フルムーン

「あ〜歯痒い!」沙希はイライラしていた。

「?」マリアは鹿にせんべいをあげながら、沙希を見る。慎司達は10:00には京都に降り立っていた。そのまま観光バスに乗せられ、近鉄奈良駅で降ろされる。11:00点呼が終わった後、昼食を含め、一旦解散となる。最集合は奈良は公園バスターミナルに15:00集合とされていた。現在の時刻は13:30。奈良公園に慎司達はいた。

「ていうかさぁ、ウチの教師達、放任主義過ぎない?コレってエリアの狭い自由行動でしょ?」慎司は言う。

「確かに。」鈴音も相槌を打つ。

「わたしは楽しいです。」マリアは言う。

「沙希ちゃんも鹿にせんべいあげたら?」慎司は言うと、沙希に口にせんべいを突っ込まれる。

「意外に食えるな。」慎司はせんべいを食す。その周りには鹿が群がっていた。

「夜には会えるんだから、そんなにイライラしなくたっていいんじゃない?」鈴音は沙希に言う。

「近くにいるってわかっているからこそ、歯痒いのよ。」沙希は言う。

「完全に華月症候群だね。」慎司は笑う。

「で、この後どうする?大仏様見に行く?」鈴音は皆に言う。

「わたし、見たいでーす。」マリアは屈託のない笑顔で言う。

「決まりね。」沙希は言う。4人は東大寺へと歩き出す。

「ねぇそういえばさぁ、紅蓮て刀どうなったの?」沙希は慎司に聞く。

「華月の話じゃ、右京が持っているらしいよ。」慎司は言う。

「右京って、西の統治者よね?じゃあ、ソイツが山火事を?」沙希は聞く。

「そうみたい。でも、黒幕がいるらしいんだよ。右京は言い様に操られているらしい...。」慎司は答える。マリアと鈴音は2人のやり取りを聞いている。慎司は続ける。

「それに、弥生の鬼が加担しているらしい。」慎司は神妙な面持ちになる。

「弥生の鬼?かづちゃんの同族って事?」沙希は聞く。

「そう。閻魔大王直属の12鬼神の1人とされる者。」慎司は言う。

「ヤバい...よね?」沙希は不安そうに聞く。

「相当ね。今日の夜、華月達と相談するけど、沙希ちゃん達は留守番になるかも。」慎司は言う。

「NO!私も戦います!」マリアは言う。

「わたしも!」鈴音も言う。そんな2人を止めたのは、意外にも沙希であった。

「やめときなさい。かづちゃんと同等の強さの鬼、右京と人狼族、そして黒幕...。私達は今回ばかりは足手纏いよ。」沙希は2人に言う。

「沙希ちゃん、ありがとう。」慎司は礼を言う。沙希は微笑む。

「直接の戦闘は出来ないけど、私達にしか出来ない事もあるかも知れない。」沙希は2人に言う。

「例えば?」鈴音は沙希に聞く。

「しんちゃんがいない時に、先生達や他の生徒に見つからない様に、しんちゃんがいる様に振る舞うとか。」沙希は言う。

「それはありがたい。」慎司は沙希に手を合わせる。

「後は...。」沙希は歩みを止める。いつの間にか大仏の前に来ていた。沙希は見上げながら、

「お祈りとか。」沙希は手を合わる。

「わたしもお祈りしまーす。」マリアも手を合わせると鈴音もそれに続く。

(沙希ちゃんて、意外に冷静だな。状況把握が半端ない。)慎司はそう思って沙希を見た。

「何?」慎司の視線を感じた沙希は慎司に言う。

「沙希ちゃんてさ、いい女だよね。」慎司は笑う。

「何よ?いきなり。」沙希は照れた様に言う。

「告白ですか?」マリアは慎司に言う。鈴音は冷たい視線を慎司に向ける。

「いや、ホントにそう思うよ。」慎司は笑顔で言う。

「わ、わたしはかづちゃん一筋なんだからダメよ。」沙希は慌てた様に言う。

「わたしもかづき一筋でーす。」マリアも続く。

「わかってるよ。」慎司は笑う。そんな慎司を鈴音は少し寂しそうに遠巻きに見ていた。


綾乃と華月は荷物を纏めて、ホテルを後にしていた。居場所が右京にバレていたからである。華月はバレていても構わないと綾乃に言ったが、綾乃は念の為にと新しい宿を手配した。その宿は古い日本旅館で防犯カメラはない。綾乃はその他にも、レンタカーのナンバーで行き先がバレない様に一旦解約した。偽名を使い変装をして、チェックインを済ます。仲居に案内され、部屋に到着する。綾乃はお心付けを仲居に渡す。

「ではごゆるりと。何かございましたら、フロントにお電話下さいませ。」仲居は挨拶すると部屋を後にする。

「...。」綾乃はスマホでメールを打ち出した。打ち終えたところで、華月のスマホにメール着信音が聞こえた。華月はメールを開く。

(わたくし達は今から、不倫旅行のカップルです。こういう温泉旅館には、そういった人に言えない事情を持った宿泊客も大勢おります。従業員はお客の秘密を守る為に詮索はいたしません。先程はわたくしがお心付けをお渡しいたしましたが、次からは華月様がお渡し下さいませ。その方が自然です。)華月はメールを確認すると、返信を打つ。綾乃のスマホの着信音が鳴る。

(了解した。)綾乃は華月を見ると華月は頷いた。

「失礼いたします。」女性の声が部屋の外から聞こえる。

「どうぞ。」華月はわざと低い声で答える。部屋の入り口の襖が開き、和服の女性が入ってきて正座する。

「わたくし、当旅館の女将をしております、相澤 春子(あいざわ はるこ)と申します。本日は当旅館にご宿泊いただき、誠にありがとうございます。お客様の旅が良き想い出となりますよう、誠心誠意お手伝いさせていただきます。宜しくお願い申し上げます。」女性は頭を下げる。

「こちらこそ、宜しくお願いします。」華月はそう言うと、頭を下げている女将にお心付けをスっと渡した。

「ありがとうございます。お夕食は18:00にお持ちいたします。ではごゆるりとお過ごし下さいませ。」女将はもう一度頭を下げて、部屋を出て行った。時刻は16:00を回っていた。

「中々、サマになっておりました。」綾乃は華月に言う。

「緊張しますね。」華月は言う。

「いけません。コレからわたくし達は不倫をする仲なのですから、もっとドーンと構えて下さいませ。」綾乃は華月に言う。

「わ、わかった。」華月は言いながら、顔を赤らめる。

「お髭が似合っておりますよ。」綾乃は笑う。

「別にバレても構わんのだが...。」華月は綾乃に言う。

「いけません。大切な御身をお守りする為なのですから。」綾乃は笑う。

「風呂に入る。」華月はそう言うと、部屋の備え付けの露天風呂に向かおうとする。

「一緒に入りましょう❤️」綾乃はわざと華月に言う。

「...。」華月は何も言わずに綾乃に背を向けたまま耳を赤くした。

「その沈黙は肯定と判断いたしました。すぐに準備いたします❤️」綾乃はいそいそと支度を始めた。華月は黙って露天風呂に入った。結局綾乃の思惑通り?に華月と綾乃は肌を重ね合わせた。


雅は右京のいるオフィスの扉をノックする。中から右京がどうぞと声をかける。雅は扉を開け、右京の前に立つ。

「失礼いたします。ご報告がございます。」雅は言う。

「何でしょう?」右京は椅子をクルリと回し、雅に向き直る。

「如月華月と西園寺様が姿を消しました。」雅は言う。

「そうですか。流石は綾乃さん。」右京は笑う。

「現在捜索中ですが、足取りが掴めません。借りていたレンタカーも返却されている様です。」雅の報告を聞いた右京は取り乱す事もなく、

「放っておきなさい。彼らには何も出来やしない。全ての主導権は私が握っているのだから。」右京は笑う。

(どこに行こうが、紅蓮も花も全て私の手の内にある。主導権は私にあります。無駄な労力をお使いなさい。)右京はそう思っていた。


浴衣姿の華月と綾乃は部屋に運ばれてきた夕食を食べ終えていた。

「何か、こっちに来てから初めて京都料理って物を食べた気がしますね。」華月は言う。

「そうでございますね。」綾乃は笑う。

「さて、準備しますか?」華月は言うと着替えを始める。綾乃も支度を始める。暫くして黒装束に身支度を整えた2人は、旅館の非常階段から外に出る。非常階段を音もなく駆け上がり、1番上に到達した所で、華月は言う。

「飛びます。」華月がそう言うと綾乃は華月の首に手を回し、華月は綾乃の身体をお姫様抱っこで抱き抱えた。華月の髪の色は銀色に変わっていく。華月は跳躍する。その一蹴りは悠に100mを超えていた。

「華月様とこうして移動するのも久しぶりでございます。」綾乃は言う。華月は微笑む。


慎司達はホテルの屋上に来ていた。時刻は20:00。クラスメイト達は皆風呂に行っていた。

「そろそろ時間ね。」沙希は言う。

「アレ!」マリアが指差した方向を見ると、銀色の光が見る見る近づいてくる。やがてそれは屋上に降り立った。

「華月!」慎司は笑顔で言う。沙希もマリアも鈴音も笑顔になる。華月は綾乃を下ろすと、その髪色は元に戻ってゆく。

「かづちゃん。」沙希は華月に抱きつこうと走り出そうとした横を凄いスピードでマリアに先を越される。

「かづき〜♪会いたかった♪」マリアは既に華月に抱きついていた。

「久方ぶりだな。」華月は言う。

「皆様、お待たせいたしました。」綾乃も言う。

「綾乃も会いたかった♪」マリアは今度は綾乃に抱きつく。綾乃は笑顔でマリアと抱き合う。

「少し痩せたんじゃない?」慎司は華月に言う。

「そうか?黒装束だから痩せて見えるのだろう。」華月は言う。

「確かに少し痩せた気がする。」鈴音も言う。綾乃に縛り取られているとは、口が裂けても言わない華月であった。

「沙希、待たせたな。」華月は沙希に言う。

「待ってなんかいないわよ!このバカヅキ!」沙希は華月に平手打ちを放つ。華月はその手を掴んだ。

「悪かった。」華月は謝ると沙希は華月に抱きつく。それを見て皆微笑んだ。

「これで許すわ。って確かに痩せたわね。」沙希も言いながら華月の身体を触りまくる。

「沙希ちゃん、それくらいにして話聞こうよ。風呂入れなくなっちゃうよ。」慎司は言う。

「そうだったわね。」沙希は言うと華月の身体から手を離す。

「綾乃さんお願いします。」華月は言う。

「承知いたしました。」綾乃は京都に来てからの事を、華月とイチャらぶした事は伏せて全て話した。

「...想像以上に大変だったわね...。」沙希は言う。

「かづき痩せまーす。」マリアも心配そうに言う。

「華月様、まだご報告していない取れたての情報もございます。」綾乃は華月に言う。

「...薬の件ですか?」華月は綾乃に問う。

「左様でございます。それに右京に付いていた、恐らく弥生の鬼と思われる女性の顔写真も入手しております。後程、皆様に写メをお送りいたします。」綾乃は言う

(いつの間に?)華月は思った。

「お願いします。」華月は綾乃に言う。

「承知いたしました。右京率いる人狼族の使っている薬についてですが、大宝製薬舞鶴工場で研究された物でございました。」綾乃は言う。

「大宝製薬...。」鈴音は北條と東を思い出していた。

「大丈夫さ。」慎司は鈴音の肩に手を置く。鈴音は頷く。綾乃は続ける。

「右京は北條の失脚以前から大宝製薬に多額の投資をしておりまして、舞鶴工場では先の鈴音様の様な未知の能力を薬剤化する研究ではなく、既存の能力を最大限に引き出す、言わばドーピング研究に力を注いでいた様です。」綾乃は言う。

「玉藻前様の言っていた、新月でも力を発揮出来るというアレか...。」華月は言う。

「そうでございます。本来の持つ力をいつでも引き出せる様にする薬の研究は続き、その薬は完成しました。名を《フルムーン》。」綾乃は言う。

「そのままじゃないか!」慎司はツッコむ。

「名付け親は右京の様です。」綾乃は言う。

「でしょうね、何のヒネリもないネーミングセンス。」慎司は呆れた様に言う。

「慎司くんなら何て名前にした?」鈴音は言うと皆慎司に注目する。

「ん〜十六夜かな。」慎司は真面目に答える。

「意外にいいわね。大爆笑しようと思ってたのに。」沙希は言う。

「俺もだ。」華月も、

「わたくしも。」綾乃も、

「ワタシも。」マリアも言う。

「何だよ!皆して!」慎司は少し拗ねた。

「良かったわね。センスがあったみたいで。」鈴音は笑うと皆笑った。

「話を戻そう。ヤツらはその薬を使い、いつでも満月と同じ力を発揮出来るという事かな?」華月は綾乃に聞く。

「その様でございます。」綾乃は答える。

「人狼の数は?」華月は聞く。

「確か、右京の部下は100人位はいたんじゃないかな?まぁ、それが全国に散っているとして、すぐに集まれる人数は60人くらいじゃないかな?」慎司は答える。

「流石でございます。その通りです。」綾乃は言う。

「俺と綾乃さん、婆ちゃんは恐らく弥生の鬼の相手と黒幕で手一杯だろう。1人で60やれるか?」華月は慎司に聞く。

「やらなきゃって事でしょ?いざとなったら、俺もその薬奪って飲んじゃえば、満月の力を出せる。白狼と人狼の格の違いを教えてやるよ。」慎司は笑う。

「かづちゃん。」沙希は華月を呼ぶ。

「何だ?」華月は沙希を見た。

「流石に今回ばかりは厳しいと思うの。だから私達3人は留守番をするわ。」沙希が言うと、マリアも、鈴音も頷く。

「あぁ。その方が良い。」華月は沙希の意見に賛同する。

「でも、1つだけ約束して。」沙希は華月に言う。

「何だ?」華月は沙希に聞く。

「いざ、危ない時には異界の門で必ず脱出して。」沙希は言う。

「...わかった...。」華月は静かに言う。華月の性格上それはまず無い事は、綾乃にはわかっていた。その時は華月と共に間違いなく、死を覚悟する事となる。それでも綾乃は本望であった。

「慎司、明日は玉藻前様に会いに行こう。自由時間は何時からだ?」華月は慎司に聞く。

「9:00からだね。帰りはホテルに17:00までに戻らなきゃならない。」慎司は言う。

「片道どれくらいだったか?」華月は綾乃に聞く。

「車で2時間位でございますね。」綾乃は答える。

「それで1日終わるね。沙希ちゃん達はどうする?」慎司は聞く。

「私たちは行ってもいいけど、お邪魔にならないかしら?」沙希は言う。

「慎司はともかく、山道を制服で登るのはキツいと思うぞ。」華月は言う。

「じゃあ私はパスするわ。明日は、ユニ○に行くわね。鈴音とマリアはどうする?」沙希は言う。

「私は行ってみたい。それに舞鶴方面よね。何かわかるかも知れないし。」鈴音は言う。

「そうか。舞鶴工場の方か。」慎司は言う。

「綾乃さん、大江山からどれ位で行けそうですか?」華月は聞く。

「車で1時間と言ったところでしょうか。」綾乃は答える。

「行けそうですね。」慎司は言う。

「で、マリアはどうする?」沙希は言う。

「かづきと一緒がいいけど、話がわからないので沙希と行きまーす。」マリアは言う。

「決まりね。」沙希は言う。

「慎司様、鈴音様、明日お手数でございますが、京都駅より山陰本線に乗り、丹波口駅にお越し下さい。9:30集合といたします。そちらから車で移動いたします。」綾乃は言う。

「あれっ?京都駅の直結ホテルじゃなかったっけ?」慎司は華月に聞く。

「右京絡みで色々あってな。宿を変えたんだ。」華月は言う。

「そうなんだ。ホントめんどくさいかんねあの人。」慎司は言う。

「あ!ボチボチ解散しないと、お風呂の時間無くなっちゃう!」沙希は言う。

「じゃあ、また明日。」慎司は華月と綾乃に言う。

「皆様、お休みなさいませ。」綾乃は言う。

「またな。」華月はそう言うと、綾乃は華月の首に手を回し、華月は綾乃をお姫様抱っこする。華月の髪色が銀色に変わっていく。華月はまた跳躍する。見る見る銀色の光は遠ざかっていく。

「戻りますか。」慎司は言うと皆屋上から中に入った。












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