第7話 Intersection(交錯)

「すげー! 県警の新型車輌だ!」

「誘導に従ってくださーい! 歩きスマホは危険なのでお止めくださーい!」


 彦善が人気のない高架下の道をくぐって抜けた先には、混乱と興奮があった。


「……うへー、ついてねぇ」


 駅の裏手には噴水広場とバスロータリー、そしてタクシー乗り場があり、本来はタクシーやバスに乗るために並ぶサラリーマンや学生がそこそこいる程度のはずだった。

 が、今日に限っていつもより遥かに増した人の群れの奥に立っているのは、白黒のカラーリングをした警察車輌――ただしその外観は二足歩行の、れっきとした『ロボット』だ。


「もう一機来たぞ!」

「『ピースメイカー』の初期型だ!」

「すげぇ、新旧の共同作業だ!」

「この街に生まれてよかったっ……!」

「サイコーでゴザル!」


 ギャラリーの声がして、空からパトカーと同じ音のサイレンが響く。

 圧縮蒸気をふかす音を立てながら空中で体制を整え、ロータリーの中心に颯爽と降り立つ3メートル程度の機械の巨人は、『ピースメイカー』と呼ばれる一般的な空陸両用警察車輌。それが、の傍らに寄って、腕を近づけた。


「なんだ、バスがなんかあったのか?」

「パンクかなんかで動かせなくなったらしいですよ? おおかた、降ってきたUFOの破片が変なところに当たったとかですかね?」

「まったく、危ねぇなあ……撃墜するのは良いけどよ、アメリカさんももう少し気を遣えって言うんだ」

「UFOが襲来するよりマシでしょ?」

「ちげえねぇ」


 ガハハハ、と笑う、サラリーマン二人組。と、そこで彼らは自分たちを見る彦善の視線に気づいたのか、


「おうボウズ、災難だったなあ、オジサン達とどっか飲みに行くか?」

「部長、飲み過ぎですって」

「塾か知らねえが、頑張れよ!」


 と、遊び半分に声をかけて去っていった。


「……」


 声をかけられた彦善はわずかにうつむいて、自分の住むマンションの方へ向かうため、進行方向のさわぎに眼を向ける。

 視線の先、ロータリーでは歓声があがり、バスが3台の反重力機構によって持ち上げられ、道の脇にどかされ、歓声が上がった。が、


「目を覚ましてくださーい!」


 その、最後の最後。

 群衆に敬礼して飛び去った新旧の『ピースメイカー』に拍手や歓声が終わりかけたタイミングで、拡声器からの声が響いた。


「日本警察は、侵略者の技術を使うのをヤメロー!」

「反重力は侵略宇宙人の兵器でーす!」


 人々の大多数がその声を無視し、子連れの女性が慌てて子供を引き離そうとする。

 横断幕を並べて叫ぶ彼らは何人かの中年女性を軸にビラ配りを始め、道行く人々に敬遠されていた。


「ちょっと何あれ、ヤバくない?」

「シンリャク宇宙人って何?」

「西暦かっつーの」

「キモー」


 それを見て散々に酷評する、どこかの学校の制服を着た女子生徒の集団。周りの反応も大体同じだった。


「また【反重力アンチ】だよ……」

「せっかくのピースメイカーの勇姿が汚れたでゴザル!」

「今助けてもらったくせによ……」


 表立っては言われないまでも、そんな呟きや嘆きが彦善の耳に入る。


「目を覚ましましょう!」

「我々は宇宙からの侵略者に狙われていまーす!」

「反重力にはんたーい!」


 そんな水を差された空気を意に介さずにロータリーで叫ぶ、中年女性やその取り巻き。それを見ていたせいか、視線を外していた彦善が、どしん、と、誰かとぶつかった。


「あら」

「あっ、すいませ……」


 胸が、あった。


「え」

「あの……大丈夫ですか?」

「あっ、いえ、すいませっ、え!?」


 彦善が慌てて飛び退ると、人だった。


「いやあのっ、すいません! よそ見してました!」

「いえいえ、それは私もですから……」


 そこにいたのは、修道服の女性。胸に彦善の顔がぶつかることからもわかる通り、とにかく『大きな』、金髪糸目の女性だった。高校生男子の平均値よりは高い彦善の背丈より、さらに頭一つ分背が高い。


「本当に申し訳ありませんでした……」

「いえいえ。ところで迷える子羊さん。お一ついかがですか?」

(うっ……)


 しまった、と気づいたときにはもう遅い。ひらりと差し出されたのは『マルス教・帰依きえの手引き』と書かれた1枚の赤い紙で、つまるところこの修道女シスターは、マルス教の信者。今も何やら叫んでいる【反重力アンチ】とは真逆の、反重力機構やUFOを『神のもたらしたもの』とあがめる新興宗教の一員だった。

 その教義からしてマルス襲来すら『喜ばしいこと』、その大勢の犠牲者を『仕方のない犠牲』ととらえているので、一般的な評判は【反重力アンチ】とは別ベクトルですこぶる悪い。


「私のからだに飛び込んできたのもなにかの縁、今度のお休みにでも……」


 と、頭の後ろに輝く蒼い十字の光の輪、通称『後光ハイロウ』と呼ばれるアクセサリーをゆっくりと回転させながら、彦善に迫る女性。


「すいませんでした!」


 慌てて彦善は頭を下げ、駆け出し、雑踏の奥に消えた。


「あらあら……逃げられちゃいました」


 そう呟いた彼女の背後に、何者かの影。


「あのう、失礼ですが許可の無いビラ配りは禁止でして」

「あら」


 現れたのは、駅前交番配属の警察官2名だった。防弾ジャケットを着て、肩に小型カメラを着け、その面持ちは険しい。


「ビラ配りだなんてとんでもない。私は、私物をあの子にお渡ししたかっただけで、待ち合わせ中ですから……」

「先程の様子は録画させて頂いておりますので、言い訳をなさるなら、交番の方で。それとも、貴女の支部にご連絡させていただきましょうか?」

「……」


 その言葉に、修道服の女性の雰囲気が変わる。2名の警察官はそれに反応して、警察官としてつちかった嗅覚からか、何かを怪しんでいた。


「……最近、マルス教をかたる詐欺事件がありましてね」

「あら、初耳です」

「そうですか。立ち話もなんですし、こちらで……」


 そう、片方の警察官が言った時だった。


「探しました、ニュート様」


 巨人が、現れた。


「なっ……」

「わっ……」


 警察官二人は、彼らの倍近くありそうな背丈の大男を見て、わずかにたじろぐ。


「ゴリアテさん。遅いですよ、もー」


 しかしそれを振り払うように、明るい口調で女性は言った。すると大男は見た目通りの低い声で、


「……道が、とても混んでいたので」


 と、返す。

 黒い服を着たその男は、2メートルを軽く超える巨体。女性と同じマルス教を表す紅色のハイロウ、黒マスクにサングラス、ボロボロのボストンバッグを担いだ彼を見て、修道服の女性……ニュートは、ふと首をかしげた。


「もしかして、空港からここまでタクシーで来たんですか?」

「電車は苦手でして。この国は何もかもが小さく……」

「貴方からしたらそうでしょうともね……それで、お二人とも? 見ての通り、待ち合わせということで。ご納得……頂けましたか?」


 にっこりとした笑みが、警察官二人に向く。


「も、申し訳ありませんでした」

「失礼いたしました。お気をつけて」


 そそくさと去っていく警察官二人を見送って、ニュートと呼ばれた女性は巨人に顔を向け、歩き出した。


「米国からはなんと?」


 先程までの柔和な雰囲気を消して、人混みを堂々と、女性と巨人が進む。周りの人々は目立つことこの上ない二人を自然と避けるように、込み合った駅前を帰路についていた。


「首尾は上々、と……」

「あらあら、それは


 そう言って、駅前の噴水脇に腰掛けた彼女は、それまでとは異なる邪悪な笑みを浮かべて、巨人の足を止めさせる。


「チョウジョウ……?」

「Excellent……とでも、覚えておいてください。そして、重なり、という意味もあります」

「……」


 流暢りゅうちょうな日本語で語る彼の女と眼前の巨人に周りの目が向き、カメラアプリの音すら起こる。が、慣れているのだろう、彼女らはそれを意に介さない。


「ふふ。漢字って、本当に面白いですね……見えますか? ゴリアテさん。ここに『重なる』人々の生活が」

「いえ……」

「なら、よく見ておいてください」


 噴水脇に腰掛けた女性はそう言って、


「あと数日で、見納めでしょうから」


 聖母のような笑顔で、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る