第3話 ジーナの処罰

「ケネス殿下、うちの妹が大変失礼致しました!」


フィリップは、ケネスに土下座をして謝った。


「もう良いよ。ジーナには、もう謝らないでって言ったから。わざわざ仕事の最中にすまなかったね。フィリップは仕事に戻って。ジーナは本を読む?」


「はい!」


「分かった。お茶を用意させるね。ちゃんと部屋の扉は開けておくから安心して」


「お気遣いありがとうございます。ジーナ、もう失礼な事するなよ。余計な事も言うなよ!」


「分かってるわ。お兄様ごめんなさい」


フィリップが去ろうとすると、メイドがお茶を持って現れた。フィリップが礼を言うと、うっとりとした顔をしている。


ケネスはため息を吐いて、メイドに言い付けた。


「それ置いたら、出て行って良いから」


「はぁーい。ぷっ……貴女も大変ねっ……」


「……」


ジーナは、失礼な態度を取るメイドを怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、兄との約束を思い出して我慢した。


メイドが出て行ってから、ケネスは自らお茶を淹れ始めた。


「ケネス殿下がお茶を淹れるのですか?」


「……ん、ああ。メイドに任せると渋いお茶しか出さないからね。心配なら飲まなくて良いけど……」


「いえ、頂きます。ありがとうございます」


そんな怪しいメイドが持ってきたお茶なら、自分が毒味をした方が良いだろうと考えたジーナは、先にお茶に口を付けた。


「……美味しい……」


「そう。良かった。本、どれを読みたい?」


「あまりに多くて決められなくて……本棚を拝見してもよろしいですか?」


「良いよ。僕はここで座って本を読んでるから、好きに選んで」


『ケネス殿下は、部屋の外からすぐに見える所にいらっしゃる。これなら、本を読んでいるだけだと分かるわ。きっと、わたくしを気遣って下さってるのね。なんてお優しい方なのかしら』


ジーナが本を選んでいると、ポツリとケネスが口を開いた。


「ジーナは、どうしてここに戻って来たの?」


「お約束でしたので。もしかして、戻らない方がよろしかったのでしょうか?」


「ううん。戻って来てくれて嬉しい。けど、戻って来るとは思わなかった」


『どういうことよ?! どっちが正解だったの?! わたくし、また何か失礼をしてしまったの?!』


混乱しているジーナに、ケネスは独り言のように呟いた。


「僕が誘ったら、みんな嫌がるから」


「わたくしは、殿下からお誘い頂けて嬉しかったです。そのような事を仰らないで下さいまし」


「僕が話しかけてもみんな嫌な顔するよ。ジーナは目が悪いから良いけど、僕は見るに堪えない顔だって……」


「どなたがそのような事を仰るのですか?」


ジーナの質問に、ケネスはビクリと肩を震わせた。


「……誰って……みんな……」


「うちの兄もですか?」


「ううん。フィリップはそんな事言わないよ。むしろ言った人を注意してくれる」


「では、みんなではありませんわね」


満面の笑みを浮かべたジーナは、ケネスの顔をじっと見つめた。


「わたくしは確かに目が悪いですけど、ケネス殿下のお顔をきちんと拝見致しました。とても、殿下の仰る『みんな』と同じ感想は持てませんでしたわ」


「だって僕は拾われっ子だって……」


「殿下の瞳は綺麗な青紫。王族の特徴ではありませんか。それに、過去に茶髪の国王もいらっしゃったのですから、殿下が茶髪でもおかしくありません」


「兄上もそう言ってくれる……けど……」


「王太子殿下と、その辺の有象無象、どちらのお言葉を信じるのですか?」


「……それは……兄上……だけど……」


「なら、それでよろしいではありませんか。わたくしは身分上殿下のお相手にはなり得ませんが、ケネス殿下はお優しく素晴らしい方だと思いますし、見た目だって素敵です。そもそも、殿下の出自を疑うなんてそれこそ処刑ものではありませんの?」


「ぷっ……あははっ……! 確かにその通りだ! さすがフィリップの妹!」


「兄上!」


『兄上って……王太子殿下?!』


ジーナは慌てて頭を下げる。


「ああ、頭を上げて。ジーナ・オブ・ケニオン嬢で良かったかな?」


「はい。ケニオン伯爵の娘、ジーナでございます」


「弟の部屋に無断侵入したんだって? さっきフィリップが慌てているのを見てね。話を聞いちゃったんだよね」


「誤解だよ! 兄上!」


否定しようとしたケネスを遮り、ジーナはビクターの言葉を肯定した。


「……その通りです。本当に申し訳ありません。どうか……家族だけは……わたくしひとりなら、どのような罰もお受けします……」


「兄上! 待って下さい! ジーナは図書館と間違えただけで悪気なんてなかったんです! 僕は彼女を許した! だから……!」


「その優しさはケネスの良いところだけど、王族が舐められてはいけない。さっきのメイドもクビにしたから。笑いながら、ダメ王子が必死で女の子を囲おうとしてるなんて言ってたよ。クビで当然だよね」


「そ……そんな……」


「なに? あのメイド、気に入ってたの? なら名前くらい分かるよね?」


「……分かり……ません……」


「だよねー、あの子、ケネスに名乗りすらしなかったんだから当然だよ。就職先は紹介しておいたから、路頭に迷う事はないよ」


「そうですか……それなら……。あの、でもジーナは許して下さい! 彼女はちゃんと僕に名乗って、謝った。家族の為に自分が死ぬ覚悟までしたんです!」


「死ぬ覚悟って……なんで?」


「それは……」


「わたくしは、兄の剣を届けに参りましたの。ケネス殿下の部屋に入る前に剣を置きましたが、凶器を持ってケネス殿下の部屋に侵入しようとしたのですから、処刑される覚悟はしていました。それに……本に夢中になって殿下を踏んづけてしまったのです」


震えながらも全ての罪を告白するジーナを、ビクターは面白そうに見つめていた。


「へぇ……。弟を踏んだんだ。それは無礼だね。確かに、家を取り潰さないなら君は死ぬべきだね」


「……父と、兄と、妹を……助けて頂けるのなら……わたくしはどうなっても構いませんわ」


「兄上! ジーナは目が悪いんだよ! 僕に気が付かなかっただけなんだ! お願いだから、許してあげて! さっきだって、誤魔化す事は出来たのにきちんと兄上に説明してる! こんな子今までいなかった! 僕は、ジーナが死ぬのだけは嫌だ!!!」


「でもねぇ……罰が無しって訳にいかないよ。ジーナ嬢、君はなんでもするって言ったね?」


「はい」


「私の弟は優しくてね、先程のメイドも何度もケネスに庇われていたんだよ。それなのに、あんな態度。酷いと思わないか?」


「思います。恩を忘れて、失礼極まりありませんわ」


「君だって、そうなる」


「なりません。あんなのと一緒にしないで下さい」


「王太子である私の言葉を否定するの?」


「王族の方に嘘をつく事だけはあってはならないと躾けられました。わたくしは、ケネス殿下のようなお優しい方を知りません。心からケネス殿下を尊敬しています。あんな無礼なメイドと同じだというお言葉だけは否定します。でないと、王族に嘘をつく事になってしまいますもの」


「さすが、フィリップの妹だ。ジーナ・オブ・ケニオン、お前に罰を言い渡す。安心しろ。家も取り潰さないし、フィリップも隊長のままだ。命の危険があるのは君だけ。望み通りだろう?」


「王太子殿下の御慈悲に感謝致します」


ジーナは、家族が守れるのなら全てを受け入れる覚悟をした。


「待って! お願いだからやめて下さい! 兄上!」


「駄目。彼女だって覚悟を決めてる。ケネス、全てを許すのは優しさじゃない。ケネスももう18歳になるだろう。いつまでもお優しく舐められた王子では困る。大人になれ」


「大人になります! 鍛錬もしますし、勉強もやります! だから……ジーナを助けて……」


「何故そんなに彼女に拘る」


「それは……!」


「ケネス殿下はお優しいのですね。でも、大丈夫です。家族が助かる……それだけで充分です」


「やれやれ、これでは私が悪者じゃないか。ケネス、最後まで話を聞け。私はすぐにジーナ嬢を処刑したりしないから」


「本当……ですか?」


「ああ、ジーナ嬢、貴女はしばらく城に滞在してもらう。監視もするからそのつもりで。ケネスの部屋への出入りは自由とする。あのメイドと違うと言うなら、それを示せ。城は、ケネスへの悪意は満ちている。私が全員処分出来ない程にな。いくら使用人を解雇しても、信頼出来ると思った使用人を付けても、ケネスへの悪意は止まらん。君はその悪意を城から消し去って貰う。ケネスを尊敬していると言うなら出来るだろう? ケネスが、私と同程度に評価されれば貴女の罪を許そう。期限は半年。状況が変わらなければ貴女を処刑する」


「承知致しました」


「半年って……そんなの無茶だ……」


「だったらケネスも頑張るしかないね。私は一度言った事は撤回しないよ。ケネスが半年後、今のままだったらジーナ・オブ・ケニオンは死ぬ。これは決定事項だ」

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