第34話 新入社員に役職与えるブラック企業

「デビルバニーガールのレイ。お前を人間界に追放する」


「え?」


 魔界で平穏に暮らしていた私に突如告げられた追放宣言。モンスターは生まれながらにして人間界に追放されるかどうかは決まっている。まさか、私がその追放される側だったなんて。


「ちょ、ちょっと待ってください。そんな急に言われても……」


「猶予は1週間だ。それまでに身支度を整えると良い」


 魔界の管理局のモンスターが勝手に現れて勝手に追放宣言して勝手に帰って行った。私がなにをしたって言うの……そりゃあ、私はデビルバニーガールの中でもそんなに強くないし、落ちこぼれだったけれど! いくらなんでもこんなのあんまりすぎる。


「お父さん! お母さん!」


「レイ。残念だけど、これは国が決めたことなんだ。行きなさい!」


「そ、そんな……お父さん!」


「レイはボスモンスターとしての就任じゃないから、魔界に戻って来れるかはわからないけれど、多分大丈夫だと思う」


「その根拠は何!?」


 両親は私がこれから人間界に召集されるって言うのになんて呑気なんだ……! 大切な一人娘がどうなってもいいんだ! うわあああん。



 そんなわけで、私はこの深緑のダンジョンにやってきた。ここのボスモンスターはアルラウネのルネ様だ。私の使命は……! 彼女を魔界に返して次のボスモンスターの地位に就くこと! そうすれば、私にも魔界に帰れるチャンスが回ってくるはず。でも、まあ。いきなりナンバー2の座は手に入らないだろうから、まずは少しずつ探索者を倒していって、フロアボスになることから始めようか。


「レイちゃん。あなたには、第1層のフロアボスをやってもらうよ」


「へ?」


 今、ルネ様はなんて言ったの……? フロアボス?


「良かったな。新入り。丁度、第1層のフロアボスの枠が空いていて」


 翠華先輩が私に友好的に話しかけてくれた。なんか見た目はクールで物静かな雰囲気だけど、意外にも良い人……じゃなくて!


「そ、そんな。私がいきなりフロアボスだなんて。だって、私まだこのダンジョンに来たばかりですよ!」


 そりゃ、いつかはフロアボスの座を狙ってやろうって思っていたけれど、いきなりフロアボスになるだなんて責任重大すぎる。私、まだこのダンジョンに来て1日目だよ? それなのに、多くの雑魚モンスターを統括する立場になるの?


「それに第1層って1番探索者の出入りが激しいところじゃないですか! そんなところに私が配置されたら……死んでしまいます!」


 こんなのはもう死刑宣告に等しい。探索者は第1層から順番に攻略していくから、ここに負担が集まってしまう。最も死にやすいフロアボスのポジションが第1層だって、魔界の学校で習ったし。


「心配しなくても良い。このダンジョンはどうせ探索者が来ない」


「翠華君。後でお話があります」


「ル、ルネ様……いえ、今のは、新入りの緊張をほぐそうとして、つい本当のことを言ってしまっただけです」


「本当のこと……? 翠華君? 遺言なら今の内聞こうか?」


 翠華先輩……この人はバカなんだろうか。それとも正直者なんだろうか……いや、人間界にはこういう言葉がある。バカ正直と。



 私は第1層にやってきた。ここのフロアはトラップが多くて、一応、トラップが埋まってあるフロアマップをもらった。トラップを踏まないように慎重に移動しながら私は所定の位置に着いた。


「えっと……みなさん。よろしくお願いします。私はデビルバニーガールのレイです。えっと……ここのフロアボスになりました。私みたいな新入りがみなさんを差し置いてフロアボスになってすみません」


 ここにはウサギのモンスターがいっぱいいる。彼らは私と同系統の種族だけれど、ランクでは一応は私の方が上だ。なんか申し訳ない。私なんかたまたま上位種に生まれただけのカスみたいなモンスターなのに。


「ふっ……フロアボスでも俺たちの中では新入り。わからないことがあったら遠慮なくきくといいぜ」


「お前なに勝手にセンパイ風吹かせてんだよ」


「「「「あははははははは」」」」


 ウサギさんたちは和やかに話している。なんというか……このコミュニティって既にできあがってない? 私、既にできあがっているコミュニティに飛び入りで参加するの苦手なんだけど、大丈夫かな? どうせなら、人間界に追放されるんだったら、このダンジョンの立ち上げ当初からいたかった。


 急にダンジョンのアラームが鳴った。これは探索者がもうすぐやってくる合図だ。


「あ、え? ア、アラーム……ど、どうしましょう!」


「にげろー!」


 アレだけセンパイ風吹かせていたウサギさん含めてあっと言う間に散り散りになって逃げてしまった。え? 私はどうすればいいの? ってか、このダンジョンって、探索者が来ないんじゃなかったの? ど、どうなってるの?


 しばらく待っているとダンジョンの入口の方から髪が肩くらいまであるメガネの人間の男の人がやってきた。人間界の男の人は髪が短いって言ってるけど……この人はなんか伸ばしっぱなしであんまり髪を手入れしてなさそうな雰囲気がする。心なしか髪がベタついている気がする。ちゃんと洗ってるのかな?


「ふ、ふひひ。キ、キミは……新しくこのダンジョンにやってきた……ふ、ふひひ。デビルバニーガールちゃんだね」


「ひっ」


 思わず小さく悲鳴をあげてしまった。この人、なんで私がこのダンジョンにやってきたって知ってるの? モンスターが新しく配置された場合、それが人間界に伝わることはない。その情報が共有されるのは、探索者が情報を得て帰還してそれを他の仲間に共有した場合のみ。私が就任早々、やってきた第1探索者が知っているわけがない。


「お、おじさんと、ふ、ふひひ。お手合わせ願えないかな? あ、あひぃいぃい」


「き、気持ち悪いです!」


「おうふ……」


 私の言葉になぜか探索者が満足気な表情を浮かべて帰っていたた。なんだったのあの人は……


「す、すげえ! 流石ボス! 探索者を言葉だけで撃退するなんて!」


「すげえ! ボスすげえ! マジリスペクトっす!」


「へ?」


 さっき散り散りに逃げていったウサギたちが私のところに集まってやたらを私を褒めちぎっている。私なんかしちゃいましたか?


「ボース! ボース! ボース! ボース!」


 な、なにこのボスコール。え? なんか知らないけど気持ちいい。


「ふ、ふふふふ! あははははは。そう、私こそがこの深緑のダンジョンの第1層のフロアボス! レイ様よ! あはははは」


 ここはよくわからないけど乗っておこう。


「おおお! ボス! 流石! かっこいい! 俺たちのボス! 最強!」


「ボス最強! ボス最強! ボス最強! ボス最強! ボス最強! ボス最強! ボス最強! ボス最強!」


 わ、わあ。とても気持ちいい。承認欲求が満たされる。


 そんないい気分に浸っていたら、またアラームが鳴った。


「ひ、ひい! 探索者が来るぞ! 逃げろー!」


「ボス! 探索者をやっちゃってくだせえ!」


 ウサギたちは当然のように私を置いて一目散に逃げてしまった。


「あ、ちょ、ちょっと待って! みんな!」


 さっきまで気分がよかったのに、一気に地獄に落された気分。しかし、ウサギたちは期待の眼差しで私を見ている。うう、やるしかないのかな? さっきみたいにうまく行くといいな。


 次にやってきたのは身の丈が190センチほどもある男の人だった。スキンヘッドで眼光も鋭くて、見ているだけでおしっこチビりそうになるくらいの威圧感がある。


「あ、あの……ご、ごめ……」


 私が謝罪で許してもらうとした瞬間、男の人はなにやら紙とペンを取り出して私に差し出して来た。


「え?」


「サインください」


「ど、どういうこと……?」


「お、おれ……バニーガール愛好家なんです」


「は、はあ……」


 よくわからないけれど、サインを書いてあげたら、大きな男の人は小躍りして帰って行った。


「さ、流石ボス!」


「ボス! ボス! ボス!」


 なんか知らないけど……このダンジョンって良い所だね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る