第19話 帰りに二人から絡まれる

 柔剛や出歯口に絡まれたのは不運だったが、久美子とよく話せたことは幸運だった。プレゼントを渡して喜んでもらえたことも、杉戸にとって喜ばしいことだった。


 結果的にプラスの感情が強く現れ、気持ちよく下校する杉戸だったが、校門を出たところで突然強い力で引っ張られた。


 相手は柔剛と出歯口で、二人に強引に路地裏に連れていかれた。


 杉戸は柔剛の力で壁に押し付けられ、柔剛の右手が壁に叩きつけられた。


 嫌な壁ドンだな、と杉戸は呑気なことを思ったが、ここまでされても以前ほど怖くは感じなかった。


「お前、あんまり調子に乗るなよ?」

と柔剛が怒鳴った。正直、杉戸としてはいつもと変わりない日常を過ごしているだけで、因縁をつけられる覚えはない。


 しかし、柔剛は杉戸の言動が気に入らない様子だ。


「女に助けてもらって男のくせに情けねぇんだよ! いつもそうだろ!」


 柔剛は言葉を続けた。どうやら久美子に庇われたことが気に入らないようだった。


「久美子ちゃんは優しいから、僕が君たちにちょっかい掛けられているのを見て、気にかけてくれたんだよ」


 杉戸は柔剛たちの理不尽な因縁に対して言い返した。確かに久美子が助けてくれたのは事実だが、この二人が何もしてこなければ、彼女の手を煩わせることもなかったのだ。


「大体僕が捕まえたカブトムシを寄越せとか、無茶を言ってるのは君たちじゃないか。久美子ちゃんに感謝はしてるけど、君たちに文句を言われる筋合いじゃないよ」


 杉戸は、自分でも驚くほど冷静に反論していた。相手は体の大きな柔剛だ。以前ならもっと弱々しい返ししか出来なかった気がするが、何故か今はそこまで怖い存在に思えなかった。


「調子に乗んなって言ってるだろうが! 昆虫のくせに生意気なんだよ!」


 ついに柔剛が切れて、実力行使に出た。杉戸の襟に掴みかかったのだ。


 だが、今の杉戸には柔剛の動きがはっきりと見えていた。ただ見えているだけではなく、柔剛の手が伸びてくる前に体が反応し、避けていた。自分でも驚くほど体が軽く感じた。


「お前、ちょこまかと!」


 柔剛は明らかに焦っていた。杉戸はその表情を見て、多少の清々しさも覚えた。同時に、「なぜ?」という思いもあった。杉戸は勉強には多少の自信はあったが、運動が苦手だった。


 しかし、今の杉戸は自分でも驚くほど軽やかに動けていた。


(もしかしてステータスの効果?)


 杉戸の脳裏に浮かんだのがそれだった。そして、それは確信に近かった。むしろ、そう考えなければ、この短期間で反射神経や運動能力が向上した理由に説明がつかないからだ。


「くそ! 何でお前みたいなひょろいのが!」


 柔剛が叫びながら、ムキになって杉戸に襲いかかってきた。しかし、杉戸は柔剛の攻撃を軽くかわし、返り討ちにしてしまった。


「もうやめておこうよ」

と杉戸が諭すように言うと、柔剛は憤慨しながらも立ち止まった。


 調子に乗っているつもりはないが、正直なところ実力差がありすぎて、これ以上やっても時間の無駄だと杉戸は感じていた。


 杉戸は実のところ暴力は振るわれるのも振るうのも嫌いだ。だから柔剛を傷つけずに済むよう、なるべく早く話を切り上げたいと思っていたのだった。

 

「く、くそ、何でだよ。何でお前なんかが!」


 柔剛は怒りを露にしながら、何度も杉戸に襲いかかったが、いくら攻撃しても杉戸は容易にかわしてしまった。


 結局、柔剛は一度も杉戸を掴むことができず、柔道という自分の得意技を真っ向から否定されたように感じたのか、膝を折り曲げ、がくりと肩を落としていた。


 杉戸は、柔剛を傷つけずに勝利するために、冷静に相手の動きを見きっていた。実力差があまりにも大きく、結果的に柔剛は杉戸を制することができなかった。


「そんな、嘘でしょ。あの杉戸に大門くんが――」


 決着がつき、出歯口が呆然とした様子で立ち尽くしていた。


「それじゃあ僕は行くよ。これにこりたらもうちょっかいを掛けるのはやめてほしいな」


 二人の戦意喪失を認め杉戸はそう言い残し、二人に少しでも反省してもらえればと思いながら、背中を向けて歩き出した――

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