第18話 鎧武者の悪魔(1)

鎧武者の悪魔




夏休みが目前のある金曜の午後、明日は土曜日だし颯さんと久しぶりにゆっくりしたいな。なんて考えながら大学のカフェで一人でランチをしていた。ここ数か月間は魔物浄化も無く静かな日常だった。このままずっと静かだったらいいな。


そこに携帯電話が鳴った。”結芽”と表示されている。お互い忙しくて1週間程会っていなかった。

「久しぶり。どうかしたの?」と言うと、何だか慌てた様子で

「明日香、今何処に居るの?!」と聞いてきた。

カフェだよと言うと、すぐ行くからと言って電話は切れた。

5分ほど待っていたら結芽がやってきた。なんだかやつれた表情をしている。


「久しぶりだね。なんだか疲れているようだけど大丈夫?」と聞くと、結芽は深刻な顔で

「相談があるんだけど。」と言った。


「明日香、貴女の実家ってお寺だって言ったよね?」

「うん。」


「相談に乗ってくれるかな?!」

「父が聞くけど。何か悩み事でもあるの?」


「うん・・・。」表情がいつもの明るい結芽では無く暗い表情をしている。


「分かった。いつが良い?」

「出来たら今日が良いけど、無理そうなら明日でもいい・・・。」これはただ事ではない、切羽詰まった状況なのかも。


「聞いてみるね。」そう言って携帯電話を取り出し電話をかけた。

「もしもし。お父さん、あのね・・・・・・。うん。分かった。じゃ、言っとくね。」そう言って電話を切った。


「今日は一杯だって。でも明日なら大丈夫だって。時間が夕方四時になっちゃうけど、大丈夫?」

「大丈夫よ。お願いします。」

「じゃあ、待ってるね。」そう言ってその日は別れた。


**

「お帰り明日香。」颯さんが優しく迎えてくれる。颯さんとはますます強い信頼関係が出来ていた。


魔物の浄化にも毎回一緒に行くが、夜の仕事なので私にとって一番最強の魔物は睡魔だ。

次の日は授業中に太腿や手の甲を抓ったりして睡魔に負けてなるものかと毎回戦っている。


颯さんは無理しなくていいというけれど、私が一緒に絶対行くと言うと

「そうか。ならば頼む。」と、困った顔をしつつも嬉しそうに言ってくれる。


「明日友達が来るの?!」と颯さんが聞いた。

「うん。相談したいことがあるって。何だかいつもの彼女ではないし心配なのよね。」

「そうか。ならば私も陰で見てるよ」と言ってくれた。


父も「今日は忙しくてダメだったが明日香の友達だ。明日その分しっかりと対応するよ。」と言ってくれた。

「ありがとう。宜しくお願いします」と感謝し、二人ならどんな内容でも大丈夫と改めて思った。


**


次の日、約束の時間より一時間前に彼女は来た。バスでここまで来たみたいだが昨日よりさらに元気が無くやつれているし着ているものも昨日の服だった。

話しを聞けば、言い難そうに昨日はアパートに帰る気にならずにコンビニで下着を買って24時間営業の日帰り温泉に行ったらしい。


朝になっても家に帰る気がせず、街のカフェ、コンビニ、デパートを渡り歩き、暇を潰していたという。その話を聞いて、あんなに元気が無かったのに一緒に家へ連れて帰って来ればよかったと反省した。


そこまで気が回らなくてごめんと謝罪し庫裏庫裏くりに案内した。本堂には他の相談者がまだいたので暫くお茶を飲んで待ってもらうことに。母がコーヒーとケーキを用意してくれた。


「初めまして。如月結芽きさらぎゆめと申します。宜しくお願いします。」

母に会えたせいか、少し元気を取り戻して挨拶した。

「初めまして。明日香の母です。宜しくね。」と言ってほほ笑んだ。


「あの、お会いできて光栄です。明日香からお母さんだとお聞きして、お会いしたくてたまりませんでした。」


「あら、こちらこそ。嬉しいわ。」

「貴女は何を専攻しているの?」

「ピアノです。」

「そう。じゃあ、今度ご一緒しない?」

「えぇ!是非お願いします。」

その後も大学生活はどう?とか、うんぬんかんぬん、いろんな話をしていたらかなり元気になった。

そしてあっという間に約束の時間になったので本堂に案内したら、明らかに父の顔が強張った。


「初めまして。今日はよろしくお願いします。」と結芽が挨拶した。

「こちらこそ。明日香の父です。」と挨拶したが、いつもと違う父に違和感を覚えた。

結芽は若干怯えていた。


「じゃあ、私は席外すね。」と言うと


「ううん。一緒に居て。」と縋るように言われ「分かった・・・。」と言って父と一緒に話を聞く事になった。


「私はアパートに住んでいるんですが、2日前眠っていたら夜中に人の気配がしたんです。怖いけど目を開けたら甲冑を着た武者が窓際に立ってこっちを見ていたんです。私は自分の目を疑いました。

でも何度見ても武者は見えるんです。しかも眼が金色に光っていたんです。あまりの恐怖に倒れそうになったんですが何とか逃げなきゃ!と自分を奮い立たせてすぐ部屋から飛び出したんです。でも夜中だしパジャマで遠くには行けないので近くの公園に逃げ込みました。でも公園だって安心できる場所ではないから恐る恐る帰ったんです。その時はいなかったんですがどうしても怖くてその晩は玄関のドアを少し開けて電気付けて玄関の隅で膝抱えて朝まで震えてました。それから身体がすごくだるいし頭の中で声が聞こえるんです。」と、ですます調のオンパレードで、恐怖を振り払うように早口でまくし立てるように一気に話した。


玄関を開けて一晩過ごすなんて、防犯上怖かっただろう。だがそれ以上に武者の霊が怖かった事は想像すれば分かる。


「どんな声が聞こえるの?!」

「死ね、助けて、苦しめ、殺す、たま寄越せと。まだありますが一番聞こえるのはこれ。もうどうにかなりそうです。」


その言葉に対して父は、

「脅すわけではないが、君は死の危険に晒されているよ。」と言った。


「ええ~~~!!」と彼女は眼を見開き恐怖に慄いた。

「どういうこと?」とびっくりした私も聞く。


「金色の眼というのは妖魔や悪鬼の類だ。成仏できなかった武者の亡霊が何百年も彷徨い、怨念、無念、妬みといった無数の死者の念を武者は取り込んでいた。それが何百年も続いて亡霊から妖怪、妖魔、最後には悪鬼になってしまった。悪鬼になった武者は死者の念だけではなく生きている魂を求めた。きっと今までにも犠牲者はいたと思うし、現代でも根無し草になってずっと彷徨っている。

そして偶々たまたま君の住んでいるアパートに入ってきて、寝ていた君の魂を吸い込もうとしたときに目が覚めて逃げられてしまった。だが、目を合わせてしまった君の事を武者は覚えているから何処に居ようと必ず取り込もうとする。」

つまり、ロックオンされたということか。


「私、死ぬんですか?」結芽は震えながら聞く。

「このままだとそうなる。」


「そんなの嫌です。ピアニストになりたいし、これからやりたいこと沢山あるのに!」と涙を流す。

「お父さん、何とかならない?!」と、私も訴えた。父は私に目で合図した。


(お前たちの仕事だよ)と・・・。


颯さんも私の頭の中に話し掛けてきた。「私達の仕事だね」と。


そうだった。ここ数か月間で平和ボケしていた。颯さんと私の仕事だ。父に小さく頷く。


「大丈夫。こういう時の為に此処はあるから絶対死なせたりしない。それには準備もあるし今日から暫く家に泊まってほしい。除霊は明日の夕方から行う。どうかな?」


その提案に暫く考えていた結芽だったが、言い難そうにしながら


「ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。でも・・。こんなこと言うのは気が引けるんですが。その・・あまりお金がなくて。何としてもお金は払いますが分割になってしまうかもしれません。本当にごめんなさい。」と誤った。


父はフフッと笑って「明日香の友達なんだから特別料金だ。無事解決したら君のピアノを聞かせてくれればそれでいいよ。出来れば明日香と一緒に。」


結芽は眼を見開いて、

「そんな事でいいんですか?!喜んでお受けいたします!!本当に有難うございます。」と嬉しそうに笑った。

「じゃ、決まりだね。」そして結芽はうちに泊まることになった

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