第16話 Intrution(乱入)

 極限状態に陥ると、人間は正常な判断ができなくなると言う。


「なぁヒコヨシ、わたし、別に難しいこと聞いてないよな? 答えられるだろ? その女、


 この場合、誰が一番極限状態だったかはともかくとして――


「て、天星神社で……」

「ふーん、そっかぁー」


 ――少なくとも、場の空気は張り裂けんばかりにピリついていた。


「あ、あのさ、夕映ゆえ……」

「ん?」

「まずその、ハンマー……置かないか?」


 笑顔の夕映が右手に持つレスキューハンマー……名前こそ『救助レスキュー』だが、その用途は車の窓ガラスの破壊だ。つまり端的に言えば、


「ヒコヨシ……」


 

 そのことを嫌でも意識したまま、彦善は立ち尽くす。

 満面の笑顔を浮かべた夕映が、ハンマーを持って、今ここに来た。その危険性を、理解していない彦善ではない。

 だがさらに近づいた夕映えは、あっさりとハンマーをテーブルに置いた。

 そして彦善を見つめたまま、


「……うっ」


 顔をくしゃくしゃにして、涙を浮かべ……


「ゆ、夕映?」

「うわぁぁあああああああああ〜〜!!」

「泣い……え、ぇええ!? 何で!?」


 その瞳から、大粒の涙をばらばらと零した。てっきり殴られるくらいの覚悟をしていた彦善は、戸惑いつつも飛び込んできた細い身体を受け止める。


「生きてるよな、幽霊じゃないよなぁ! さっき起きてニュース見たら学校吹っ飛んでるし、お前だけ見つからないって言ってたがらああああ!!」

「あ……」


 そうなるのか、と彦善は納得する。

 言われてみれば襲撃から逃げるためとは言え、黙って家に帰ったのはまずかったかも知れない、と思っていると、


「あ……申し訳ありません、社会的影響を失念しておりました」

「そだね。そっちの対策、忘れてた」


 そう言うと、テーブルの上の壊れたスマホを手に取ってノヴァは、


「あむ」


 それを、口に入れた。そしてそれを咀嚼するように口に含むと、


「べぇー」


 彦善のスマホを、口から出した。


「……何したの?」

「修理。万能ナノマシンならすぐだよこんなの」

「あ、ホントだ直ってる……」


 見れば確かに、スマホはまるで元からそうだったかのように、新品同然に輝いている。それに加えて、着信を示すランプが何色も光っていた。


「いっぱい着信来てたし、今のうちに返事したほうが良いかもよ」

「……そうするよ」

「ぐすっ、お前のスマホに何百回かけても通じないしさ……良かった……良かったよぉ……ヒコヨシ……」

「……ごめん」

「良いよ、お前が無事なら全部良い……」


 その後しばらく彦善は、あちこちに無事であることと、自分が家に帰ったことを連絡した。『気がついたら家にいて何も覚えていない、ニュースを見たら自分が出ていた』

 という作り話は無理があるような気もしたが、それでも何とか押し通して、改めて場を仕切り直す。


「……じゃあ改めて聞いていいかな」

「良いよー」

「何なりと……」

「待った」

「?」


 彦善に抱き着いたままの夕映から、横やりが入る。


「……私に、わかるように言え。何があった。こいつら誰だ……ってか、何だ。昨夜私んちから帰る間に、何があったんだよ」

「えっと……昨日の放課後の不良に追い掛け回されて、神社の石段から落ちて……死にかけてたのを、助けてもらったんだ」

「……それって、このニュースと関係あるか?」


 そう言って夕映が自分のスマホを出し、動画サイトから動画を再生する。


「今朝未明、天星神社の石段で、近くに住む男子高校生の遺体が発見されました。近くには破壊された状態のピースメイカーが発見され、警察では事件と事故の両面で捜査を進めていますが、発見されたピースメイカーは近くの警察署で廃棄処分予定だった機体であるとの情報も……」


 そこで再生を切って、夕映は彦善を見据える。


「……うん、ある」

「じゃあ、警察には言わない方が良いんだな」

「うん……」

「あと、さっき聞いてたけど、こいつらアンドロイドなんだよな?」

「うん」

「それにお前が助けられたって、ことはさ……」

「あ、そだね。お兄ちゃんも今はアンドロイド……じゃなくて、サイボーグ、って言うのかな? 万能ナノマシンが、脳とか腎臓とか骨とか肺とか……まだだいぶお兄ちゃんの体組織の代理をしてるから」

「えっ……あ、そうか……そうなるのか……」

「うん」


 その言葉の後に、さらに強く彦善の身体が横から抱きしめられる。

 脇腹に顔をうずめてかすかに震える夕映の髪を梳くように撫でながら、今更のように彦善は『自分がもし死んでいたら』を想像して、恐怖した。


「……本当に、生かしてくれてありがとう。それで、別に恨んでるって意味じゃないんだけど……だとするとさ、僕が襲われたことって、僕が助けられたことと、関係ある?」

「……あるよ」


 静かに、ノヴァが応えた。


「しかしながら、それは仕方のないことで……」

「あ、大丈夫、それは想像ついてる。繰り返すけど、恨んでるって意味じゃないんだ。僕が言いたいのは……、ってこと」

「彦善!」


 その言葉に合わせて、夕映が顔を上げて叫ぶ。


「夕映。ごめん、心配してくれるのはわかるけど……今、僕は逃げちゃダメなんだ。助けてもらっておいて、警察も信用できなくて、ここでお別れ、なんて、お互いの為にも、一番ダメだろ」

「っ……わかってる、けど! バカにすんな! お前、わたしが気づいてないとでも思ってんのか!?」

「え?」

「お前、!」

「っ……」

「バレたか、みたいな顔すんなバカ! 言っておくけどわたしはもう巻き込まれてやる気だからな!」

「お前……」

「二度言わせんなバカ! ……分かったな!」


 そう言って、また強く彦善に夕映がしがみつく。

 戸惑った表情になる彦善だったが、すぐにその顔は真剣なものになって、ノヴァとセバスチャンの方を向いた。


「えっとつまり、二人ともこの先の話を聞いてくれるってことで良いのかな?」

「問題ないでしょう。心拍数の上昇は見られますが、拒絶の兆候はありません」

「……ありがと。じゃあね、説明するけど……私たちが、『闘ってる』って話はもうしたよね?」

「ああ、僕があの刑事さんのフリしたアンドロイドに襲われたのもそれだし、昨夜のピースメイカーに襲われたのもそれなんだろ?」

「うん。あれは私たちの、闘いの一部。『尖兵』って言って、直接襲うんじゃなくて、自分の道具とか手下を使って間接的に相手を破壊するの」

「『ポリオ』においてあまり推奨される方法ではありませんが、こればかりは戦略です。私としても、有効性を認めざるを得ません」

「ポリオ?」


 聞きなれない単語がセバスチャンから出て、彦善が聞き返す。


「ノヴァ様のような【supectaculmuスペクタクルム】に属する【万能ナノマシン統合人格】が行う『闘い』の総称です」

「ねえセバスチャン、やっぱりその呼び方止めて」

「と、言いますと?」

「万能ナノマシン統合人格、じゃなくて、ヴァンシップ、って言って」

「かしこまりました」

「ヴァンシップ?」

「万能ナノマシン統合人格を英訳した際の、略称です。これよりそれを指す場合は、ヴァンシップと呼称させていただきます」

「はぁ」


 それは良いけど、と思いつつ彦善はコーヒーに口をつけて、置いたカップを今度は夕映が手に取って、口をつけた。


「つまるところその『闘いポリオ』ってのを君たちはしてるわけだよね」

「はい。推察するにあたり、彦善様が知りたいのはその目的……ということが推察されますが、よろしいですか?」

「うん」

「であれば、覚悟を決めていただきます。ここから先は、彦善様、そして夕映様が属する社会において、機密とされた情報。本当に、耳にする覚悟はよろしいですか?」

「……うん」

「いいよ。言え」


 そう言った二人の瞳を、光の球体であるセバスチャンと、アンドロイドのノヴァは真正面から受け止める。


「かしこまりました。ではお話ししましょう」

「私に言わせて。『闘いポリオ』の目的はね?」


 一度間を開けて、ノヴァは口を開く。


「――世界各国にある『アーク』の、だよ」












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