第3話 人気ダンジョンのデータ分析

 私が住んでいるこの深緑のダンジョンの土は非常に良質で、水をキレイにろ過してくれる。だから、水も良いし、良質な土と水で育った植物も健康的に育つ。


 良質な土と水で育った最高級のハーブを、これまた良質な水で煮立てて飲むハーブティーはまた格別。篠崎さんが持ち込んでくれた人間界のティーカップにハーブティーを入れて飲む。それが、午後のひと時の安らぎを演出してくれる。


 まあ、探索者が誰1人として来ないこのダンジョンにおいては、私含めて、部下のモンスターたち全員が常時安らぎの時間を享受しているわけである。


「あー、もう! どうして探索者が誰も来ないの! 私だってボスモンスターらしく、ふふふ、よく来たなニンゲンよ。私がこのダンジョンの主である。アルラウネのルネだ……みたいなこと言いたいのに!」


 私はまたベッドの上でゴロゴロと転がりまわる。


「あー、もう限界。ある程度は篠崎さんが経費で色々な物資を購入してくれるけれど、魔界からのお給料が入らなければ、色々と買いたいものも買えない。幸い、ここは自然の恵みが豊富だからその辺の草でも食べていれば、食費には困らないけれども!」


 コンコンと私の部屋の扉をノックする音が聞こえる。「はーい」と私が言うと「失礼します」と篠崎さんが入って来た。相も変わらず、きっちりとしたスーツ姿で出来る男の人って感じがする。


「篠崎さん。どうすれば、もっとこのダンジョンに人が集まると思う?」


「そうですね。それをこれから2人で一緒に考えましょうか。というわけで、人気ダンジョンの傾向をまとめたデータがあります」


「うへぇ。データァ!?」


 私、データって聞くだけで頭が痛くなるんだよね。でも、今の私はいわば、ダンジョンのボスモンスター。人間界で言う所のダンジョンの経営陣。データ分析をして、しっかりと数字を上げなくちゃ。そうしなきゃ、魔界に帰れない。


「私がまとめたデータによると、人気ダンジョンに必要な要素は3つです。1つ目、それは立地です」


「リッチ? お金持ちってこと? やっぱり、世の中はお金なんだね。資本力が物を言うのは魔界でも人間界でも変わらないか」


「そっちではありません。立地。つまり、ダンジョンのある場所です。人気のダンジョンは大体、探索者がアクセスしやすいところにあります。例えば、駅の近くだとか、学校の近くなんかだと、学生が帰り道に寄っていくこともあるそうです」


 人間界には電車って乗り物があって、その電車が止まる場所が駅。そこを中心に街が栄えていくって篠崎さんがこの前言っていた。ってことは……


「ダンジョンを駅近くに引っ越せばいいってこと?」


「それは無理です。ダンジョンの引っ越しはできないように、人間界と魔界の取り決めで決定しています。ルネさんは、最寄駅から徒歩40分のここでがんばるしかないんです」


 徒歩40分……? 40分間歩き続けるってこと? そんなのダンジョンに引き籠りの私基準だと死んじゃう。そりゃ、誰もこんなところに来ないよ。


「うへぇ……それって、もう最初にどの位置にダンジョンが割り振られるかによって決まるじゃないの」


「仕方ないじゃないですか。ルネさんが自然豊かな場所が良いって言うからこうなったんです。都市開発が進んでいる場所は自然が少ない。だから、必然的に自然が多い立地を選ぶと駅から遠くなり、アクセスもし辛くなるんです」


「いやいや、私、アルラウネよ。植物が変異したモンスター。自然がなかったら、そもそも生きていけないじゃないの」


 こればっかりは私のせいにされても困る。アルラウネは汚い空気や水を嫌う。人間界の都会の排気ガスなんて吸おうものなら、発狂してしまう。


 でも、なにか手はないかな。発想を逆転させて考えてみよう。「アクセスの良い場所にダンジョンを作る方法」ではなく、「どうしたら、ダンジョンをアクセスの良い場所」にできるか……ハッ!


「そうだ! 篠崎さん。この深緑のダンジョンの近くに駅を作りましょう! そうすれば、アクセスしやすくなります!」


「無理です」


「な、なんで!?」


 あまりにも当然のように即答されてしまった。私、そんなにおかしいこと言ったの?


「ルネさん。駅を作るのにどれだけの費用がかかると思ってるんですか。駅の建設費、その最低額は1000万円というデータがあります。つまり、普通に作る分にはそれ以上かかると思っていいでしょう。ちなみに最高額は131億円です」


 数字がでかすぎてイマイチ、ピンと来ないな。


「それって経費で落ちないの?」


「落ちません」


 人間界の“経費”ってどんなものでも買える魔法の言葉じゃなかったんだ。なんか騙された気分。


「では、立地の問題は解決できそうにないので、続いて2つ目の人気ダンジョンの要素を言いましょう。それはダンジョンの難易度が適切であること」


「はあ……難易度?」


 急にそんなこと言われてもピンと来ない。難易度もなにも、誰もこのダンジョンに訪れてくれないんだから、適正かどうかも不明だ。言っていて悲しくなってきた。


「まず、前提として、一般的に立ち入るのに資格がいらないダンジョンのランクは、FからSランクまであります。Fが最も低く、E、Dと上がる毎に難易度が高くなり、Aの次がSというわけです」


「ふむふむ……資格がいらないってことは、立ち入るのに資格がいるダンジョンがあるってこと?」


「ええ。そのダンジョンはEXダンジョンと呼ばれていて、Sランクのダンジョンのボスモンスターを倒した探索者のみ立ち入ることができるダンジョンです」


 なるほど。ダンジョンの主なのに全く知らんかった。


「EXはこの際除くとして、最も人気のダンジョンがFランクでその次がEランク。では、次に人気のダンジョンがどこかわかりますか?」


「FとEって順番に上がっていくんだから、次はDじゃないの?」


 こんな簡単な問題、きょうび小学生でも間違えないと思う。


「いえ。実は3番目に人気のダンジョンはAランク。そして、4番目はSランク……5番目以降は最早どんぐりの背比べと言った感じで人気のなさは大差ないです」


「え? ど、どうしてそうなるの?」


「まず、FとEが人気な理由についてですが、それは探索者の初心者でも気軽に立ち入ることができるからです。難易度が低ければ命の危険も少ない。まずは経験を積む場所ってところで誰しも通る道。だから人も集まります」


「ほうほう」


「続いてAとSが人気な理由ですが、これには2つの理由があります。1つ目は、難易度が高いダンジョンほど、持ち帰れる資源や素材といったリターンの需要が高いんです。単純に実力的に持ち帰れる人が少ないのと、強いモンスターがいる環境は良質な資源や素材が採取できるからですね」


「まあ、それはなんとなくわかるかな。需要が高いのに供給が少ないって1番高値が付くパターンだし、そんなものが採取できるなら、実力があればそっちに行くかも」


「次に、探索者の中には、自己顕示欲が強い人がいます。AランクやSランクダンジョンは足を踏み入れて生きて帰れただけでも名誉なこと。ましてやボスモンスターを倒せば英雄扱い。命知らずが挑むにはうってつけです」


「それじゃあ、D、C、Bが人気ないのはどうして?」


「それは別に探索者はFから順番に攻略しなければならないってルールはないからです。やろうと思えば、最初からSランクダンジョンに挑めます。それに大体の探索者はFとEのダンジョンまで順当に攻略して自信をつけます。自信がついた探索者が飛び級をすれば、D、C、Bのどれかが飛ばされることになります」


「え? それじゃあ、私のダンジョンのランクっていくつなの?」


「ダンジョンの評価査定は月に1回行われます。マネージャーのダンジョン調査の報告を基に専用の機関が評定を下します。ルネさんのランクは昨日まではCランクでした。そして、今日からDランクです」


「さ、下がってるー!? なんで?」


「心当たりないんですか? 自分でトラップの秘密をバラしたのに?」


「あっ……」


「ルネさんのダンジョンはサラセニアトラップ込みでCランク相当の評価でした。その脅威が探索者の中で薄れているのでDランクに格下げされたのです」


 なんか格下げって嫌な言い方……Cだろうが、Dだろうが、不人気には変わりないけど、気持ち的には格上であって欲しかった。

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