玉藻前

「華月様、おはようございます。」綾乃の挨拶で華月は目を覚ます。時刻は6:30。綾乃は既に浴衣から着替えており、準備万端であった。

「あ、おはようございます...。」華月は熟睡出来なかった。

「朝ご飯に参りましょう!」綾乃は華月に言う。華月は顔を洗って着替えを済ませる。

「お待たせしました。」華月は綾乃に言う。綾乃はニッコリ笑うと、

「参りましょう!」と華月の手を引いて、食事に向かう。

昨夕、おにぎりしか食べていないからか、華月の食欲は凄まじかった。ビュッフェ形式の食べ物を一通り平らげ、更には自分の好みの物をおかわりし、白飯に至っては5杯程食べた。そんな華月を綾乃は向かいの席でニコニコしながら見ていた。

「...なんですか?」華月は綾乃に聞く。

「お気になさらず♪」綾乃はニッコリ笑う。食事を終えた華月と綾乃は、部屋に戻り外出の準備をするとロビーに降りた。

「華月様はこちらでお待ち下さい。レンタカーを回して参ります。」綾乃はそう言うと、1人外に出る。綾乃の手際の良さに、華月はいつもながらに感心していた。自分もしっかりしなきゃなと思っていた。暫くすると、綾乃は戻ってきた。

「お待たせいたしました。参りましょう。」綾乃は言うと華月も外に出る。車のナンバーは違えど、そこにはいつもの乗り慣れた黒いバンが停まっていた。

「2人にしては大きすぎやしませんか?」華月は綾乃に言う。

「いいえ、コレで良いのです。後ろの座席を倒せば華月様がお疲れになった際にお休みになれます。鬼のお力を使われた際にも。それに、明日以降は慎司様達と合流することもございましょう。」綾乃は微笑みながら言う。

「ありがとうございます。」華月は助手席に乗り込む。

「さぁ、参りましょう。」綾乃はシートベルトを締め、車を発進させた。

伊集院 宗光の家は嵐山にあり、車で京都駅から25分程行った所にある。綾乃は近くのパーキングに車を停める。

華月と綾乃は2分程歩くとすぐに、立派な日本屋敷が見えた。正門には伊集院流華道の立派な看板がある。

綾乃は門の前のインターホンを押す。

「はい。」と女性の声で聞こえた。

「如月華月と西園寺綾乃でございます。伊集院宗光様とお約束がございまして、ご訪問させていただきました。」綾乃はインターホンに話かける。

「どうぞ。お入り下さい。」女性は言う。

華月と綾乃は門をくぐり、母屋の玄関前で待つ。玄関の引き戸がガラリと開き、中から中高年の女性が現れる。

「どうぞー。中にお入り下さい。」

玄関の中に入ると、

「如月華月です。宜しくお願いいたします。」と華月は女性に頭を下げた。

「伊集院宗光の娘の洋子です。本日は遠路遥々ようこそお越し下さいました。綾乃さん、お久しぶりですなぁ。」洋子も頭を下げる。

「お久しぶりでございます。こちら皆様でお召し上がり下さい。」綾乃はいつの間にか茶菓子を用意していた。華月はその姿を見て、流石と思った。

「あらあら、気を使わんでも宜しいのに。後程、御茶請けにさして貰います。」洋子は笑いながら言う。スリッパを用意され、応接室と思われる部屋に案内される。

「こちらでお待ち下さい。」洋子はそう言うと、部屋を出ていった。

「いつの間に茶菓子なんか?」華月は綾乃に聞く。綾乃は笑みを浮かべると、

「あれは家元様も、伊集院様も好まれておりました、羊羹にございます。鉄板のお茶菓子でございます。今は、便利な世の中となりました。ネットでどこでも受け取れるのですから。」綾乃は言う。華月は改めて綾乃の手際の良さに感心した。暫くすると洋子がお茶を持って現れた。その後ろに宗光が立っていた。華月と綾乃は宗光に頭を下げる。

「本日はお招きいただきまして、誠にありがとうございます。」綾乃は言うと、華月も頭を下げる。

「遠い所を良くぞ起こし下さった。」宗光は笑う。宗光は手で華月達をソファに座る様促す。

「失礼します。」華月はそういうとソファに腰を下ろした。綾乃も続く。

「如月様から。」洋子は宗光に先程の茶菓子を見せる。

「おぉ!○やの羊羹か。大好物での。すぐに切ってくれ。」宗光は洋子に言う。洋子は応接室を出ていった。

「佐奈子さんの葬儀の時はあまり話が出来なかったが、こうしてじっくり見ると、中々の男前だ。どことなく、佐奈子さんにも似ておるな。」宗光は華月にそう言う。

「ありがとうございます。」華月は頭を下げる。

「中々の?でございますか?華月様は歴代の如月家当主の中でも、わたくしの知る限りの男の中でも1番の男前でございますよ。」綾乃は突然言う。

「わっははは!綾乃さんには敵わんな。」宗光は豪快に笑い出す。綾乃も笑っている。華月はそんな2人を冷静に見る。

「すまんな華月くん。」宗光は華月に笑いながら言う。

「いえ。」華月は微笑む。

「さて、品評会の話をしておこうかの。」宗光は言う。

「三日後の午前10時30分より、京都○ワーホテルの広間を貸し切って行う。例年通りであれば、皆想い想いの作品を活けて、その後親睦会といった型で終わるのだが、そこで華月くんの事を発表しようと思うんだが、如何かな?」宗光は華月に問う。

「はい。宜しくお願い申し上げます。」華月は言う。華月が言ったのと同時に、洋子が人数分の羊羹をお盆で運んできた。

「簡単なんだが、話は終わりじゃ。」宗光は豪快に笑う。

「はい。」華月はそんな宗光の豪快さを心地良く思っていた。

「ささ、いただこう。私はコレに目がなくての。」宗光は羊羹に手を伸ばすと一口で口に運ぶ。数回咀嚼した後、お茶を飲む。

「...やはり、○やは最高じゃ!」宗光は満面の笑みを浮かべる。

応接室の扉がノックされる。

「どうぞー。」洋子が言うと扉が開かれ、女性が姿を現した。

「宗光様、副会長がお見えでございます。」

「気が乗らん。帰っていただいてくれ。」宗光は言う。女性は頭を下げると応接室を出て行く。

「すまんな。何の話だったか、○やの話だったな?」宗光は言う。何やら、応接室の外から騒がしい声が聞こえる。

「こ、困ります。今は来客中でして、後程になさって下さいませ。」先程の女性と思われる声が聞こえる。

「品評会の話であれば、私にも関係があります。それに、私の勘が正しければ。」男は扉をノックすると、

「失礼します。」と扉を開いた。

「やはり、西園寺さん!」男は綾乃を見てそう言った後、すぐに宗光に向き直り、

「会長、ご無礼をお許し下さい。今年度の品評会の内容が変更となりましたので、それをお知らせに参った次第でございます。本日お客人がお見えになるとの事でしたので、お客人に間違った情報をお伝えする前にと思いまして。ご無礼ながら馳せ参じた次第でございます。」男は言う。

「変更?どういう事だ右京?」宗光は言う。華月はその名を聞くと綾乃の顔を見た。表面上は笑顔を崩さず微笑んでいる綾乃の顔であったが、その奥底のブラックな部分を華月は感じ取った。

「理事会の過半数による決定です。今年度より、その名の通り、品を評価する会とします。参加者全員で、素晴らしいと思う作品、手技に投票をし、最優秀作品を決めて参ります。さらに今までは活ける華も理事会の方で用意しておりましたが、華人たるもの華の目利きも大切な要素であり、そちらを養うためにも、ご自身で準備して頂く事になりました。」右京は宗光に言いながら、綾乃をチラチラ見ていた。

「んむぅ、言わんとする事はわかる。だがそれではまた華道の敷居が高くなってしまうのではないのか?」宗光は言う。

「我々華人が誇り高くその志を持ち、地域住民には何らかの形でそれを還元出来れば問題ありますまい。」右京はやはり綾乃を見る。華月は右京の言ってる事は最もらしいが、(何らかの形で還元て何だよ?)とツッコんでいた。

「わかった。そこまで言うのなら、やってみよう。」宗光は言うと華月にその顔を向ける。

「華月くん、すまない。聞いての通りとなったのだが、参加するかね?君の目的は如月の家を継いだという事を、連盟員への挨拶と共に行うが目的だ。無理に今回の品評会に出席せずとも良いと思うが。」宗光は言う。

「それはなりません会長。仮にも人間国宝と謳われた如月佐奈子様の培ってきた道場を継いだとされる方。如月流華道が何もせずに連盟員としての名だけを持って歩く事は、他の連盟員も快く思わないでしょう。不参加は許しません。」右京は華月を見る。

「お言葉ですが...。」綾乃は突然話出す。

「今は亡き、如月佐奈子様は生前より理事会に様々なご貢献をなされた御方。先程理事会のご決定とおっしゃいましたが、この度の理事会、如月家は何のご連絡もいただいておりませんが?」綾乃は右京にズバリと言う。

「理事会にご参加いただいていたのは、如月佐奈子様で、そちらのお坊ちゃんはまだ連盟員として名を連ねておりませんので。」右京は笑いながら綾乃を舐め回す様に見る。

「ですが!」綾乃が右京に食い下がろうとした時、華月は左手でそれを制した。華月はソファからゆっくりと立ち上がると右京と対面する。華月が立ち上がった為、右京からは綾乃は見えなくなった。華月はわざとそうしていた。

「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。初めまして。わたくし、この度、如月流華道家元を拝命させていただいております、如月華月と申します。日本華道連盟の皆様には、生前、祖母の佐奈子が大変お世話になりました事、心より感謝いたしております。また、祖母の葬儀の際、皆様のご厚意により立派な生花、花環を頂戴いたしました事、この場をお借りいたしまして、厚く御礼申し上げます。」華月はそう言うと右京に深々と頭を下げた。

「お若いのにご立派ですねぇ。しかし、それと品評会は別物となりますので、ご了承下さい。」右京はニヤリと笑う。

「大変申し訳ございません、差し支えなければ、貴方様のお名前をお伺いさせていただいても宜しいでしょうか?」華月は右京に言う。

「?人の名前も聞いていなかったのか?若者と言えど、失礼にも程があるな。」右京はバカにした様に笑う。

「わたくしの記憶違いでなければ、貴方様のお名前は右京様。先程宗光様が貴方様をそうお呼びになっていた以外はわたくしの耳には貴方様のお名前は届いておりません。私からもっと早くにお尋ねするべきでございましたね。若輩者ゆえ、何卒ご容赦下さいませ。右京何様でいらっしゃいますか?、あ、それとも何何右京様でいらっしゃいますか?宜しければ、お名前お聞かせ願えませんか?」華月は涼やかな笑顔で言う。

「...右京 智則だ。」右京は自分が自己紹介をしていない事に気付かされ、苦虫を噛み潰した様に言う。

「ありがとうございます。右京 智則様。ご安心下さい。わたくし若輩者ながら、品評会に出席させていただきます。宜しくお願い申し上げます。」華月は深々と頭を下げる。

「...せいぜい頑張ってくれたまえ。」右京は応接室を出て行く。

華月はソファに腰を下ろすと一同より拍手が巻き起こる。その有様に華月は驚いた。

「華月様!ご立派でございました。」綾乃はウルウルしながら華月に抱きついた。

「大したもんだ!」宗光は笑う。

「あたしは貴方のファンになったよ!」洋子も言う。

「しかし、良かったのかね?華月くん。あのバカに付き合わんでも...。」宗光は言う。

「大丈夫です。婆ちゃんに教わってきた心と手技を俺は...あ、わたしは信じてますから!」華月は言う。

「私の前では無理に敬語でなくても良い。」宗光は華月に言う。

「ありがとうございます!」華月は答えた。

「華月くん、あんな茶菓子も持って来ないバカに負けたらいかんよ。」洋子も言う。

「はい。ありがとうございます。」華月は笑顔で答えた。


車に戻った右京はイライラしていた。

「クソッあのガキ、なめやがって!」右京は吐き出す様に言う。

「如月華月ですか?」美月は聞く。

「ああ!しかも、わざと俺から綾乃を見えなくしやがった。コレは完全なる挑発だ!」右京は憤慨している。

「落ち着いて下さい。表でも、裏でもハジをかかせてやろうって言ったの、右京様ですよ。」美月は言う。

「うるさいっ!」右京は美月を怒鳴りつける。美月の氷の様な冷たい視線に気づいた右京は、

「す、すまん。」と謝った。

「で、どうするんですか?」美月は聞く。

「あのガキは品評会に出席するとぬかしやがった。だが、あのガキが手に入れる華など、この西の地にはない。西の地全ての花屋、農家にアイツに華を売らない様にしてやるよ。東から持ち込もうとしてもムダだ。金輪際、アイツ宛ての荷物は全てこの俺が止めてやる!」右京は美月に言う。

「相変わらずやる事が陰険ですね。」美月は苦笑する。

「綾乃が私の言う事を聞くんなら、売ってやる事にするか?」右京は笑い出す。

(ハァ...あのお方の命とはいえ、このバカの相手はホント疲れる。西の地の現状はお館様に伝わっているし、そろそろ潮時かな。)美月はそう思っていた。

「すぐにでも連絡したいが、向こうからかけて来るのを待つか...。」右京は独り言をぶつぶつと話出す。

「表はその様に動かれるとして、裏の方はいかがなさるんですか?」美月は問う。

「明日以降だ。東の統治者が西の地に現れてからシナリオは動き出す。」右京は不敵な笑みを浮かべる。

(面倒くさい男。いっその事、放っておこうかしら?私は如月の鬼の力を測れればそれで良いのだから。)美月は黙ったままそう思っていた。

「明日以降ですね。では私はコチラで失礼させていただきます。」美月は運転手に車を止めさせ、車を降りる。車は走り出す。右京は美月に目もくれず、ぶつぶつと独り言を言っているようだった。


綾乃と華月は伊集院家を後にしていた。車に乗り込み、次の目的地へと車を走らせていた。

途中、昼食休憩を挟みながら、大江山の麓に到着した。時刻は13:30を回っていた。

「華月様、到着いたしましたが、如何ですか?」綾乃は華月に問う。

「...何体かの妖しはいる様だが...。皆、穏やかに思える。」華月は山を見上げて答える。

「そうですか。陽炎も反応がありません。紅蓮があるなら引き合うかと思ったのですが、ここにはない様です。引き返しましょうか?」綾乃は言う。

「...。いや、今は些細な事でも情報が欲しい。西の地に関する事でもな。綾乃さん、正直な話あのバカに統治者が務まると思う?」華月は聞く。

「いいえ...。別の者が糸を引いている?」綾乃は華月に聞く。華月は頷いた。

「とてもじゃないが、統治者の器量じゃない。必ず誰かがバックにいる。」華月は言う。

「あの方角に少し固まっているな。」華月は指を指しながら言う。綾乃も見る。

「少し話が聞きたい。行こう。」華月と綾乃は山を登り出した。

登山道を登り行くと、何人かの人にすれ違う。10分程登った所で、常人には気づかないであろう、獣道を見つける。華月の先程指し示した方角にあたる。

「...。行こう。」華月と綾乃は人に見られない様にしながらその先に進んだ。暫く行くと日の光は入らなくなる。更にその奥に進むと、ポツンと一軒家があった。一見、廃墟とも取れるが何者かが生活している様子はあった。

「やあああーー!」突如、華月は襲われる。綾乃はそれを防ごうとしたが、華月に止められた。バキっ!と言う音と共に、華月は木の棒で頭を打たれた。勿論傷1つ負っていない。木の棒は折れた。

「何しに来た⁉︎帰れ!」小さな男の子は言う。

華月は男の子に目線を合わす様にしゃがみ込むと、

「中々にいい一撃だった。だが、いきなり襲いかかるのは止めた方が良いな。実はな、俺も鬼の力を持っていてな、少し話をしに来たんだ。」華月は笑う。

「えっ⁈お兄ちゃんも鬼なの?母ちゃん以外に初めて見た!」男の子は笑顔になる。

「英鬼(えいき)!」男の子を呼ぶ声が一軒家からした。玄関には1人の女性と老婆が立っていた。

「母ちゃん!」英鬼は走り出すと母親に抱きついた。

「あのお兄ちゃんも鬼なんだって!」英鬼は嬉しそうに言うと、女性は華月を見る。華月は静かに頭を下げた。華月達に敵意がない事は老婆にはわかっていた。

「こんな所で良ければお入り。」老婆は華月達を家の中に招き入れた。家の中央の囲炉裏部屋に通され、華月達は腰を下ろす。英鬼は外で遊んでいる。

「すみません、息子が無礼を働いた様で。何のおもてなしも出来ませんが...。」英鬼の母がお茶を出してくれた。

「いえ、大丈夫です。丁度喉が渇いていた所です。いただきます。」華月は笑顔で答えるとお茶に口をつける。

「こんな所まで、何しに来なさった?如月の鬼よ。」老婆は華月に聞く。老婆の言葉に英鬼の母と綾乃は驚く。

「...実は、一振りの刀を探しておりまして。」華月は静かに言う。

「...紅蓮じゃな?」老婆は言う。

「ご存じなのですか?」華月は老婆に聞く。

「昔な...。一度だけ見た事がある。」老婆の言う昔がどれくらい前なのかはわからないが、老婆は答える。

「実は家の墓に安置されていたのですが、2日前に墓あらしに合いまして、手がかりを探している所なんです。墓に残された爪痕は人狼族のものに酷似しておりましたが、2日前は新月。人狼族はその力を使えない。他の可能性を考えた所、鬼熊、熊童子が思い浮かび、酒呑童子がこちらにいらっしゃるのではないかと思い、伺った次第です。ですが、検討違いの様ですね。」華月は正直に言う。

「お主、まだ若いのに聡明じゃの。その通り、検討違いじゃ。だが、そうじゃったのか。覚が滅んだのはそういう事か...。」老婆は1人納得している。

「如月の鬼よ、新月に囚われるな。西の地の人狼族は新月でもその力を発揮出来るぞ。」老婆は言う。

「どういう事でしょうか?」華月は聞く。

「ヤツらは怪しい薬を使っておる。その薬を使えば、新月だろうが満月の力を発揮出来るという代物じゃ。」老婆は言う。華月は薬と聞いて、以前の大宝製薬が思い浮かんだ。

「...あの、俺、東から来てまだわからない事だらけなんです。西の事、教えて下さいませんか?」華月は老婆に言う。

「何故、儂に聞く?」老婆は華月に問う。

「失礼を承知でお伺いいたします。貴方様は玉藻前(たまものまえ)様ではないですか?」華月は笑顔で言う。老婆は華月を見ると、

「ホンマに聡明じゃな。男前なだけではなかったか。何故わかった?」と笑い出した。

「以前祖母に伺った事があるだけです。」華月は言う。英鬼の母はポカーンとしていた。綾乃はお茶を飲みながら静かに2人のやり取りを聞いている。

「以前は西の地は玉藻前様が治めておられた。何故、あんな馬鹿に代わったのですか?」華月が言うと玉藻前は声を出して笑い出す。

「お主面白いのぅ。気に入った。少し昔話をしてやろう。」玉藻前は話出す。

「お主の父、母が百鬼夜行に襲われる少し前...」


西の地の統治者に不信任案が浮上したのは、13年前。玉藻前には何の心当たりもない事であった。だが、玉藻前はそのやり方に従い、その座を降りる。配下の狐達や、玉藻前を崇拝する妖し達はどう考えてもおかしいと言う者ばかりであったが、他ならぬ玉藻前の決めた事、その意を汲んで誰もそれ以上は言わなかった。そして時が経つに連れて不思議とその声は無くなっていった。それどころか新しく就任した者に与する様になっていった。やがて玉藻前の話をする者は誰もいなくなっていった。新しく就任したのは右京という人狼族の男。その傍には、いつも美女が控えていた。それから1年が経過する頃、華月の両親が殺害された百鬼夜行は行われた。コレには玉藻前を慕っていた妖しも、配下の狐達も参加していたが、新しき主となった右京の姿と玉藻前の姿はそこにはなかった。

「儂はあの百鬼夜行に参加する意思は、最初からなかったのじゃ。右京の真意はわからんがの。だが、儂の配下だった者はまるで何かに操られる様に、皆参加してしもうた。儂にはそれを止める事が出来なかった。いや、長年連れ添った同族や、配下と事を構える事がどうしても出来なかった。許せ。」玉藻前は華月に謝る。

「いえ、玉藻前様のせいではないです。貴方は右京の傍にいるというその女性と話をした事はありますか?」華月は聞く。

「儂は面識もない。人伝に聞いただけじゃ。」玉藻前の言葉を聞き華月は考え込む。

「...1つ思い当たる節はあるんですが...。」華月は話出す。

「弥生の鬼かも知れません。」華月はそう言うと、玉藻前を真っ直ぐに見る。

「弥生の鬼...。」玉藻前は考え込む。

「ご存じの通り、我ら閻魔大王の直属の鬼とされる者は、当初12鬼神おり、その能力も多種多様でした。長い歴史の中でその鬼神は1人また1人とその姿を消し、現在、その力が確認されているのは、如月と弥生のみと、私は祖母から幼少の頃に教わりました。ですが、弥生の鬼が実在する事も、ましてやその姿も私も知りません。弥生の鬼の最も得意とする技、それは心掌握術。如月の鬼も記憶の消去は出来ますが、その者の意思を残しつつ、意のままに操る事は出来ません。ですが、弥生の鬼であれば、それが可能です。」華月は言う。

「そんな事が...。」英鬼の母は口を抑えて驚いた。

「貴方の様に見える糸を操る訳ではなく、裏で糸を引く事に長けているのが、弥生の鬼です。」華月は英鬼の母に言う。

「?いつからわかっていたのですか?」英鬼の母は自分の技を見破った華月に驚いて聞く。

「この山に入った時から、所々に張り巡らされた糸には気づいておりました。そして、それがこの家に集まっている事も。」華月は言う。

「貴方は土蜘蛛。そしてあの子は...恐らく酒呑童子の生まれ変わり。失礼ながらあなた方は本当の親子ではないのでは?」華月が静かに言うと、土蜘蛛は平伏した。

「お見それしました。」

「止めて下さい。そんなつもりじゃないです。」華月は土蜘蛛を引き起こした。

「弥生の鬼か...。それにお主も若いのに、大した者じゃの。」玉藻前は笑う。

「弥生の鬼は、俺が何とかします。玉藻前様に昔の話、怪しげな薬の話が伺えただけでも私達にとって大収穫なんですが、玉藻前様に個人的に1つお伺いしたいです。」華月は玉藻前に言う。

「何じゃ?」玉藻前は答える。

「あのバカ右京には今後、統治者を下りていただくとして、その後、また西の統治者としてこの地にいていただく事は可能ですか?」華月は聞く。

「...儂ももう年じゃ。外界とは関わらずに、ここで静かに暮らしたいのが本音じゃ。」玉藻前は言う。

「わかりました。明日、東の統治者が西の地に降り立ちます。もしその者をご覧いただいて、少しでも思い直していただけましたら、私としては安心です。」華月は玉藻前に言う。

「白狼か...。お主は何を望む?」玉藻前は華月に聞く。

「私も玉藻前様と同じです。出来れば平穏な世界を望んでおります。」華月は微笑む。

「西の地は大分変わってしまった。だが、あの幼子の行く末を見守るのが、儂と土蜘蛛の役目と思うとる。お主との話は実に楽しかった。褒美と言っては何だが、1つ教えてやろう。」玉藻前は言う。

「覚の一族と小競り合いを繰り返していたのは、右京じゃ。」玉藻前の言葉に華月と綾乃は顔を見合わせる。

「正面から戦っては覚に心を読まれる。じゃから、紅蓮の力で全てを薙ぎ払ったのだろう。」玉藻前は言う。

「アイツが紅蓮を...。」華月は言う。

「元々単細胞な男じゃ。だが、お主の先程の話と合わせると、弥生の鬼にいい様に操られておるのだろうな。」玉藻前は考える様に言う。

「玉藻前様、本当に貴重なお話をありがとうございます。もし、こちらに危険が及ぶ様であれば、いつでも俺の名を呼んで下さい。」華月は玉藻前に言う。

「名を呼べば良いのじゃな。華月殿と。」玉藻前は言う。

「はい。華月で結構です。異界の門の力を使い、こちらにいつでも馳せ参じます。」華月は玉藻前に言う。

「ホンにえぇ男じゃのぅ。儂がもう少し若ければ放っておかぬものを...。」玉藻前は笑う。

「皆様、そうおっしゃいます。」綾乃は笑いながら言う。

「アンタも気苦労が多そうじゃ。儂の祀られている稲荷にいつでもおいで。厄払いしてあげるよ。」玉藻前は綾乃に言う。

「はい。その時は宜しくお願い申し上げます。」綾乃は深々と頭を下げた。

華月と綾乃は3人に見送られながら、山を下りた。

帰りの車の中で華月は考えていた。

「弥生の鬼か...。それに右京。紅蓮はヤツの手の内か...。」華月は言う。

「すぐにでも取り戻しますか?」綾乃は確認する様に聞く。

「いや、このまま様子を見る。弥生の鬼の目的がわからない以上、下手に手出しは出来ない。玉藻前様や他の良き妖しにも危害が及ぼされる可能性が高いからな。」華月は綾乃に答えると綾乃は頷く。

「それに...。」華月はケビンの事件を思い出していた。

「それに何でございましょう?」綾乃は運転しながら聞く。

「マリアの事件の時に、綾乃さんはアメリカに行ってもらってたから、直接聞いていないが、ケビンに力を与えた者がいる。ケビンはあのお方と言っていた。」華月は言う。

「あのお方...。弥生の鬼の事でしょうか?」綾乃は聞く。

「いや、弥生の鬼に妖しの力を分け与える能力はない。別の何かがいる。」華月は言う。

「一体何の目的で妖しの力を分け与えているのでしょう?」綾乃は華月に聞く。

「考えられるのは、先の百鬼夜行で失った戦力の増強。とすれば、あのお方は百鬼夜行を起こした者。もしくはその陣営にいる者。歴代最強と謳われた父さんをいとも容易く殺めた妖しが未だにこの世に存在しているはず。いずれ戦わねばならん相手だ。」華月は言う。

「華月様...。」綾乃は心配そうに華月の名を呼ぶ。

「だが、今は弥生の鬼の事だ。何故右京に長年付いている?西の地で何をしていたんだ?目的がわからん...。」華月は言う。

「西の統治者を操る事で、何かメリットがあるのでしょうね。」綾乃は言う。

「メリットか...。わからんな。」華月は考え込む。

「右京を操り、覚を滅ぼした。...まさか、既に闇堕ちしているのか?」華月は言う。

「あり得ますね。いつからなのか気になる所でございます。」綾乃は言う。華月は自分の胸の炎は大丈夫であろうか?いつか自分も闇堕ちするんだろうか?そんな不安に駆られる。

「華月様は大丈夫でございますよ。」綾乃は見透かした様に言う。

「わたくしが、たとえ華月様が悪鬼になろうともお側におりますので。」綾乃は笑顔で言う。

「あ、ありがとうございます。」華月は照れた様に言う。

「綾乃さん。頼みがあります。」華月は言う。

「玉藻前様のおっしゃっていた、薬の件でございますね?」綾乃は華月の言おうとしていた事を先に言う。

「流石です。それともう一つ。右京の隣にいるという女性の顔写真の入手をお願いいたします。」華月は綾乃に言う。

「御意。」綾乃は華月に言う。

「お願いいたします。」

「承知いたしました。」華月と綾乃は互いに微笑む。

「華月様、明日は品評会のお花を見繕いに参りましょう。」綾乃は言う。

「はい。」華月はふと時計に目をやると、17:00を回っていた。

「華月様、このまま外でお食事を済まされますか?」綾乃は華月に問う。

「ホテルでも食べられるのでしょう?」華月は聞く。

「はい。召し上がれますが、基本、ビュッフェ形式のお食事は、大体メニューは毎日一緒でございます。時折変わり種が加わる位です。」綾乃は言う。

「そうか...。じゃあ、適当にファミレスにでも入りますか?」華月は聞く。

「かしこまりました。」綾乃は運転しながら答えた。


「お館様。ただ今戻りました。」美月は祭壇の上に座したシルエットに言う。

「痴れ者の相手はもうしたくないと言った顔だな。」シルエットは笑いながら言う。

「恐れながら、その通りでございます。」美月は辛そうに言う。

「神話力は申し分ない程、溜まっておる。後は時が満ちるのを待つだけか...。...良かろう。他ならぬお前の望みだ。叶えてやろう...。」シルエットは言う。

「お、お館さまぁ❤️」美月は恍惚の表情を浮かべシルエットに駆け寄ると身に着けていた衣類を全部脱ぐ。

「美月は、美月は寂しゅうございました。」美月はボロボロと涙を流しながら言う。シルエットは手を広げて美月を招き入れ、左の膝に座らせる。

「お館様❤️お館さまぁ❤️」美月はシルエットの首に手を回して、濃厚な口づけをする。

「愛いヤツよな...。」シルエットは美月の乳房を揉みしだいた。

「楽しみよのう...。ふ、ふふふ!ハハハハッ!」シルエットは高らかに笑った。



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