第14話 店の事情

ミケルさんはバツの悪い顔をしながら、土地のオーナーであるコートキスという男に謝っている。


「コートキス様。

すまねえが、いつものあれは切らしてるみたいで……」


土地のオーナーであろうと、この盛況下では仕方ないだろう。

しかし、コートキスはミケルさんを睨みつけてこう言った。


「いや、お前らやそいつらの分はあるのだろう?

なら丁度4人だ。

それで我慢してやるから、さっさと出せ」


「えぇ?

いくらなんでも、そりゃあちょっと……」


ミケルさんは私やオフェリエの方に何度も視線を向けながらコートキスの無茶ぶりに困惑している。


そこへオフェリエが再び口を開いた。


「コートキスさまとおっしゃいましたね。

あなたがこのへんのとちのしょゆうしゃなら、もちろんこのみせのじょうきょうはごぞんじでしたのよね?」


「ふん。ガキは黙っていろ」


「わたくしはまだこどもですが、あなたがこのみせにいやがらせをしにきたことはわかりますわ」


「黙っていろと言っただろうが!」


オフェリエに向かって突き出された拳を、私の肘が迎え撃つ。


「ぐあぁッ痛っ!

何しやがる!」


「それはこちらのセリフだ。

コートキス、お前は今、幼い子供に殴りかかった。

いくら土地のオーナーでも、他人の子供を殴る権利は持ち合わせていないはずだが?」


私がコートキスの拳を制したことで、店のあちこちからも声が上がりだした。


「さすがに横暴過ぎるぞ!」


「そうだ!帰れ帰れー!」


「帰れ!帰れ!」


声を上げたもの達に少し視線を向けると、昨日も居たおじさん達がことさら大きな声を上げているようだ。

コートキスに対して店のほかの客たちも口々に帰れと叫びだし、どうやらこの店でのコートキスの居場所はなくなったようだ。

ミケルさんはひたすら謝り倒していたが、コートキスの腹の虫がおさまる様子はない。


「貴様ら。絶対に後悔することになるぞ」


そんな捨て台詞を吐いてコートキスは店から出ていった。

その台詞に青い顔をするミケルさんを残し、客達は祝勝ムードに包まれた。


オフェリエには祝勝ムード1色になった店内で羽目を外しすぎた客たちの騒動に巻き込まれぬよう、途中で夕食を済ませて部屋に戻ってもらった。

その頃には店内は酔った客ばかりで、誰も私の無作法を気にする者もいなかったので、オフェリエの繊細な指示がなくともどうにかなると判断した。


ほどなくして、店で提供できる酒も尽き、店内の喧騒のヌシたちは夜の街へと流れ出ていった。


━━


客たちが去った店内を一通り掃除し、本日の夕食をイオさんからいただいた。

昨日オフェリエが2日分として支払っているとはいえ、昼間の買い物中に覗いた料理屋の値段などよりもかなり安く支払っていると知った。

おまけに肉を2切れもサービスしてくれている。

少しいたたまれない気持ちになっていると、イオさんが声をかけてきた。


「リオネルさん。

食が進んでいないようだけれど、もしかして味付けが少し薄かったかしら?」


「ああ、いや。

そんなことはない。

味はしっかりとしていてとても美味い。

私たちが支払った金に見合わず、かなり美味すぎるくらいだ」


「なんだい、そんなこと?

あんた達の働きのおかげで、この店始まって以来の大量入荷した食材が、全部完売しちゃったのよ?

そんな貴重な働き手のご飯を疎かにしてちゃ、あたしらこの先こっ酷い罰を受けちまうよ」


「そうだぜ、リオネルの旦那。

俺たち2人じゃあ、絶対にそんな大金を一夜で稼ぐなんて無茶だからな。

お陰で俺の腰の調子も随分良くなってきてるからよ。

明日も、よろしく頼むよ?」


そう言ったミケルさんは、昨日よりも一回り大きな袋を私の目の前に置いた。


「ミケルさん。

お給金が昨日よりも多いようだが、本当にもらっても大丈夫なのか?」


「ああ、もちろん!

旦那の取り分としてしっかり数えてあるから、後で返してくれなんざいわねぇからよ。

安心して持っていきな」


「そうか。

では、ありがたく頂戴する」


「おう」


ミケルさんもイオさんも、先程からずっと幸福を感じているらしい。

蒸気が何度も上がっているのもそうだが、明らかに表情が明るい。


「イオさん、素晴らしい食事に感謝する」


「いやだわ、あんた。

嬉しいこと言ってくれても、もう本当に一つも出せるものはないのよ」


照れ隠しだろう。

両手で頬を隠すイオさんの仕草は可愛らしい。

こういう裏のあまりないのが街の住人の大半だ。

しかし、あのコートキスという男。

あいつには用心しておく必要がありそうだ。


「ミケルさん。

少し話したいがいいか?」


「おう?

何か相談か?

どこで話す?

オフェリエちゃんには聞かれたくないんだろう?」


「ああ、できれば2人だけで話したい」


「じゃあ、空いてる部屋の鍵をとってくる。

少し階段あたりで待っててくれ」


「わかった。

助かる」


「いいってことよ」



空き部屋の鍵を開けたミケルさんに続いて部屋の中に入る。

念の為、扉の鍵は閉めておく。


ミケルさんにもう少しコートキスについて、どういうやつなのか聞いておこうと思う。

相手の情報は多ければ多いほどいい。


「ミケルさん、単刀直入に聞きたい。

コートキスという男について教えて欲しい」


「コートキス様だって?

お前さんにはあまり関係ないだろう」


燭台の明かりでも分かるくらいミケルさんの顔は曇ってゆき、私の向けた視線を受け止める。

話したくないということはわかる。

だが、あの男、店の繁盛を邪魔しようとしてきたからには、なにか理由があるはずだ。


「あの男の最後の言葉。

“絶対に後悔することになるぞ。”

と言っていた。


オフェリエを傷つけようとしたあの男がまた何か仕掛けて来ないとは限らない。

私はそれを如何にして防ぐかを憂慮している。

だからこそ、少しでも情報がほしい」


私は真っ直ぐにミケルさんを見る。

ミケルさんにも事情があるのかもしれないが、私にも事情があることを伝えたかった。


ミケルさんは私の態度に辟易としたのか、深いため息を一つ。


「コートキス様はこの辺一帯の地主様だ。

産まれる前にその父親がこの一帯を買い占めて、商売をするやつに貸し出し始めたんだ。

親父さんが亡くなって、その土地を丸ごと譲り受けたという訳だ。


昼間から遊び歩き、職に就いたこともない。

だからコートキス様には商売が大変なことを知らないんだ」


「地主の息子か」


「この店はな。

コートキス様の親父さんと、俺の親父が契約して始めた店なんだ。

なんでも、賭け事をして、土地の権利のほとんどをうちの親父が勝ち受けたらしい。

だから、ほかの店は知らねえが、うちは売上の全部からでなく、毎月決まった額をコートキスの家に納めれば、店をやっていける。

そういう契約を親父たちが結んだんだ」


「決まった額か、なるほど。

では、この店が繁盛しても、コートキスにとっては旨味がないというわけか」


「その通りだ。

それに契約じゃあ、俺の店の売上から決まった額を納められなくなった時は、コートキス家に土地の権利を返すっていう事も明記されてやがる。

まったく、親父とコートキス様の父親の間には、お互いへの信頼があったんだろうな。

それは素晴らしいことなんだろうが、俺にとっては大きな悩みの種だったってわけだ」


「返上についても決まっていたのか」


「そのせいで、コートキス様はこの店の良くない噂を作ることに心血を注いできやがる。

常連客たちはそんな噂にゃ耳を貸さないが、新しい客なんざほとんど来ちゃくれねぇ。


正直、売上はじわじわ減る一方でよ。

店で出す食材の買い付けも、重たい荷車引いて街の外れの安い店から仕入れてたんだ。

そんでもって、俺の腰がイカレちまった」


「食材の買い付けにはどのくらいの重量を持ってきたのだ?」


「ざっと2、300キロって所かね?

正確に計ったことはねえが、まあそんなところだ」


「2、300キロ。それを1人で?

普通は馬を借りるかなにかするのだが、それほど余裕がなかったということか。

なるほど、事情は理解した。


ところで、いつものあれ、と言っていたが、コートキスがいつも注文するものはなんだ?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る