われているものです。」


 …おれの灰色の脳細胞では小難しい話になってきてんな…今は要点だけ聞いておこう。


「おれが寝落ちする原因てやっぱ、これを使い果たしたからとか?」


「いえ、そのエネルギーは実質無限です。寝られてしまうのは使った際の疲労が原因でしょう、まだまだ1歳程の幼い体です。成長していけば扱える量も時間も比例して大きくなるでしょう。」


 チート能力は無事備わっていたようだ。チートって言葉はゲーマーだったおれからしたら嫌な言葉だが命の懸かった現実だ、死にたくないしここは受け入れよう。





「ちなみに気を付けておいて下さい。鉄志様が死ねばゼロポイントエネルギーが暴走し、この星が所属する太陽系毎消滅してしまいます。」


「マジかよ!?さすがに冗談だよな!?」


「HAHAHA、ええ、ジョークですよ、ギャラクシアンジョークです。」


 少しポンコツ臭のするこいつの発言だからなんか笑えない。元々寒いジョークだがな…でも一応心に留めておこう。

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