第20話 Entry(参加表明)

 場所は変わって、天星神社の離れ。


「くぅ……くぅ……」

「いやあよく寝てるねぇ。余程疲れてたようだ。今どきの子は大変だねぇ」


 寝息を立てるアリスを気遣うように、ふすまを閉めてそう言った巫女服の女性……せきなは、隣の部屋で正座するアンドロイド、八咫やたの前の机を挟んだ位置に、正座する。


「お茶を出そうか。食べられるかい?」

「ありがとうございます、しかし……」

「キミ本当に遠慮がちだねぇ。ま、僕だけ食べるのも気が引けるから出しちゃうよ」


 そう言って手際てぎわよく机の上の湯呑みや和菓子を並べ、食べ始めるせきな。


「……何を、企んでいるのですか?」

「言ってる意味がわからないな。身を清めて、ゆっくり休んで、『闘いポリオ』に挑む。理にかなっているだろ?」

「……」

「それに、キミにも休息を教えてるつもりなんだけどね? ほら、お茶は冷めちゃうしお煎餅せんべいがシケちゃうよ」

「それは……不都合ですね、頂きます」

「ん」


 パリパリと煎餅せんべいを咀嚼する音だけが響いて、それが一度収まる。

 しかしそれが終わるや否や、一つの光が音もなく部屋に現れた。


「セバスチャン……」

「セバスチャン?」


 八咫やたの髪の毛から現れたように見えたその光の球を八咫はセバスチャンと呼んだ。


「初めまして、貴女が八咫と契約する……」

「違うよ、僕は彼女の保護者みたいなもんさ。アリスちゃんは隣。寝てるから起こさないでくれよ?」

「心得ました。しかし保護者ということであれば、報告をさせて下さい」


 光の球、セバスチャンの声は落ち着いた男声だった。


「うるさくしないなら構わないよ」

「はい。八咫様の対戦相手の……【パラディウム】の契約が成立いたしました」

「ふぅん。向こうが先かぁ」

「……」


 せきなは興味なさげにもう一枚煎餅を口にしたが、八咫は目をそらす。


「そりゃ残念。こっそり『暗殺』して勝っちゃおうっていう、キミ達の作戦はほぼ失敗したってわけだ」

「っ」

「おいおいそんな顔するなよ。バレないとでも思ってたのかい? ウチの石段でピースメイカーまで暴れさせておいてさ」


 その声は、あくまで平然としていた。


「それは……」

「ああ誤解しないでくれ、別に責めようってわけじゃない。暗殺一回で済むんなら必要悪って考えもわかるしね。だけど、これは君たちが僕の戦略を信用してないって意思表示で良いのかな?」


 ぱん、と音を立てて煎餅が割れる。

 その視線は鋭く、アンドロイドであるはずの八咫もその裏にある気迫を察して、身体の制御に負荷がかかり始めた。


「い、いいえ」

「じゃあ何?」

「ど、独断専行……でした。申し訳ありません」

「キミとあの署長の、だろ?」


 どこまでも平然と矢継ぎ早に、隠していたつもりの真実を暴いていく巫女。すでにこの時、両者の『格』は完全に思い知らされている。


「っ!」

「責めちゃいないってば。僕は契約してないから、キミらを責める権利もないだろうしね。でも保護者兼相談役である僕は、こうして。じゃあこれからどうすべきか、分かるよね?」

「……申し訳ありませんでした。これからの戦略は、相談役であるせきな様に、必ずお伝えいたします」

「うん、よろしく」


 そう言って煎餅を咀嚼そしゃくする音が、極寒だった雰囲気にわずかにゆるみをもたらした。


「で、そう言えばスルーしてたけどキミは誰だっけ」

「セバスチャンと申します。【spectaculumスペクタクルム】の補助を行う【万能ナノマシン統合人格ヴァンシップ】です」

「ふーん、僕は倶利ともとぎ せきな。末長くよろしくね。お煎餅食べる?」

「頂きます、熱めのお茶を頂いてもよろしいですか?」

「……キミ意外とわかってるね」


 それからしばらく時間は流れ、起きたアリスが夜まで寝たことを察した瞬間赤面と土下座をしたが、それを止めさせたせきなは結局、アリスと八咫の『契約』を見届けたのだった。


 ――一方その頃、商店街の夕映の家。


「……久しぶりだな、ここ来るの」


 食料や水を運び込んだ彦善は、『地下室』を見渡してそう行った。

 キッチンの床下収納の一つを開けると繋がるこの場所は、かつて彦善が訪れた場所でもあり、初めて夕映と出会った場所でもある。

 タンスやベッド、電子レンジ等の家具やトイレも揃ったこの場所は、最低限のそうじだけで十分な拠点と化していた。


「掃除がすぐ済んで良かったな。カビとかもないし……あ、そうだセバスチャン、お前鳥になれるらしいじゃん、ちょっと階段のところで羽ばたいててくれよ、換気するから」

「拒否はしませんが、少々エネルギーが勿体ないかと」

「……そっか、ごめん」

「しかし消毒は必要です。アルコールはありますか?」

「これ?」

「はい、頂きます」

「うぇっ!?」


 カラスの姿でセバスチャンは消毒用アルコールをグビグビと飲み干し、そのまま床に降り立つと、野生のカラスがそうするように、床をつつき始めた。どうやら掃除をしているらしい。


「あ、ありがとう」

「……今更だけどさ、どうなってんだ? それ」

「それ、とはこの変形ですか?」

「うん。体積、明らかにおかしいだろ」

「なるほど、それではご説明致します」


 そう言うと、光の球に戻ったセバスチャン。ソフトボール程度の大きさのそれは、明らかに先程飲み干した消毒用アルコールの体積より小さく見える。


「彦善様や夕映様にはこの状態が、不自然に見えるということですか?」

「だってそうだろ、明らかに……」

「では持ってみて下さい」

「は?」

「私を、持ち上げてみて下さい」


 ころりと床に転がったセバスチャンは、ただの光るボールにしか見えない。


「僕がやるよ」


 そう言って彦善が近づき、左手で掴み、


「っ」


 持ち上げ――られなかった。


「約100kgあります」

「……なるほどね」

「うわ、すご」


 びくともしない、という表現そのままに、全く動かない光の球。

 夕映もチャレンジしてみるが、まるで動く様子は無かった。


「私やノヴァ様、ひいては『アーク』の皆様に用いられる『万能ナノマシン』はその名の通りあらゆる密度・用途に変形できます。それは勿論、この国で俗に言う『反重力機構』も例外ではありません。よって私も、そしてノヴァ様も、接触時に伝わる重さを軽減できるのです」

「へー……」

「へー……って、いや待て、それでも体積までは無理だろ? さっきのアルコールはどこに……」

「こちらです。圧縮してありますが」


 そう言うと、ことん、と大きめのビー玉程度の球体が床に落ちた。


「このように、万能ナノマシンはまさに文字通り『万能』ですので。ご理解頂けましたか?」

「……その小ささで『反重力』できるんだな」

「万能ですので」

「お兄ちゃんの腕に私が同化できたのも、そう言うことだよ」


 どこか得意げな言い回しでセバスチャンとノヴァが言う。それを受けて、ふと彦善が思い至った。


「あれ、そう言えば昨夜のウェイジ浮かぶ掃除機ってさ、あれも反重力じゃなかった?」

「……あれは普通に売ってるラジコンからの流用だよ。反重力機構なんて自前で作れるわけ無いって言わなかったか?」


 割と不機嫌そうに、夕映が言う。


「むしろ天才だから不可能はないみたいなこと言って……」

「うるせーな、わたしにも無理なことはあるんだよ! 電気すら知らなかったら科学が難しいことくらい分かるだろ! 反重力機構の原理とか理論とか利権とか、そう言うのは全部国連が管理してんの! 反重力機構を引っこ抜いた元のラジコンだって、扱いに免許が要るんだからな!」

「そうなんだ……」

「あとついでだから言っとくけど、『反重力機構』って思いっきり俗称だからな! 正確には『被重力制御機構』なんだから、『かかる重力のコントロール』だぞ」

「えっ、そうなの?」

「お前何にも知らねーな! マジで重力を遮断なんてしたら1秒でふっ飛ばされるだろ。地球や宇宙が秒速何キロで動いたり回ったりしてると思ってんだよ」

「……言われてみれば……でもUFOとか、それこそノヴァやセバスチャンだって浮いてたじゃん?」

「だからアレは、『地面に引っ張られる重力をある程度』遮断してるだけだっつーの」

「ある程度? あ、そっか、完全に遮断したら地球からの遠心力で吹っ飛ぶもんな」

「なんでそこだけ理解が早いんだよ……」


 そんなやり取りを聞いていたノヴァが、ふと口を開いた。


「……もしかしてお兄ちゃんって、比較的頭わ……モノを知らないの?」

「どうやらお二人の間には、知識量の隔たりがあったようですね」

「彦善って成績悪かったっけ?」

「みんなしてやめてくれ。辛い。あと習ってないだけだよ、あと夕映からしたら全員成績悪いだろ、国語系以外ほぼ全科目満点なんだから」


 ちなみに先日受けたテストでは、彦善は学年21位、夕映は3位である。


「古文なんて将来役に立たないんだから消えればいいんだよ……」

「何言ってんだ、大学に入る時に必要だろ?」

「その返しやめろ!」


 などという会話の最中、


「――ノヴァ様」

「?」

「相手が契約を済ませました。これより本格的に、『闘い』が開始されます」


 あまりにもあっさりと、運命の時計が針を進めたのだった。

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