第49話 仁と天(6)

青白い顔とぎょろっとした目、口元は不気味に歪み、恐ろしい形相だった。少女の怒りは凄まじく、

今までずっと我慢していた分、タガが外れた瞬間に怒りと憎しみが溢れ出して、少女の発していた黒いもやが巨大化した。竜巻のような形の渦が何十個も街中にうごめき、同時に稲妻が何十か所も走って凄まじい勢いで雷が鳴った。


雷は電柱を直撃し、スパークした火花が電線を伝ってショートし街一帯が大停電を起こした。更に火花が落ちて下草を焼き、乾燥していたであろう下草はあっという間に燃えた。


幸い、下草は電柱の周りに少し有っただけで、燃え広がってはいないが、雷が再び落ちれば火事になる可能性は高い。


それに靄の竜巻もうねうね動いて古びた倉庫らしき建物が吹き飛んだ。このままでは火事が発生し、建物が吹き飛ばされ、街中破壊されて大パニックになってしまう。


そこに現れた白龍様は、この状況を一瞬で変えた。まず雨を降らせて火を消し、燃え広がらないようにした。靄の竜巻は、白龍様の起こした逆巻きの竜巻とぶつからせて一瞬で消した。黒い靄自体も白龍様の発生させた白い霧で全て消し去った。


だが少女の怒りと憎しみは消えず、すぐまた新たな雷と靄の竜巻を発生させた。そしてまた白龍様が消す、の繰り返しだった。


仁と天は冷静に、自分たちに出来ることをした。天は鎮魂の歌を演奏し続けながら心の中で、

 ”どうかお願い鎮まって。貴女はもう苦しまなくていい。幸せになって欲しい”。

そう願いながらひたすら吹いた。仁も必死で真言を唱え、同じく少女の幸せを願っている。


仁と天は少女の幸せだけを祈る。 ”幸せであれ” ひたすらこの事を願い続けた。


どれくらいの間そうしていたのだろう・・・。遠くからかすかに名前を呼ぶ声が聞こえた。その声は段々と近くなり、声もはっきり聞こえてきた。


〈・・・佳、由佳・・。由佳!もう、やめなさい。〉と、優しく諭す声がした。声はするが、姿は見えない。


由佳と呼ばれた少女は呼びかけに気付かず、怒り狂っていた。声の主は再び少女に話しかけた。今度はもっとはっきり聞こえた。


〈由佳!!私よ。お祖母ちゃんよ。迎えに来たわ。〉


今度は聞こえたのか、声の主が何処に居るのかとキョロキョロと捜し始めたのだった。


仁も天も少女の幸せを願いつつ、声の主が少女を助けに来たことに気付いた。二人はそのまま様子を見る事にした。


「おばあ、ちゃ、ん・・。」


〈そうよ。貴女を迎えに来たのよ。お祖母ちゃんと一緒に行こう。〉


「むか、え?!でも、わた、し、は、ここ、に、いな、い、と、だめ。せん、せい、しじ、した。」


〈先生はそんなこと言ってないわ。クラスの子達が、貴女にイジワルするために言ったのよ。だから、貴女は此処から離れていいのよ。〉


「い、じわ、る?い、じわる、だっ、たの?だま、され、たの?」


〈辛かったね・・。苦しかったね・・。由佳ばっかり、何でこんなに辛い思いをしたんだろうね。でもね、由佳はまた生まれ変わって幸せになるのよ。だからお祖母ちゃんと一緒に行こう。〉



「くや、しい・・。ふくしゅ、う、する・・。」


〈それはダメよ。由佳が復讐なんてしちゃいけない。それにね、由佳に酷い事した人達はもう罰が下されてるわ。貴女が復讐しなくても良いのよ。〉


「いや、だ。つ、らい。じぶ、ん、も、やり、たい。きも、ち、はれ、な、い・・・。」


〈そうね。でもしてはいけないの。由佳、貴女は優しくて良い子よ。貴女に復讐なんて似合わないわよ。由佳は幸せになるのよ。〉


「しあわ、せ・・・。」


〈そうよ。由佳は誰よりも幸せになる権利があるの。だから、お祖母ちゃんと行こう。〉


その言葉に、由佳と呼ばれた少女は怒りの感情を徐々に収めた。それに伴って雷と靄の竜巻も収まった。


〈それに、貴女良いお友達が出来たじゃない。その友達に迷惑掛けたくないでしょう?!〉


「とも、だ、ち?」


〈由佳の目の前で、由佳の為に幸せを祈ってるじゃない。私はその声が聞こえて此処に貴女を迎えに来たのよ?貴女が自分で私のところへ来るのをあの川で30年待っていたけど来なかった。その時貴女の幸せを願うお友達の声が聞こえたのよ。だから私が迎えに来たのよ。良いお友達ね。そのお友達に迷惑掛けちゃダメでしょう?!〉


それは私達の事だ。由佳さんのお祖母ちゃんは、私達の祈りを聞いて来てくれたんだ…。


「・・・・・。」


〈お祖母ちゃんといっしょに行こう。生まれ変わって貴女は幸せになるのよ。〉


「いって、いい、の?ここ、に、いな、くていいの?」


〈いいのよ。貴女は生まれ変わって幸せにならなくちゃ。さあ、行こう〉


そう促された由佳さんは初めて穏やかな表情を見せ、涙を一筋流した。そして、


「おば、あ、ちゃ、いっしょ、いく。いく・・・。しあわせ、・・・なる。」

もう、言葉にならないようだった。


〈うん、良い子。いっしょに行こうね…。こっちにおいで。〉


その言葉と同時に由佳さんの目の前に光の道が出来た。その道の少し先に、美しく凛とした着物姿の、お祖母ちゃんと呼ぶには若すぎるくらい若い女性が立っていた。


「いく。おばあちゃん。まってて。」


〈お友達に”有難う”と、”さよなら”しなさい。〉その女性は優しく微笑んで由佳さんにそう言った。


由佳さんは私達の方へ振り向き、「めい、わく、か、けて、ごめん、なさい。ありがと、う。さよう、なら。」そう言って一瞬微笑み、お祖母ちゃんの元へ向かったのだった。


由佳さんがお祖母ちゃんの元へ行き、二人仲良く手を繋いで光の道を奥へと進んでいく。二人の姿が遠く小さくなって、徐々に道は閉じていった。


天「終わったの・・かな?」

仁「うん。お祖母ちゃんが連れて行ったね。」


そんな話をしていたら、一部街に光が戻ってきた。パトカーや救急車のサイレンの音が何台も聞こえる。電柱の修理をしないと全部の復旧は叶わないし、破壊された建物もあるだろう。怪我人もいるかもしれない。暫くは混乱するだろうが、取り敢えず街中が破壊されなくてよかったと思う。


仁「良かった・・。」

天「ホントに良かった。でも、由佳さんの苗字分からなかったね。お墓参り行きたかったのにね。」


仁「過去の卒業アルバム見れば、住所は分からなくても苗字はわかるんじゃない?それに、お墓参りに行けなくても、心を込めて祈ればどこに居ても気持ちは通じると思うし。」


天「そうだね・・。御祖父ちゃんにお願いして一緒に供養してもらおうか‥。」


仁「うん。」


『其方たち、よくやったのう。初陣にしては上出来だ。』


「「白龍様。ありがとうございました。感謝いたします。」」


『ほほ、よいよい。久方ぶりじゃのう。』


仁「お久しぶりです。また会えて嬉しいです。」


天「白龍様。お会いできて嬉しいです。」


『颯よ、其方も久しぶりだのう。』


「ははは。バレているなら仕方ないな。奏白、世話になった。」


「「やっぱり、来ていたんですね…。」」


『よい。子供等のこれからが楽しみじゃな。久しぶりに心躍ったぞ。』


「ああ。これは心ばかりの礼だ。」


お父さんはそう言うと、最高級の日本酒を差し出した。一升で10万円近くする超高級品。

”奏白”という白龍様と同じ名前の酒だ。


『む。これは良いものを貰った。礼を申す。』


「これからも頼む。」


『何時でも呼ぶがよい。仁、天。あの女子(おなご)は生まれ変わって必ず幸せになる。心配無用じゃ。』


天「良かった。でも・・・。なんかモヤモヤします。由佳さんを追い詰めた人たちの事が。」

仁「うん、そうだね。なんかモヤモヤするね。」


『ほほ。因果応報という言葉を知っておるな?今風に言えば、ブーメランというが。』


「「はい。」」


『その者たちは、自分たちのやった事が違う形で自分たちに還ってきておる。親になって自分の子供に苦しめられておるぞ。


ある者の子は凄惨なイジメに遭って引きこもりになった。ある者の子は犯罪者になった。又違う者の子は重い病気で入退院を繰り返し余命幾許も無い。


見て見ぬふりをした教師はモンスターペアレンツに悩まされて精神を患って退職した・・。


そして、女子おなごを死に追いやった者は、原因不明の難病にかかり、体の自由が全く利かなくなって結婚は出来なかった。寝たきりになっておったが、介護に疲れた家族が、真夏にエアコンを故意に止め、

放置して熱中症で死んでしまったが、家族の留守中にエアコンが故障した不幸な事故として処理された。』


「「・・・。」」 由佳さんを虐めていた人たちは、全員特大ブーメランを喰らっていた。


最後に由佳さんにイジワルした子は、先生の指示と偽って動かないようにして、教室のエアコンを止めたと云う事だ。結果、熱中症で亡くなったと云う事になる。もう,イジメの範疇ではなかった。


『善き事をすれば善き事が返る。悪しき事をすれば悪しき事が返る。これが世の摂理じゃ。

二人共、よくよく覚えておくが良いぞ。』


「「はい。肝に銘じます。」」


 ”因果応報” ”世の摂理”


自分がやった事は良い事も悪い事も自分に返ってくる。二人は深く心に刻んだのだった。


白龍様は再会を約束し、上機嫌で帰っていった。


「仁、天。帰ろうか。お母さんや皆が心配して待っているよ。」


「「はい。」」


帰宅した仁と天は、夜食を作って待っていてくれた家族に感謝し、改めて自分達は幸せだと感じた。

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