第8話 少女の譲渡先探し

この街に来て、宛もなく少女 オフェリエを抱き抱えながら往来を彷徨ったが、何の成果も得られなかった。

街では、あちこちでケンカが起こり、あまり穏やかな様子ではない。

王都へ続く道が塞がれ、往来にストップがかかったからか、商人装束の男たちの気が立っているのがわかる。

魔王軍の進行でもこのような事はよくあった。

侵攻が計画通りに進まないと、下級の兵は問題を起こしやすくなることを経験上知っている。


いつ巻き込まれるともしれないこの場を彷徨い続けるのは危険と判断し、少し通りが穏やかな道に入った。

目の前に突然、横合いにあった店から男2人が殴り合いをしながら飛び出してきた。

その男たちの動きを瞬時に察してオフェリエを抱えながら飛び退く。


妙なことに、その2人の男たちは口では罵りあっているが、ほとんど力の籠っていないパンチを互いに繰り出していた。

その違和感を抱えつつ、オフェリエをおろし、後ろ手にかくまおうとする。


「リオネル、あのふたりをつかまえて、はやく!」


鋭く叫ぶオフェリエ。

私が反射的に2人に駆け寄るのと、2人の男たちが手を取り合って立ち上がり駆け出そうとするのは、ほぼ同時だった。

逃げようとした2人の腕を掴み、先程まで2人が転がっていた路上へと素早く組み伏せる。


「あひゃー、こりゃあ助かっちまったぜ。

兄ちゃん、見事な身のこなしだぁな」


2人の男が飛び出してきた店から男性の声がする。

私の胸の奥にある黒い塊からまたしても蒸気が上がった。

どうやら私がとった行動はこの男性にとって良いものであったらしい。


逃げようとした2人は、ほぼ全裸に近い私に取り押さえられたのが余程こたえたのか。

大人しく無銭飲食と無賃泊を決め込もうとした事を青白い顔で白状した。

そして、きっちりとお代を支払わされ、兵士に突き出されない代わりに、追加の罰金まで支払って行った。

たまたま居合わせた私とオフェリエは、成り行き上、その場に留まり話を聞かせてもらった。


「兄ちゃんたち、ありがとな。

しっかし、また何とも、失礼かもしれんが、珍妙な組み合わせなぁお二人さん」


店主らしいこの男の言うことは正しい。

珍妙であろうことは自覚している。

全裸に近い男と、上級貴族のような出で立ちの少女という取り合わせは、この世界のどこを探しても他にないだろう。


「実は、私の服は全て燃えてしまったのだ。

仕方なく今はこうして木の葉で隠しているが、決して変な気を起こしたわけではない。

気を悪くさせてしまったのならば謝罪する」


好き好んで男の裸などを見たがる男性は少なかろう。


多分に漏れず、この店主の男も何とも言えない表情をしていた。


「おお、そうだったのかい。

てっきりそういう露出趣味の輩に助けられたのかと思って、ちょっと微妙な顔をしちまったかもしれんな。

助けてもらったのに悪いな、兄ちゃん」


「いや、そう思われても今は致し方無いと思っている。

店主の気も当然だ。

謝ることはない」


「そうかい。

兄ちゃん若そうなのに、見た目の割に何だか落ち着きがあるというか、達観してるねぇこ。


う〜ん。

もし良ければだが、あんたの強さを見込んで頼まれてくれるか?」


店主の男は私の顔をみながら髭をいじる。

どうやら切り出しにくい話らしい。


「おじさま、どんなことをたのまれるのですか?」


そこへオフェリエが興味があるといった雰囲気で先を促す。


「いや〜、それがよ。

あんまり大きな声では言えねぇ話でな?


実は俺、今ちょっと腰をやっちまって、できれば安静にしておけって医者に言われてるんだが……。

仕事柄、俺と女房で切り盛りしてるこの店で、男の俺がいない訳には行かねぇんだ。

さっきみたいな危なっかしい奴らも来るもんだから、何かあった時にどうしても女房だけじゃあな」


「なるほど、腰を……。

それは無理をすべきではないな」


魔王軍にいる時も、体の大動脈たる首、背骨、腰に負傷を負えば兵として一時的、あるいはその後一生使い物にならなくなることは日常的に起こりえた。

それなのに、宿屋の店主というのは、医者に休めと言われた危うい状態にもかかわらず、体を休めることすらできないとは。

まるで奴隷の身分のようだ。


「しかし、そんな話、誰かに聞かれちゃあ。

悪い奴らに店の売り上げとか色々狙われちまうってんで、誰か俺の代わりに店番と用心棒をしてくれる悪くない男手を探したかったんだ」


「そこへ、リオネルとわたくしがとおりかかって、わるいやつらをとりおさえた、というわけですわね?」


「おう、お嬢ちゃん。

飲み込みが早いな。

ちっちゃいのによくおじちゃんの話を理解してて偉いこっちゃ。

いや、お嬢ちゃんが貴族様のご子女様だったなら、俺の話くらい理解するのも訳ないのかもしれんな?


ところで兄ちゃんとお嬢ちゃんはどんな関係なんだ?」


「私が夜中、街道で……」


「わたくしはリオネルのいとこでございます。

けれど、ばしゃがぞくにおそわれてやきうちにあい、このとおりリオネルのふくはやけてしまったの」


「そおなのか。

年の離れた従兄妹ねぇ。

あんまり似てないが、そういうもんなのかもなぁ。


じゃあ、今は2人とも文無しって訳かい?

それなら、お給金は出すから、俺の頼みをそれで聞いてくれんもんかね。

どうだい、兄ちゃん?」


「ん?あ、ああ、それは私としても助かるが……」


私は次からオフェリエを見やる。

するとオフェリエは私にだけ見えるようにウィンクをした。

釈然としないが、オフェリエはこの話に乗り気のようだ。

私としては早くこの少女を誰か少女の知り合いに引き渡して、旅を続けるつもりだったが仕方ない。


「わたくしも、それでかまいませんわ」


「なんだい、兄ちゃん?

兄ちゃんの方が随分年上に見えるが、その子の尻に敷かれてるのかい?

それとも何か?

本家とか分家とか、貴族様方の作法がどうとかいう話かいねえ?

あまり立ち入ったことを聞くつもりじゃあないが、兄ちゃんももっと主張をしてもいいと俺は思うがねぇ」


そういうと、店主は私に背を向けて、着いてくるようにと言って、店のカウンターに手を付きながらゆっくりと歩き出した。

戦場でみていた負傷兵と似たような、不自然な歩き方だ。

そんな状態でよく店に立っていたものだと思う。


━━


私は勇者に人間の姿に戻されてから、ようやくまともな服を着ることができた。


「おう、リオネルさん。

その服、サイズはどうだい?」


服を貸してくれた店主が私にたずねてくる。

当然ながら、店主にも私がバルムンドだと言うことは言えない。

必然的にリオネルという偽名で通すしかない。


「ああ、少し腕と足の丈が短いが、この方が動きやすくていい」


私は正直な感想を述べた。


「だめよ、リオネル。

ミケルさんはふくをかしてくれたのですから、おれいをいうのがさきよ」


少女にたしなめられ、私は店主の男、ミケルさんへのお礼を口にする。


「服を貸してくれて感謝する」


「いやー、お嬢ちゃん。

その歳の割に、本当にしっかりしてるなぁ。


リオネルさん。

礼なんていいって、これから世話になるのはこっちなんだ。

古い服の1枚や2枚、どうってこたあねぇや」


私とオフェリエは酒場のある宿の店主の代わりに、店番兼用心棒をすることになった。

この服を貸してくれたのは、酒場と宿の店主 ミケルさんだ。

ミケルさんは改めて私をしげしげと観察し、どうやら問題はなかったらしい。

私が店番をする間、宿の一室も貸してくれるようだ。

服に寝泊まりするところもあり、酒場があることから稼いだお金でご飯も食べられる。

1文無しの私には特別な高待遇である。


オフェリエは貸してもらった一室に鍵をかけて篭っているようにと言ったが、時折店番をする私の元に現れる。

さすがにすることもなく部屋に閉じ篭もるのは幼い少女にとっては辛い事だろう。

私の目の届く所ならと、店番をする私の仕事風景を見ているのを許可した。

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