これでいいのか深溝海音

気まずいな。


場所は何か特別な事情がない限り、近寄ることもない三階の空き教室。

血気盛んな十代男女が二人、机を挟んで向かい合っている。

そんな中何も起こらないはずもなく...

なんて展開は起こらない。いや起こってほしかったのだが。

俺と深溝はただのクラスメイトであり、まだお互いに会話したことがないので、ドキドキよりも気まずさの方がが勝ってしまう。相手が美少女である深溝海音という特殊な状況であっても僅差で気まずさの勝利だ。

ウィナー気まずさ。


俺は耐えかねて口を開く。


「えっと、ひとまず自己紹介から。えー、俺は思春団の一人の乙川響。さっき『思春団の一人』と言ったけれど文字通りこの団体には俺一人しかいない。一応そっちの名前を聞いてもいいかな?」


人は第一印象でイメージがほとんど決まるらしいので、丁寧にというか、よそよそしく自己紹介をする。


「自己紹介とつまらない自虐ネタをありがとう。私は深溝海音。そのおかしな喋り方を今すぐやめてほしいわ。あなたクラスでそんな口調じゃないでしょう?第一印象をよく見せようという魂胆が丸見えよ」


深溝は感情の読めない淡々とした口調で俺に言う。

深溝ってこんなやつだったのかよ...


毒舌。


口が悪い。


第一印象最悪。


過去最高に最悪。


深溝に抱いていた幻想が崩れる。それはもう、大層な音を立てて。

そして深溝に畳みかけるようにこう言う。


「まさか、『人は第一印象が大事』なんて信じているのかしら。だとしたら、私をそんなものが通じる一般人とひとくくりにしないでほしいわ。しかも、それを言うなら人の第一印象は見た目が55%占めているというポメラニアンの法則というものを知っておくべきだったわね。その法則に則って言えば、あなたが私に抱く第一印象はそうとう良いものなのでしょう」


これは俺が悪いのだろうか。

深溝が美少女だからって幻想を抱いていた僕が悪いのだろうか。いや、にしても落差が大きすぎるだろ。

ギャップ萌えならぬ、ギャップ萎え。

しかもその口ぶり、自分が美人なことを自覚してる。いや、自覚してもいいくらい美人なのは事実だが。

謙遜とかないのか。

ていうかこいつボケやがった。これはツッコむべきなのか。


「...............わかった。口調は直す。ていうかそれ、ポメラニアンの法則じゃなくてメラビアンの法則!勝手に小型犬にして可愛くするな!」

「あなた私にツッコむなんていい度胸ね。まあ、もしツッコまれなかった場合私はこの教室から出て行っているのだけれど」

「どっちにしろじゃねぇか。あれは明らかなツッコミ待ちだったろ。待ちというか、もはやツッコまれに行ってたけどな」


ツッコんでも良いらしい。

能動的ボケである。


「いやだわ、あなた。ツッコむだのツッコまれに行くだの。汚らわしい。ナニをドコにツッコむのか知れないけれど、いくら目の前に美少女がいるからって盛らないでくれる?まるでサルね。年中発情しているという点ではどちらかというとウサギかしら」


下ネタもオッケーらしい。

俺による深溝への幻想は儚く散った。正しく言えば、すでに散っている俺の幻想をさらに壊しに来てる。まさしく死体撃ち。

というか、深溝と会話していると動物の名前がまぁポンポンと出てくる。

このままいけば十二支コンプリート出来るんじゃないか?


「やめろ俺はれっきとした人間だ」

「本当にそうかしら。あなた本当は脳に電極をつながれたウサギで、今あなたの目の前に広がっているのは見せられた幻想であり、すべて仕組まれたものかもしれないのよ」

「なんでそんな俺の存在に懐疑主義的なんだよ。しかも仮に、事実だったとして、ウサギに幻想見せるなんて研究の趣味が悪すぎるだろ。水槽の脳のほうがまだましだぁ!」


哲学もいけるらしい。

そして、深溝はどうしても俺をウサギに仕立て上げたいらしい。


「てかなんで俺たち哲学の話してるんだよ。あと、俺を呼ぶとき『あなた』っていうのやめようぜ。名前か苗字でお願いする。俺たち一応クラスメイトだろ?」

「同意するのは悔しいけれど、わかったわ。私も乙川君のこと『あなた』って呼ぶのに抵抗があったもの。まるで、亭主関白の三歩後ろを歩いていく古典的な女みたいだわ」

「別に夫のことを『あなた』って呼ぶ夫婦があってもいいだろ。しかも夫の呼び方と夫婦の形は関係ないし」

「いえ、勘違いしないでほしいのだけれど別に否定はしてないわ。それも一つの愛の形だものね」


深溝は考え方が現代的な人らしい。


「ただ、私は夫の三歩後ろを歩く派ではなくて、夫には首輪とリードをつけて管理したい派なの。完全に私のものになったあの支配感が堪らないわ」


現代的を通り越してもはや先進的であった。

いや、首輪とリードをつけるのが先進的なのか?

三歩後ろから隣に。傾向と対策からして、今後はそれを追い越して首輪とリードをつける時代が来るのか。

あほか。

どちらかというと変態的だな。

ていうか、話が脱線しすぎた。これだけ会話して深溝がなぜここに来たのかまだわかってない。


「あぁ、もういい。深溝は冗談を言いにここに来たのではないだろ?」

「そうね。そうだったわ。私は忙しいの。乙川君と違って」


いちいちうるさいな。

やっと本題に入った。

深溝は決心したように一つ息を吐いて、俺に語りかける。


「乙川君。というか思春団には、友達作りを手伝ってほしいの」


驚き。

まさかあの深溝がこんな依頼をするなんて。

思ってもいなかったというより、友達なんて興味のないものだと思っていた。

何故か。

さっきまでの会話から、深溝は友達を作るにはいささか攻撃的すぎるからという理由ではない。

まぁ少なからずそれもあるが。

てっきり自分から選択して孤独でいるんだと思ってた。

深溝と俺

深溝とクラスメイト

深溝とその他大勢の人間

その間には―――――壊せない壁。

それは、誰にも見えないし、触れられないけれど、確かに存在する。いつも自分の席で文庫本を広げ、他者との関わりを拒絶する。その行為によって自分を守るように。自分のテリトリーに籠るように。

みんなそう思っていた

クラスメイトだって

俺だって


「あら。意外そうな顔ね。断るのかしら」

「いや、ちょっと、驚いただけ。断ることなんて、しない」

「そう?安心したわ。てっきり断るかと」


でも。けれど。けれども。それでも。

深溝海音は、みんなと、クラスメイトと、仲を深めたいと――そう、助けを求めた。

第一、壁があるなんてそれも幻想じゃないか。

そして、少なくとも僕の幻想は先ほど壊れたはずである。

ならば、手を貸す以外に選択肢はない。


「でも、なんでそんな依頼したんだ?」

「単純よ。素晴らしき青春が送りたいから。それだけ」

「そうか、理解した。じゃあ」


俺は高らかに宣言する。


「あなたの青春、俺に手伝わせてください」

「こちらこそ。逆に乙川君が私と関われるのを感謝してほしいわ」


相も変わらず、感情の読めない声でそう語る。


「はいはい、じゃ思い立ったが吉日ということでやろうか。まず、現時点で友達、話相手、なんでもいいけどつながりがある人はどれくらいいるんだ?」

「ゼロよ」

「過去には?」

「ゼロ。あまり私を舐めない方がいいわ」

「いや威張るものじゃなぇけどな。まぁそこはいい、伸びしろがあるってことだ」

「なに?乙川君はバカにしているのかしら?」

「自分で言ったんでしょうよ」

「今回は特別に許します。事実なので」


許された


「逆に聞きたいのだけれど、乙川君はどうやって友達を作っているの?脅し?家族を人質の取ったの?」

「物騒だな。友達作るのにそんなことはしねぇよ。しかしどうやって作ったかぁ。普通に話しかけて普通に仲良くなったかな」

「その『普通』って何なのよ?説明が三段跳びしているわ。乙川君は受精という最後の一部だけを説明して、そこまでの過程や様子をすっ飛ばす日本の性教育と一緒なのかしら」

「わかった。端折った俺が悪かった。だからそんな生々しい話はやめろ。日本は性教育を改善する前にエロ文化というか性癖文化が開拓されすぎたんだ。もし、小学生が学校で習ったことを調べた延長で、特殊な癖に目覚めてしまったらどうする。悲しき被害者兼性癖モンスターが現れるぞ」


その被害者兼性癖モンスターは俺なのだが。

実際、日本の性教育には少なからず問題があることに変わりはない。

あと、説明が三段跳びって、それを言うなら飛び飛びだよ。

いやこんな話はいらないんだよ。


「乙川君ってそういう話になると急に饒舌になるわね」

「まぁ、俺も健康な男子高校生ですから。ってそうじゃないだろ。話を戻すけど、ベタなところで行くと、話題を提示して話しかけることかな。趣味でも勉強でもなんでも話題自体は何でもいい。とにかく話しかける」


深溝は何を言っているのかわからない、といった顔でこっちを見てくる。深溝の頭の中には自分から話しかけて仲良くなるという思考のプロセスが存在しないのだろうか。

よくそれで友達を作ろうと思ったな。まぁ、今まで友達のいなかった深溝からしたら友達を作りたいと行動すること自体が大きな前進なのだろう。


「わからない。わからないわ。一切」

「うん、じゃあ試しにやってみるか。おれが話しかける人のお手本やるから、深溝は話しかけられた人の役をやってくれ」

「わかったわ。乙川君がお手本というのは少し癪だけれど」


話しかける云々の前にまずこいつの毒舌何とかしろ。まぁいい。

俺はお手本として深溝に話しかける。


「えー、深溝」

「なにかしら」

「深溝っていつも本読んでるよな。俺も結構読む方でさ、いつもどういうの読んでるんだ?」

「私は基本、ライトノベル、官能小説、BLを読むわ」

「へ、へぇ~そうなんだな。俺もラノベはちょくちょく読むぜ。アニメとかも見るのか?」

「アニメも見るけれど基本原作派ね」

「そっか、じゃあ最近見たアニメとかあるか?」

「ないわ」

「...............お前会話続ける気ないだろ」

「ないわ」

「役はもう終わったよ」

「あら、私結構上出来だったじゃない?」


この会話をして分かったことが二つある。

一つは深溝のその下ネタ知識は読んでいる本から来ていること。

二つ目は、人に話しかける以前に会話が下手だということ。


「自己評価高いのは良いことだが、過大評価だと思うぞ」

「そうかしら、会話の中で乙川君を貶さなかったことを褒めてほしいわ」

「深溝は俺を貶さないと死ぬのかよ。てか、ラノベは良いとして後半二つは学校で読むなし」

「私の趣味を馬鹿にしないでくれるかしら。官能小説もBLもれっきとした日本の芸術作品よ。これらがネイティブで理解できる日本に生まれて本当によかったわ。第一、漫画を持ってくるよりいいじゃない。誰にも迷惑はかけてないのよ」

「まぁ、たしかに」


ツッコミが論破されてしまった。


「それ以外にも、深溝って発言が基本言い切りの形で終わっちゃってるとこあるんだよな。自分も質問しないと会話が終わるぜ。あとすぐ否定してるとことか。やっぱ共感って大事よ」

「適切な解説をありがとう。実際そういったところは認めなきゃいけないわね」

「会話するときは共感することと会話を終わらせないことを意識する」

「理解したわ。もうばっちりよ」


そう言って深溝は無表情のまま親指を立ててグッドサインをした。

不覚にも可愛いと思ったのは隠しておく。

まだ少し心配なとこもあるが会話はこれから経験しつつ学んでいこう。


「会話の部分は良いとして、まず誰に話しかけるか、だ。最初はフレンドリーな奴がいい。そういうは友達が多いからその後の交友関係が広がりやすいし、会話が続きやすい」

「最初の対戦相手ね。大事だわ」

「対戦相手ってなんでそんな喧嘩腰なんだよ。で、俺のおすすめは高岳山翔たかおかやまと。あいつ深溝と席近いだろ?しかも山翔はミスター陽キャって感じだし」


高岳山翔。

俺の親友。

ベストフレンド。

陽キャ中の陽キャ。

誰とでも分け隔てなく仲良くできる。クラスの人気もの。中学時代はサッカー部所属。時期的にまだ入部はしてはないけれど、高校でもサッカー部に入るらしい。

そして何よりイケメンなのである。よく、流行りの髪型だとか、聞いてる音楽だとかで飾りあげたイケメン風ではなく、イケメン。

笑顔が似合う端正な顔立ちに整えられた短髪。暑苦しさを感じさせないその爽やかな見た目は男女関係なく魅了する。

まぁ、こんな感じで山翔の特徴を列挙したところで一つ思うことがあるだろう。

同じ男子たちに妬まれないのか。である。

結論から言うと、妬まれない。

理由としては山翔の立ち回りが上手というか人柄が良いからである。基本的には男友達メインに交流し、一緒にふざけるし、一緒にバカもする、だけれど大切なところではきっぱりと発言し漢を見せる。つまり、男子人気も高いのである。これであからさまに男女で差別をしていたら、反感を買いに買いまくっていただろうが。

とりあえず、こんなに褒めてやったのだから後で山翔にはお礼をしてもらおう。


「高岳くん.........ね。了解したわ。今度話しかけてみましょう。いや、今度というか明日」

「行動が早いのはこちらとしても、やりがいがある。よし、てことで今日はここらで解散かな。一応、最後に言っておくと、今日相談したことちゃんと秘密にするから」

「そう。そこに関しては信じるしかないわね。でももし、誰かに言いふらしでもしたら、乙川君の家を燃やすわ。いや、逆に乙川君以外の家族の部屋を燃やして乙川君を追い詰めて、首を掻きむしって自死するくらい後悔させてあげる」


怖すぎる。他者に危害を加えることを厭わなさすぎる。


「怖いわ!深溝の頭の中がどんなんなってるか見たいみたいよ」

「それはまた、今度見せてあげる」

「いやいいから。ただの表現だから」


そんな冗談を言いつつ深溝は荷物を持って席を立ちあがる。


「あら、帰らないの?もしかしてここで生活している人?だから明らかに誰かの私物のパソコンがあるのかしら」

「いや、この教室の戸締りしてく、空き教室だけど一応そうゆうのはやんなきゃ。あとこれは俺のじゃない」

「そう」


深溝は無愛想にそう返事すると教室のドアから出て行く。別れの言葉を言いかけたところで俺は思い出す。


「あ、深溝!ちょっと待て。俺とSNS繋げないか?ほら、連絡とるのも楽だし」

「.............本当は嫌なのだけれど。今日相談に乗ってくれたお礼もあるし、繋げてあげなくもないわ。嬉しく思うことね」


無事に連絡先諸々を交換した後、深溝は帰っていった。

最後の最後まで俺に厳しいくせに、しっかりメッセージアプリとSNSの二つのアカウントをつなげてくれた。おそらくこのSNSアカウントを使って思春団のほうにDMを送ったのだろう。

ちなみに言うと、俺と繋ぐまでそのSNSアカウントのフォロー欄は「思春団」ただ一つ、フォロワーに関しては0だった...


深溝海音


どうやら嘘は、つかない主義らしい。

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