第38話 Underground(地下)
高校の裏手から公園に周り、備蓄倉庫のナンバーキーを開くと、中は資材や食料の他に、四角いマンホールのようなフタがあった。
「ここだね、進もうか」
「こんなに小さいんですか?」
「メンテ用さ」
そう言って全員がフタの先の長い梯子を下りると、そこはトンネルだった。
「……静かだな」
「変なにおいー」
音を遮断したように静かな、空洞の中央の高さにある通路。
本来は水が通る管であるはずの底をしばらく歩けば、通路は直角に折れて『そこ』にたやすくたどり着いた。
「すご……」
そこに広がっていたのは、文字通りの巨大神殿。
巨大な柱が広大な地下空間を支えるためだけに何本も立ち、足音以外の音が消えた世界で、ただ天井からのライトを浴びて存在している。
「行こうか。見惚れている気持ちもわかるけど、ここを抜けないといけないわけだからね」
「そ、そうでした」
そうして彦善達はさらに通路から梯子を下りて、巨大神殿の『床』に降り立つ。
湿っぽいにおいが強くなり、それでも乾いた床は広大に広がって、うっかり方角を見失えば、容易く遭難しかねない。
「さて、方角は……」
と、せきなが口にしたその時。
「イラッシャイマセ、ご案内イタシマス」
「!?」
急に柱の影から声がして、全員がそちらを向く。
するときこきこと車輪を回転させる音とともに現れたのは――
「イラッシャイマセ、ご案内イタシマス」
――町にある、自走警備ロボットだった。
商店街に配備されているタイプと同じ、円筒状の上部に腕が二本ついて、頭を模したモニターのある、ありふれた型だ。
「自走警備ロボじゃん、なんでこんなところに?」
「ここの道案内かな。客用の……」
「こいつに聞けばわかりませんかね。おいお前、河川敷グラウンドに一番近い出口わかる?」
「河川敷ぐらうんどニ一番近イ出口、検索開始……検索シマシタ。D51出口、ココカラ徒歩40分。先導イタシマス」
「あ、おい……」
夕映が止める間もなく、進んでいく警備ロボット。
その場の全員が一度顔を見合わせたが、すぐにこくりと頷いて、着いていくことを決めたのだった。
「先導イタシマス」
「いたします、ってお前が勝手に進んでるだけだろ」
「着イテキテクダ……」
「待って」
一番後ろからのその声に、全員が足を止めた。
「ノヴァ、どうしたの?」
「……方角が違う」
「はい。そちらへ行っても河川敷グラウンドには出られませんね」
「ポンコツじゃねーか! 何だったんだよ意味深に現れやがって!」
「正しい方角はこっちです」
夕映が怒りに叫んで、警備ロボットだけがはぐれるように去って行く。
「先導イタシマス、着イテキテクダサイ」
「……」
きこきこと車輪の音を立てて去って行くその様子を彦善が気にしながら、
「おい彦善行こうぜ!」
「あ、悪い今行く!」
夕映の言葉に反応して、そちらへと走った。
――一方そのころ、八咫の陣営。
「セバスチャン。
「確認します」
機械的な八咫の声が、拠点にしている車の内部に響く。
その声を受け止める浮かぶ黒い球体のセバスチャンがコードを伸ばし、力なく椅子に座らされたアリスの狐面に接続した。
「ぅ、ぇ……」
「問題ありません。脳波に乱れもなく、八咫様の思う通り動かせるでしょう」
「ん」
接続時にわずかに反応を漏らしたものの、アリスは虚ろな目で椅子に座らされたまま、うなだれて動かない。
床にはアリスのものではない血の跡が広がっているが、それを気にすることができる存在は、ここにはもういなかった。
「時間を作った
「当然。契約者なんて負荷要素の、意識を残す意味が分からない」
今更ではあるが、彼女たちヴァンシップにとって人間に対する情けはプログラミングされていない。
彼女らの目的が戦いにおける勝利である以上、その最短航路を目指すのは当然であり、そこに人間やその社会を考慮する必要はない……それが八咫の『戦略的思想』だった。
「……ちっ、それにしても悔しい。効率化に、こんなに手間がかかるなんて」
およそアンドロイドらしからぬ舌打ちをして、八咫は椅子に腰を下ろした。
現状行っているのは脳に直接音波や電波を送って機能を制限し、催眠状態にするという手法である。が、八咫から見ればその手順があまりにも多く、とにかく手間がかかる。
「しかしこれが……」
「最短じゃない。ノヴァは、もっと早い。でしょう?」
「はい。彼女の持つ『レシピ』では、即時の催眠を可能にしています」
「……」
『レシピ』――それは、彼女たちヴァンシップが万能ナノマシンを用いる際の、大まかな設計図だ。
万能ナノマシンは万能であるがゆえに、思いつきさえすれば大体のモノは作れてしまう。
しかし作れてしまうからこそ、そのクオリティは千差万別。思いつきの品を1から磨き上げるより、『レシピ』に従って万能ナノマシンを変質させた方がはるかに有効な成果をもたらすのだ。
であるからこそ、ヴァンシップ達は他者のレシピを求め、自分のレシピを守ろうとする。
「最終調整、終了しました」
かちん、と狐面からコードが外れ、アリスの反応が完全に無くなる。
八咫がゆっくりと狐面を外すと、そこには無表情な契約者の顔があった。
「アリス、答えて」
「はい」
八咫が尋ねると、口だけを動かしてアリスは答えた。
「貴女は、何?」
「私は八咫様の契約者です」
「貴女は、何をする?」
「八咫様の勝利に貢献いたします」
「よろしい。じゃあ、これをあげる」
「……」
八咫の手のひらの上にぐねぐねと万能ナノマシンが蠢いて、作られたのは黒いフルフェイスのヘルメット。この程度なら簡単なのに、と内心で愚痴をこぼしながら、無抵抗のアリスに機械めいたそれを被せる。
「八咫様、それは?」
「私の司令を伝えるギア。いちいち音声入力とか、面倒」
「なるほど」
「そして最後に」
言葉と同時、八咫が服ごと分解されていく。
細かいパーツになった万能ナノマシンは宙を舞って、アリスの周囲で別の形を成していき――巫女服を模した、黒白の鎧へと変わる。
「これで、問題ない」
アリスからしたその声は、八咫の声色だった。アリスという人格はもうそこになく、アンドロイドに全てを操られる少女がいるだけだ。
「いかがですか?」
「正直まだ微妙。昨夜は酷かった」
アリスの身体が椅子から立ち上がり、手を握ったり開いたり、関節の可動域を確認したりをしている。
昨晩、あの警察署長――田中武蔵に用意させた『練習台』を使った慣らし運転は、まるで本来の動きが出せなかったと、八咫は内心で愚痴っていた。
狐面からの脳制御ではまるで弱かったのか、本来の戦闘能力の半分も出せず練習台を消費してしまったことに憤慨しつつ無表情で隠した。今は武蔵に新たな練習台を探させているが、そう簡単に都合よく『何をされても不自然でない人間』は用意できないだろう。
「セバスチャン、貴方が練習台になることは可能?」
「さすがに体積が不足しています、重力制御でも限界が……」
「わかってる、言ってみただけ」
ふぅ、と息を吐いて、アンドロイドは腰を下ろす。
その姿はまるで人間のようだったが、従者はそれに何も言わなかった。
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