何かと戦う女「夜久舞宵」

Cランク治療薬

第1話 本屋では買えない本当に怖い本の話

「あらあなたよく来れたわね? ここは普通の人には見つけられないはずなのだけど」


 昼も半ば。一見してバーのお店であるその店は、普通のバーなら開店していないはずの時間帯に、普通に過ごしていたら出会えないような本を紹介してくれるらしい。あなたが知ったのは風の噂からだった。


「私は夜久舞宵やくまよい。職業は……今風にいったらコンシュルジュかしら」


 夜久がそう言って自己紹介する。歳は未成年にも見えなくない。場と釣り合ってなくて、あなたは違和感が増してくる。


「ここに座って、飲み物は何にする?」


 あなたは思わず断ってしまう。


「そう、長居したくないかもしれないものね」


 夜久が訳知り顔で微笑む。


「なんたってあなたはそう、怖い本をご所望みたいだから、今すぐ走って帰りたくなるかもしれないものね」


 あなたは驚いた。「まだ、何も話していないのに」それを聞いた夜久が言う。


「なんで知っているか? ですってなんででしょうね」


 静寂が包む。そういえば店内のはずなのに明かりは暗い。


「いいわ、あなたのその願い叶えてあげる」


 夜久が入ってきた扉を指さした。あなたは振り返ってドアを見る。


「でもまだ引き返せるわ。今ならそこのバーの扉を開いて外に飛び出せば、お日様の輝く日常に戻れるはずよ」


 あなたは動こうともしなかった。


「何どうしてもみたいんだって? あなたみたいな怖いもの知らず、私は好きよ。でもあなたはきっと後悔する」


 夜久はカウンターの下から一冊の本を取り出す。女性の手では持ちにくそうな分厚さだ。表紙は夜久の手が覆い被せられていた。


「あなたには今日これを見せるわ。赤い本。赤い表紙に装丁された大きな本」


 大事そうに夜久が本をなでる。


「見せる前にこの本との出会いを語るわね。あれはそう、大学の閉架書庫をさ迷っていた時に見つけたの。あるところにはあるものよ。それがこんなかたちで役に立つなんて。これが縁というものかしらね?」


 あなたはそんなことはいい。早く見たいと思う。それが伝わったのか夜久が言葉を告げる。


「さて、じゃあ手で隠したタイトルを見せるわよ。覚悟はいい?」



 『世界最終戦論』石原莞爾 著



「なに? 知ってるって? テストで出てきた? 検索で出てくるですって?」


 不気味に夜久は口角を歪ませる。


「でもあなたは読んでいない? そうよね?」


 夜久がページを開く、この世界最終戦論は講演をまとめたものなの。ここからね、と夜久があるページを開く。


「この本が今、日本で1番怖い本だってこと教えてあげるわ」


 一息入れて夜久が語る。


「学校の試験で習ったのはこれかしら? 日本とアメリカは戦うんだって書いてある本。可笑しい。だって全然違うんだもの。この講演はこう始まるのよ、もうすぐ日本はアメリカと戦うことになるが、と。つまり本当の世界最終戦論の本題はアメリカと戦うことじゃないのよ。いい? この本には世界最終戦とはガイの戦いになるとあるわ。ガイというのは骨へんに豊と書いてガイ。4次元ということよ。この本の言いたいことはね、アメリカとの戦いのことを言いたいのではないの、時間をかけて滅ぼすのが世界最終戦となるという主題なのよ? 怖くなった? 分からない?」


 点けられていないテレビをちらりと見た夜久があなたに話す。


「あらあら可笑しい。この本をアメリカと戦うことについて論じた本だなんて、この本の主題を徹底的に隠している人達は日本人を絶滅させる予定でもあるのかしら。

そうね。私たちの世代は大丈夫。でも何世代まで大丈夫かしらね?」



 どう? あなたは怖くなったかしら。



「でも、そうね。あなたがもし小説を書こうと思っているのなら、これ小説のネタとして面白くないかしら? そうでもない?」


 ふふふと夜久が笑う声がする。あなたは夜久の声を背に店を出る。


「あなたのご所望はこれじゃなかったかしら。じゃあ今日はこれぐらいにしとくわ。また会えるといいわね? お帰りはあちらの扉。まだ日が沈んでいないといいわね?」

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