第8話 家族の時間1

「父上、お願いがあるのです。来月いらっしゃる聖女様のお世話を僕に任せてもらえませんか?」


ビクターが遅れているから食事の前に家族で話をしようと言い出した父にケネスは頭を下げて願い出た。


「良いのか? 何度打診しても嫌がっておったではないか?」


「申し訳ありませんでした。うるさい貴族達が騒いでも、任命権は父上にあるのですから黙らせられますよね?」


「もちろんだ。だが、ケネスはそう言っても嫌だと言って表に出る仕事はしたがらなかったではないか。聖女様のお世話係は大事な仕事のひとつになる。当然、周りの目も厳しい。ケネスが一番向いていると昨年からずっと打診していたのに嫌がっただろう? 心変わりした理由を述べろ。でないと、大事な仕事は任せられん」


「……その、僕は……半年以内に、王族として認められないといけないんです」


「兄様は王族として立派に仕事をしています! 兄様を認めていない人なんてこの場には居ない!」


ケネスと1歳違いの弟、ライアンはそう言って訴える。ライアンはケネスが大好きで、ケネスの悪口を言う貴族達を度々糾弾していた。だが、それが弟に庇われる情けない兄だと更にケネスの評価を下げる。


ライアンはケネスの悪口を言う貴族達が大嫌いで、見目もよく人気者だが誰とも婚約をしていない。女性の扱いには慣れているが、兄の悪口が聞こえた途端にあっさりと捨てるので、女好きの王子だと言われている。


実際はライアンに気に入られようとケネスを褒める令嬢がすぐにボロを出しているだけだった。そのような令嬢の情報は全てビクターに報告され、ブラックリストはどんどん分厚くなっていく。


幼い頃になかなか触れあえなかった王子達は、ケネスが間に入る事で仲良くなった。ケネスの評価は、貴族達と家族では真逆だ。


父がケネスに大事な仕事を任せようとしたのも純粋にケネスの能力を評価したからだ。


「……ありがとう、ライアン。ここには、そんな人いない。でも、僕の見た目が悪いから貴族達から嫌われているのは本当だ」


「そんな事言う貴族達なんて、潰せば良いでしょう!!!」


「前にも言ったでしょ。そんな事したら高位貴族がほとんどいなくなっちゃうよ。貴族達には各々仕事がある。1人を処罰したら、みんなを処罰しないといけない。そしたら、貴族達は下位貴族しか……いや、僅かな忠誠心が高い貴族しか残らない。そんな事出来ない。国が滅んでしまうよ」


「……おかしいです。そんなの……」


「分かってる。でも、どうしようもなかった。だから出来るだけ目立たないようにして、何か言われても聞こえないフリをして我慢したら良いと思ってた。段々怖くなって、聞こえない所に逃げた。けど、もう我慢しないし、逃げない。批判されても構わない。だって僕は間違いなく父上と母上の子なんだから」


「……ようやく分かってくれたのか」


「ええ、今まで申し訳ありませんでした。その辺の有象無象の言葉を鵜呑みにして、大事な家族に心配をかけてしまいました。出会ってすぐに僕の瞳は王族の証だと言ってくれた人が居るんです。今までみたいに、髪の色だけで判断されなかった。疑われもしなかった。ようやく、みんなの言っていた事が分かりました。今まで頑なになっていて、ごめんなさい」


「有象無象か……何があったか分からないが、良い顔をしている。我々王族は、常に見られているからな。悪い言葉は耳に届きやすく、心に残りやすい。それなのにフォローしきれなかった私の落ち度だ。使用人の選定も甘かった。すまない」


「いえ、僕らが幼い頃は三国の関係が不安定で、ライアンも病弱でしたので僕の事まで考えるのは無理ですよ。乳母も付けて頂きましたし、僕はきちんと育ちました」


「その乳母がクズだったじゃん」


「ライアン!」


「ごめんなさい、わたくしの目が曇っていたせいで……」


「「母上は悪くありません!!!」」


「ああ、悪いのは私だ。乳母を決めたのも、使用人を決めたのも私だからな。ライアンとそなたは療養していて城に居なかった。分かるわけない」


「父上も悪くあり……いや、ちょっとは悪いかな? そもそも父上にベタ惚れだったせいで起きたようなものですからね。もう少し上手に振って欲しかったですよ」


「ライアンっ! 言い過ぎ!」


ケネスの乳母は、侯爵家の夫人で若い頃は国王の婚約者候補の1人だった。候補は多数居たので国王は気にしていなかったが、相手は本気で国王を好いていた。ケネスの乳母に名乗り出て、王族を育てる優越感を味わおうとしたら、生まれたケネスは茶色の髪だったので大いに喜んだ。ケネスが拾われっ子だと水面下で噂の流したのはケネスの乳母だ。それは、選ばれなかった自分の自尊心を満たす醜い行為だった。だが、元々は王妃の友人で信頼されていたので、乳母の愚行は見逃され続けた。父は国の運営に忙しく、母は病弱なライアンにかかりきりで目が届かなかったのもいけなかった。


成長し、おかしいと感じたビクターを中心に調査が行われ、乳母の罪は暴かれ処刑されたが時すでに遅く、悪意ある噂は貴族中に広まってしまった。幼い頃から乳母に密かに虐げられ、自信をなくしてしまったケネスの態度は頼りなく、貴族達を不安にさせどんどん舐められるようになった。


ケネスに付けられる使用人はビクターやライアンと違いオドオドするケネスに不安を覚えてしまう。そして、やはり頼りないと悪意ある噂は広まっていく。


その為、ケネスの希望により最低限の使用人しか付けられていなかった。


「申し訳ありません。でも、本当の事でしょう?」


「ライアンの言う通りだから謝らなくて良い。この場では不敬を問う事はないと決めてあるからな」


親子でも、公式の場では気軽に話せない。だからせめて月に1回だけでも家族だけの時間を持とう、その時は何を言っても構わない。自由に過ごそうと国王が始めた集まりは、ケネスの癒しの場だった。


家族が集まるようになり、少しずつ、少しずつケネスは明るくなっていた。それでも、目立つ行動は避けていた。母の為と言いながら、逃げ続けた。


「今まで逃げていてごめんなさい。母上の為だと言いながら、周りの声を聞くのが怖かっただけなんです。父上も母上も、兄上もライアンも僕の事を家族だと言ってくれるし、僕の出自を疑ってなんかない。それなのに、周りの雑音ばかり気にして怖がっていました。そんな風に自信なさげな態度だから舐められるんですよね。僕、変わります。聖女様のお世話は大役ですし、兄上や、ライアンの方が上手くやると思います。でも、お願いです。僕にやらせて下さい。今までやってなかった鍛錬も、聖女様をお迎えする為の勉強も全てやります。過去の資料は全て読んでありますから間に合うはずです。必ず、聖女様にご満足頂けるよう努めます。僕に、任せてもらえませんか?」


「……元々ケネスに任せるつもりだった仕事だ。ケネスがやると言うのなら、私は嬉しい。しっかりやれよ」


「はい! ありがとうございます!」


ケネスが頭を下げた時、部屋にビクターが入って来た。

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