第36話 Sunrise(夜明け)

「ん~……」


 誰もいない校舎の中、窓を開けた彦善と、その隣に並ぶ夕映とノヴァが、体を伸ばす。外はあいにくの曇り空だったが、学校に泊まるという非日常がどこか彼らのテンションを上げていた。


「朝日なんて久しぶりだなー。朝早くに起きたのいつぶりだっけ」

「お前そのうち体壊すぞ……」

「サプリメント飲んでるから平気だよ」


 不健康なことを言う夕映を彦善がたしなめるが、夕映はにしし、と笑うだけだ。

 そのやり取りを見ていたノヴァが、


「人間の身体って、朝日を浴びないと壊れるの?」


 と、不思議そうに尋ねる。


「いやそうじゃないけど……」

「そうじゃないのに何故か推奨するんだよなー、意味わからんよなー」

「おいこら不健康の言い訳にノヴァを使うな」

「はいはいお三方、朝ごはんだよ」


 そこにパジャマ姿のせきなが現れ、三人はパソコン室へと引っ込んだ。


「で、今日は予定時刻までどうするかって話なんだけど」

「まず決闘の場所とか知らされてないよな? 天星神社で良いのか?」

「セバスチャンが伝えてくるんだよ。地図とかのデータからいくつかの推奨場所が選ばれて……」

「はい、データは届いております。それと、夜中に何度かあちらからのコンタクトがありました。当然、隠密行動中なので無視しましたが」

「優秀だねえ」

「当然のことです。それで決闘の候補となる場所なのですが」


 言いつつ、セバスチャンは空中に映像を投影する。

 この街の航空写真が引いて、赤い丸がいくつか発生した。


「あ、学校ここもある」

「校庭がありますので。しかし推奨度は低いですね。周りの建築物を破壊した際に、影響が大きいからでしょう」

「あーなるほど、そういう判断基準なわけね」

「推奨度が一番高いのは?」

「ここです」


 一つの赤丸に画面がズームして、場所のデータが投影される。

『河川敷・空き地』と表示されたその場所は、かつて倉庫があって今は撤去された、広いアスファルトだけが残った土地だった。


「こんなとこ、あったっけ?」

「どこかの企業が昔持ってたけど、そこが潰れてそのまんまだったはずだね。でもこんな土地を遊ばせとくなんてもったいないな……おっと失礼。セバスチャン、話を続けて」

「はい。しかし十八時にここ……というのは、私の判断では少々危険です。せきなさまが爆破により襲われたように、敵……八咫はかなりの強硬派。手下を用いて、我々の妨害をしてくることは想定されることです」

「確かにねえ」

「決闘の前に邪魔して勝つとかマジで悪役じゃねえか……いや悪役か」


 腕を組んで夕映が言ったが、実際その通りである。

 その言葉に、全員の脳に昨日の『あの映像』が浮かんで、少し雰囲気が暗くなった。


「で、他に候補は?」


 せきなが場の空気を換えるべく、話を振る。


「ここも含めてまだあります。順に見ていきましょう。まず、天星神社ですね」

「僕は却下だな。あそこの本殿って結構歴史あるんだよ」

「せきなさんが爆殺されかけたところに戻るとか無いわ」

「僕もそう思う……むしろなんで候補にあるんだ」

「推奨度も最低ですね」


 セバスチャンが言い捨てると、ピッ、と言う音ともに×がついた。


「あとは……さっきの倉庫跡地も避けるとして、河川敷のグラウンドかあ。似たようなもんだけど」

「周囲への影響が一番出にくい場所ではありますね。大通りとも近いので、妨害で相手も強硬策には出づらいでしょう」

「事故に見せかけて車ぶつけてくるくらいはしそうだけどな……」

「自動車爆弾とか?」

「ああそれもあるか……詳しいね」

「……経験上」

「そうかい」


 彦善がぽつりと言って、せきなが気まずそうな顔をした。


「つーかさ、妨害考えたらキリがないよな。見た感じ、18時まで安全でいられそうな場所が無いんだけど」


 その空気を察してか、夕映が言う。


「なんかそんな気がしてきたね。ちょっと発想を変えるべきかな」

「妨害だけ避けるなら、僕に考えがありますけど」

「え?」


 まるで当然のように彦善が言って、全員の視線が集まる。


「だってほら、この国って……セバスチャン、の地図ってここに重ねて出せる?」

「はい」


 返事と同時に、青い線で下水道が地図に示される。


学校ここからでもこの中のどれかに……」

「却下! 彦善お前、下水道がどれだけ臭いと思ってんだふざけんなボケっ!」

「そこまで言うか!? いやまあわかるし、だからこそ言わなかったんだけど……」

「採用!」

「え?」


 叫んだのは、せきなだった。


「その発想良いね、それでいこう」

「えっ……せきなさん? え? 正気ですか? 下水道ですよ?」


 絶望的な表情の夕映を、手を振ってせきながなだめた。


「下水道って言っても汚水を流す場所だけじゃないってことさ。セバスチャン、ごにょごにょ……からデータを取って、この地図に出してくれ」

「かしこまりました、少々お待ちを」


 そう言うとわずかに間が開いて、今度は緑色の線が地図に重なる。下水を示す青い線より本数は少ないものの、並走する近い位置により太い線で示されたそれを見て、彦善はピンと来た。


「……水害対策用の、地下水道ですか」


 汚水ではなく、災害時に増水した水を流すための通路。

 数は多くないが、地下に広大な貯水槽とそこに繋がる水路が一部の都市には存在するのだ。


「そゆこと。テレビなんかじゃ地下神殿とか言われてるし、有名かな? この街にもあったのをすっかり忘れてたよ」

「へー、すごーい。こんなのがあるんだあ」


 唐突に虚空を見つめて、ノヴァが言う。


「?」

「今、せきな様からご紹介された情報をノヴァ様に流しました」

「ああそう言うことか……いきなりどうしたのかと思った」

「広いねー」


 まるで現地を見ているかのように、ノヴァが感動している。

 それを見てやはり人間とは違うんだな……と、彦善はひそかに心の奥底で思った。


「さて、そうなるとさっきの河川敷グラウンドでも、倉庫跡地でも問題ないね」

「じゃあ……僕は、河川敷グラウンドがいいな」

「へえ」

「わたしもそれでいいけど、こっちじゃねえの?」

「そう言って夕映が指すのは、倉庫跡地」

「ん……いや、別にそっちでもいいんだけど……」


 彦善の勘が、何故か警鐘を鳴らしている。

 地図上にぽっかりと空いたその位置が、まるで自分たちを招いているかのような……そんなあり得ないことを妄想させてしまうのだが、それを言語化できず言いよどむ。


「まあ良いじゃないか、周りに何もなさすぎるのも怖いしね」

「では皆さん、河川敷グラウンドの提案を向こうに返し……返事がきました。向こうも了承するようです」

「早っ」

「じゃあここを目指すとして……あとは、いつここを出るかだな」

「天気が悪いのが少し気になるけど、雨さえ降らなければ12時くらいで良さそうかな。地下水道へはここの裏手の公園からも行けるようだしね」

「あそこにそんなのがあったんですね……ちょっと広い普通の公園かと思ってた」

「備蓄倉庫だってあるじゃないか。災害時の」

「あそっか」


 そんな時、だった。

 コンコン、と唐突に扉がノックされ、全員に緊張が走る。


「え?」

「もう教師が来たのかい?」

「そんな……ありえなくはないですけど」


 時刻は七時過ぎ、来てもおかしくはないが、何もなくて誰かが来る場所でもない。

 全員が身を隠していると、さらに声が続いた。


「おかしいな、気配はするんだが……誰かいるのか?」

「え?」

「彦善、まさかこの声……」

「知り合いかい?」

「ええ……だとするとまずいです、ここで止めないと……」

「おい、この私を誤魔化せると思うなよ! 泥棒め、今すぐ応援を呼んでやるから動くなよ!」

「げ、まずい、待った待った!」


 廊下からの声に慌てて、制服に着替えた彦善がカギを開ける。


「待って、僕だ!」

「きゃっ! な、なんだ……彦善? なんでこんなところに?」


 そこにいたのは、黒髪ポニーテールの凛とした女生徒――紅ヶ原 静べにがはら しずかだった。

 先日のような制服姿ではなく剣道部の袴姿なのは、部活の朝練なのだろう。


「ボランティア部のポスター作りでさ……朝一でここを借りたんだ」

「そうか。廊下の窓が開いてたからどうしたのかと……って、ちょっと待て、ヒコヨシ!?」

「な、何?」

「お前あのから何してた!? 家に行ってもいないし、夕映もいない! そのくせ先生は無事は確認してるとかいうし、お前もいい加減な返事だけしてからは返事がないし! 私がどれだけスタンプを溜めてると思ってるんだ!」

「あ、いや、一応病院行ったんだけど何事もなくて、でもスマホは病院に忘れてきてさ……」


 もちろん嘘で、今は探知されないよう夕映の地下室に置いてある。


「ったく、妙なところで抜けた奴だな……でも無事で本当に良かった。じゃあ私は練習に行くから……」

「お兄ちゃん、その人誰?」

「あ゛」


 がらりと扉を開けて、ノヴァが現れる。


「……練習に行く前に、聞かせてもらおうかな」

「はい」

「この子、誰だ? 私に何を隠してる?」


 極寒の笑みが、彦善に向く。

 その笑顔に射抜かれた彦善は、


「……い、いとこ」


 あまりにも適当な、嘘をついた。













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