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レース場に行かなくなってから、俺はハラハラすることが無くなった。


だからだろう。

最近、めちゃくちゃ体調が良い。


顔色は良くなり、頬はほんのりピンク。

体の怠さも無くなり、動きも活発になった。


それだけでなく……なんというか。


俺自身の行動力も上がったような気がする。


一人で映画を観に行くようになったり、料理を作ったり、おじさんと釣りに行ったり。

様々な経験をし始めた訳だ。


それで、なんと俺は漕ぎ着けた。

俺は上がった行動力のおかげで、漕ぎ着けたんだ。


高嶺さんとの、デート……!!!


現在時刻は午前七時。

デートは一緒にお昼を食べるからって理由で一時から。


高嶺さんの弟くんの、誕生日プレゼントを一緒に買いに行くのだ。


男目線で選んで欲しいのだそうだ。


なんで俺!?と思うだろう。


ね、なんでだろうね。

なんで俺なんだろうね。


まず、俺は髭を剃った。

次にやった事がないが髪を、なんか、遊ばせる?をする。


……子供向け映画の悪役の最期?


いや、大喜利をしている場合じゃないんだ。

写真で一言じゃないんだぞ。


これが流行りだと言ってるんだし、合ってるはず。


服を選ぶ。

この為に某安くてオシャレな店で買った服を着た。


……紳士的なラッパー?


丁寧に何かを言った後に殴ってきそうなラッパーになった。


流石にこれはヤバいかもしれない。


俺は焦って、姉に連絡する。

全身像を写した写真を送ると、すぐに既読が付いた。


「……殺すぞ、か……」


待ってろ、と送られ、俺は待つ。

すぐに画像が来る。


髪型の詳しいやり方と、選ぶべき服の写真だ。


なるほど……!

俺は急いで財布とかを持ち、外に出る。


現在時刻は七時半、タイムリミットは大体五時間半だ……!!







間に合った……!

俺は少し小走りになりながら、待ち合わせ場所に着く。


丁度、十分前。


今、俺はなんかオシャレな格好をして像の前に立っていた。


俺が待って……三分くらいかな。


名前を呼ばれて、俺は振り返る。


「お待たせ〜」


そして俺は衝撃を受けた。


そこには高嶺さんが立っている。

いつもと違うメガネ姿なのも気になるが、それよりも……


高嶺さんの服、ダッセェ……!


全体的にチェックな服を身にまとい、髪型が……なんだろう……変な高嶺さんが、そこにいた。


ビックリして固まってしまう俺の姿を見る、高嶺さん。

すると顔を赤くして言った。


「な、なんか、私……変…だよね……」


俺の頭は高速で回転する。


そして至った。


むしろ可愛いんじゃないか……と。


考えても見てほしい。

完璧だと思ってた人のちょっと抜けたところ。好きな人の弱いところ。


それが嫌いな奴いるか?


「ぜ、全然全然!可愛いですよ!」

「そ、そうかな……」

「本当です!」


高嶺さんの顔は暗い。

絶対、気遣われてるって思ってる……!


……ていうか


「高嶺さんとデート出来るだけで嬉しいから気にならないんだよなぁ……」

「……えっ?」

「……え?あっ違っ、違うんです!」


慌てて否定したところで、現実は変わらない。

俺は恐る恐る、高嶺さんの顔を見る。


ほんのり赤くなった頬と、伏し目がちの高嶺さんが見えた。

目が合う。


「………と、とりあえず、行きましょうか!」

「そうだね!!行こう!!」


俺たちは昼ごはんを食べて、近くのショッピングモールに入った。


高嶺さんの弟くんは、ファッション系の物が好きらしい。

オシャレな子なのだそうだ。


オシャレな物とか分かんね〜……


「やっぱりストールとかかな……?」

「い、いやストールは今どき付けてる人はいないでしょうし……」


二人して初心者だった。

結局、話を詳しく聞いてコスメを買うことになった。


いよいよ俺、いらねえな。


高嶺さんと俺は、全くお化粧のことが分からない。


だから店員さんに話を聞くことで何とかした。


「贈り物でしたらリップがオススメです〜このリップはツヤ感が丁度良くて、色が柔らかい暖色なので、これからの時期にピッタリなんですよ〜」

「は、はわわ」

「高嶺さん、慌てないでください。弟くんのこと分かるの、高嶺さんしかいないですよ。」


結局、高嶺さんはリップを買った。

なんか可愛い色のリップだ。


ちなみに、弟くんはイエローベースらしい。

何?ワニの名前?


「今日は付き合ってくれてありがとう……私一人だったらお店になんて入れなかったよ……」

「ほんとにお疲れ様です。高嶺さん途中で意識飛んでましたよね。」


日はすっかり暮れている。


昼間と変わらない光の奥に、夜がある。

うるさいまでの建物の明かりが透き通っていた。


「……ごめんね、君は大切な子がいるのに……」

「え?」


高嶺さんの言葉に、俺は不思議に思った。


どうして今、セイゼイガンバルの話が出てくるのだろう。

……もしかして、気にしてくれていたのだろうか。


「それなら、大丈夫ですよ。あの仔はもう命の危機とか無いです。」

「……え!?そうなの!?」

「はい。」

「よ、良かったね……!?」

「あ、ありがとうございます…?」


セイゼイガンバルは強い馬だった。

もう馬肉行きの可能性は少ないだろう。


高嶺さんは心底ホッとした雰囲気だ。


「じゃあ、もう安心だね。……二人でどこか行ったりするの?」

「まさか。あの仔に認知すらされていませんよ、僕。」

「えっ!?そ、そんな……」


そう。認知すらされていないのだ。


彼から見て、俺は群衆の一人。

関係者にも認識されていないのだ。


「もう、俺必要ないって言うか。」


元から必要なんて無かった。

応援しても返してくれる訳じゃない。

可愛く慕ってくれる訳でもない。


俺はただ、見てるだけだ。


なんの力にもなれない。


「それに他の仔の方が強くて、カッコイイし、見てて不安にならないし、テンション上がるし。」


心臓に暗雲が立ち込めたようだ。

暗雲の雨が俺の口から零れていく。


濁った水溜まりみたいに、俺の言葉が宙に溜まっていく。


「……ねえ」


俺の名前が呼ばれた。


高嶺さんが俺を見た。

困ったような顔をしている。


「そんなつもりで、今まで応援してたの?」

「……え?」

「あっ、責めるつもりじゃない!違う!君はもっと、違う気持ちで応援したいんじゃないかなって……」


すごい慌てた様子の高嶺さんは、手をワタワタさせながら続ける。


「君が今まで大変だったのは、分かる。辛いならもう離れちゃっていいって思うよ。それは間違いじゃない。あんなに心を痛めても振り向いてくれないのは、悲しいもん。」


高嶺さんに言われて、思った。

俺、結構辛く感じてたのかもって。


「でも、今吐いた言葉だけが全てじゃないと思うんだ。じゃなかったら、あんなに病まないだろうし……」


眉をモニュモニュ動かしながら、変な顔で高嶺さんは続ける。


「その子の話する時、君は本当に輝いてた。本当にその子は君のことが要らないの?きっと、きっとだけど、すれ違ってると思うな。」


だけど、この言葉だけは凛としていて。

何よりも確信しているように、真っ直ぐと目を見て言われた。


「もう一回話してみたらいいんじゃないかな。」


話す。話す、か。


そうだな。俺は、俺とすれ違っていたのかも。


そんな思いが、素直に心に浮かんだ。


清涼な風が吹いて、シャツの隙間から入り込むように、スッと俺の中に馴染む。


俺は、俺以外の事を考えていたのかもしれない。


ありがとうございます、と言おうとして、阻まれた。


「……アーーーーッ!」

「ワッ!」


俺はビビって肩を跳ねさせる。


高嶺さんが奇声を上げた……


顔を真っ赤にさせて、高嶺さんは言う。


「ごめんね!変なこと言った!忘れて!」

「いえ!全然そんなことないです!本当に!元気出ました!」


顔真っ赤すぎるだろ。


大慌ての高嶺さんに釣られて、俺も慌ててしまう。

こういう時、なんて言えば……


「すっげえ良い事言ってましたから!心響きまくりです!ね!大丈夫です!」

「うん。ありがとう。」

「きゅっ、急に静かに……!」


未だ顔の赤く、目が……目が死んでる……


目の死んだ高嶺さんは、顔をペチペチ叩いた。


「でも、今のは私の考えてる本心。今言わないといけないって気がしたの。」

「わかります。真剣に言ってくれてましたから。」

「……うん。聞いてくれてありがとう。」


二人揃って歩き出す。


剥き出しになった手を摩る高嶺さんを見て、俺は「あ、手繋ぎたいな」って思った。


思っただけだったけど。



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