第6話 捨てる神あらば拾う神あり

瓦礫と共に落ちた先で、私は目覚めた。

焼けながら落ち、激痛の中で私は意識を手放していた。

地面に激突して四散してしまうのだから、私はもう目覚めることなどないと思っていた。

勇者の呪いは、焼け焦げて落下と共に四散した私の体を修復し、目覚めさせた。


「本当に死ねぬということなのか」


手や腕、足、耳、どれも欠損することなく修復されていた。

街で襲われていた女性 エフィにもらったボロ布を縫い合わせた服は元に戻らなかった。

きっと跡形もなく燃えたのだろう。

私はまた服を探すところから始めなければならない。


どれほど時間が過ぎたのだろう。

まだ空は暗く、轟音と共に浮遊要塞の残滓である瓦礫が降り注いでいる音があちこちから聞こえている。


周りを見渡すと、木々が立ち並ぶ先に切れ間がある。

まずは人がいるところに出向かなくては服など見つかりようもない。

木々の切れ間へと歩いてゆくと、街道らしき道に出た。

しかし、私と共に落ちてきたのだろう浮遊要塞の塊が、道を塞いでいた。

これでは恐らくこの道はしばらく通れまい。


王都が遥か先にある。

歩いて辿れば朝にはたどり着くだろうか。

しかし、王都に戻って私はどうするというのか。

私は重罪人だ。

もしも王都にいた頃の私の顔を覚えているものに出会ってしまったら、私はただちに捕らえられ、牢に繋がれるのは明白だ。

それならばいっそ、王都から離れた方が良いのかもしれない。


進路を考えあぐねていると、どこかから声がしていることに気づいた。

それもかなり高い声、子供の泣き叫ぶ声だろうか?

どこから聞こえているのか?

こんな夜中に暗い街道で子供が1人で彷徨うろついているはずもない。

聞き間違いかとも思ったが、声は確かに聞こえている。

近くにその子供をあやす者が居ないのか、泣き声は止まない。


「この瓦礫の裏側か?」


浮遊要塞の瓦礫が街道を塞ぐように落下したその瓦礫の近くに、子供が泣いているような声がする。

私は瓦礫の周囲を一回りしてみることにした。


瓦礫の裏側は王都へと続く街道だ。

確かに子供がいた。

何かにすがるようにうずくまっているようだ。

私は顔だけを覗かせて、どうしたものかと首を捻る。

困ったことに、一糸まとわぬ姿でいる私なのだが、子供の立場で突然裸の男が目の前に現れたらどんな気持ちだろうか。


私が子供の時は、私以外という存在は常に恐怖の対象であった。

あまり参考にはならないだろう。

私が魔人であった時、出くわした子供たちは一様に私を恐れ、時には敵意や憎悪を向けてきた。

こちらも参考にすべきではないだろう。

それで、残念ながら、こういった場合にどうすべきか心得がない。


しかし、このまま見て見ぬふりをしてしまえば、あの子供は猛獣の餌食となろう。

あるいは、馬車を襲い人や金品を強奪する盗賊達や人攫いに出くわすかもしれない。


魔王の指示で娘達を攫っていた私だが、最初は魔王の好みがよく分からず、若すぎたり、好みに合わない娘や子供も攫ってしまった。

そんな彼女らがどうなったのか聞いたことがある。

みな人攫いに払い渡したらしい。

子供なら高値の買い手もつきやすいという話らしかった。

大人は奴隷として売られるか、娼婦として稼がせる。

どちらも難しいのであれば、掃き溜めに捨ててくるという。


魔王軍の手先として人を殺し、人を攫っていた私だが、人間は人間を虐げる時は非情だ。

むしろ運良く魔王に見初められた娘たちの方が、人攫いに引き払われた娘たちよりも、よほど人として大事にされていたであろう。


今目の前に子供はとても豪奢な服を着ているが、血まみれだ。

怪我を負っているのかと思えば、声の調子からは健康上の問題を抱えているような衰弱はない。

その血はうずくまる先のものから来たようだ。


「おい、そこの子供よ。

何があったのだ?」


私は瓦礫の影に身を隠しながら声をかけてみる。


「テレサが!

テレサが死んじゃう!」


子供はテレサというものが死んでしまうと言ったらしい。

何とか聞き取れたのはそのくらいで、あとは嗚咽が混ざりすぎてよく分からなかった。


「わかった。

今からそちらに行くが、あいにく私は服が焼けてしまった。

驚かないでほしい」


返事はない。

それどころでは無いのだろう。

泣きじゃくる声がするだけだ。


「では、行くぞ」


私は瓦礫の影から身を晒し、子供のいる方へと近づいていく。


「キャーー!!」


子供が暗がりから近づいてくる私を見て悲鳴を上げた。

先の警告は無意味であった。


「行くと言ったぞ」


悲鳴をあげるが、逃げる様子はない。

肝が座っているのか、テレサが心配なのか。

とにかく近づいて見てみるしかない。


「テレサと言ったか。

おい、だいじょうぶか?」


そう声をかけながら、子供がうずくまり、顔の見えない横たわった女性の手に触れる。


「……これは……」


冷たい。

そして冷たいのは手だけではない。

体温が全く感じられない。

明らかに事切れている。

子供にはそれが分からぬのだ。


「テレサは死んだ」


残酷だが、伝えねばなるまいと、子供の顔を見て言った。

既に涙と血でぐちゃぐちゃな顔を、さらに歪める。

見るに耐えず、視線をテレサという女に向ける。


首の中ほどが切り裂かれており、大量の血を流している。

おそらく即死だっただろう。

瞳が見開かれていたので、気休めだが瞳を閉じさせてやった。


首の切り口から見て、鋭利に研ぎ澄まされたエモノでやられたらしい。

獣の仕業ではない。

明らかに人に殺害されたのだ。

女の爪や服に抵抗したような痕跡はない。

至近距離から抵抗することなくやられた証拠だ。

殺人者は顔見知りか。

気取られることなく殺されたなら、このような意識を示すような死相にはならない。


殺害現場はここでは無いだろう。

ここにある血が少なすぎる。

殺人者は街道を引き返したらしい。

遠くまで血の跡が少し続いて、そして途切れ途切れに街道に血が付いている。

犯人は返り血を大量に浴びて、馬車か何かで移動して行ったらしい。


私が街道を見ながら佇んでいると、脚に何かの感触がした。

いつの間にか泣き止んだのか、涙や声が枯れたのか、大人しくなった子供が私の脚を掴んだのだ。


「どうした?」


子供は私の脚をぎゅっと掴む。

少し痛いが耐えられる。

子供を置いていくわけにはいかない。

すぐに獣たちが血の匂いに寄ってくる。

ここに長居はできない。

私は子供を担ぎ上げ、肩に乗せた。

豪奢な服が嵩張るが、何とか視界を確保できる。


「これからどうしたい?

王都を目指せば明日の朝にはたどり着くぞ?」


ぶるぶると振動があり、子供が動いているようだが、肩の上の子供の様子はわからない。


「子供よ。

私は今、そちらの様子が見えていない。

どうしたいのか話せるか?」


振動がはたと止まった。


「しろにもどるのいや」


「城?王都の事か?」


「はい」


「そうか。

戻らないとなると、この瓦礫の裏側の道に進むしかないが、それでいいのか?」


「いい」


子供にしては実に簡潔な答えだ。

私は瓦礫に沿って元来た方へぐるりと周り、街道を歩き始めた。

獣たちが木々の合間から息を潜めてこちらの様子を伺っていた。

カサカサと茂みが動き、子供が私の頭にしがみつく。

しかし、こちらには来ないだろう。

もっと簡単にありつける獲物がある。


おそらくテレサという女の死体は、明日の朝には骨になっているか、どこか住処に持ち去られるだろう。

この子供とテレサという女の間に、どんな関係があったのかはわからない。

しかし、今はそれを聞いても仕方のないこと。

私から多くを聞くまいと口を閉ざし、今は街道を進むのみ。


肩に乗る子供も乗り慣れてきた頃合をみて、走り始める。

今は馬車には劣るが、私は魔王軍時代によく都市の攻略のために道や森を馬車よりも速く駆けることができた。

人間に戻されると、やはり体や肺の作りが魔人とは違い弱いのか、それほどスピードが出ない。

それでも肩の上の子供には十分に早いのか、少しの間歓声を上げていた。

だが、疲れてしまったのか、器用にも私にしがみつきながら眠ってしまった。

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