第2話 信じられないが転生したようです
「おい起きろ。道端で寝てたら追いはぎに合うぞ」
目を開くと俺はオジサンに起こされていた。
だが彼の服がおかしい、日本風ではない。まるで中世ヨーロッパで着ているチュニックのような、簡易な布の衣装だった。
「す、すみません。ありがとうございます……」
ひとまず礼を言って周囲を見回すとどこかの路地裏のようだ。だがおかしい、というかこれまた中世ヨーロッパ風のレンガ建築物ばかりだ。
あれ? 俺って自宅でゲームしてたはずじゃ……。自分の服を見ると、どこかで見覚えのある革鎧やマントをつけていた。
「あ、あの……ここどこでしょうか?」
「なに寝ぼけてるんだ。エルス国の王都ラレンティアだろうが」
俺はエルス国という単語に思わず反応してしまった。
エルス国は『アルテミスの野望』における、セリア姫の統治する国家だ。すぐ滅ぶけど……セリア姫……うう。
「ははは、何を冗談を……今の俺にとって、これ以上に笑えない冗談はないですよ?」
今の俺にセリア姫はNGワードだ。
「な、なんか迫力あるな兄ちゃん……冗談なわけないだろ。酔っぱらうのもいい加減にしておけよ」
オジサンはとても嘘や冗談を言っているようには思えない。
周囲を見回すと看板には『エルス国』や『セリア姫』などの単語がある……。
「…………は?」
それらの単語は散々見てきたものだ。
俺の知っているゲーム、『アルテミスの野望』の固有名詞たち。
そんなものの看板があるということは……ここはまさか……。
俺は周囲の建物ではなく、更に遠くを見渡す。すると屋根に不思議な二枚の翼を飾った、そびえたつ城が見えた。
……『アルテミスの野望』は国盗りゲームなので、街の細部などはそもそも造りこまれていない。だがあの城、清廉をあらわす白亜の城は知っている。
王都ラレンティアの元象徴。散々見せられたセリア姫の処刑シーンで、常にバックに映っていた城……。
あんなものがあり得るはずがない。城に翼をつけるなどという奇想天外な造りなど、普通なら城の強度が落ちるだけだ。
「ま、まさかここ……『アルテミスの野望』の世界……? い、いや待て、そんなはずは……」
「大丈夫か? 頭を打ったのか?」
思わずブツブツと口に出してしまい、起こしてくれたオジサンから不審がられてしまった。
「ああいえ大丈夫です。ところでもう少し色々と教えて……」
「そ、そうか。じゃあワシはそろそろ行くぞ。早く行かないと討伐軍の出陣が見れん」
オジサンは脱兎のごとく去ってしまった。
しかし討伐軍の出陣? 出陣と言えば『アルテミスの野望』にもあるコマンドのひとつだ。いや軍の単語でもあるが、ここがもしゲームの世界ならば……。
俺は急いで立ち上がり、オジサンの去って行った方向に走る。いつもよりも明らかに足が速い、まるで自転車に乗っているようだ。
路地裏から広い道へと出る。すると大勢の男が、開いた門の前でたむろしているのが見える。
男たちはひとりを除いて普通の布服を着ていて、鎧や剣などの武装はつけていない。
討伐軍というよりは祭りにでも集まっているかのようだ。だが俺は息をのんでいた。もしこの世界が『アルテミスの野望』ならば、この状況に説明がつくからだ。
そして軍の先頭に立つ女騎士が剣を空に掲げた。
「総員、出陣するぞ! 『剣陣』を敷け!」
女騎士が叫んだ瞬間だった。男たちが光に包まれて、いつの間にか鎧や剣を装備した兵士へと変貌した。
俺はこのおかしな状況を知っている……こ、これはアルテミスの野望の兵科陣形システム!?
いや待て!? 鎧で顔が見えていなかったが、よく見たらあの女騎士も知ってるキャラだ!?
「我に続け! 野盗どもを打ち砕くのだ!」
女騎士を先頭に兵士たちは門を出て行く。
俺は混乱しながらもその進軍を見続けた。彼らが去るまでずっと。
そして兵士たちが全員いなくなった後に、ようやく頭が回り始める。
「ま、まじかよ。この世界、本当にアルテミスの野望の世界なんじゃ……!?」
大勢の兵士にいきなり鎧や剣が出現する。そして『剣陣』という単語……荒唐無稽と笑われるだろうがそうとしか思えないのだ。
「そうだとすると……今は何年何月だ!? すみません! 今日は何年何月ですか!?」
近くにいた女の人に声をかける。
「今日は魔歴1543年の2月だよ。それがどうしたんだい?」
「!?」
魔歴1543年。セリア姫が処刑される年だ。
だが処刑される月は……10月だった。つまり俺は……。
「セリア姫が処刑される前の年代に、いる……?」
今の状況がどうとか、今後どうするのかとか。そんな気持ちは消し飛んでしまった。
ただひたすらに肌がざわつき、身体が興奮しているのが分かる。だって……。
「セリア姫を……助けられる?」
「おいあんた大丈夫かい?」
潰えたはずの願いが、再び手に入ったのだから。
心臓がバクバクする。試しに頬を思いっきりつねる、痛い。
まだ不安なので腕、腹、太ももと力いっぱいつねっていく。全て痛い。
しかも自分の髪が少し見えるのだが真っ赤で、しかも体が妙に若々しい。近くにあるガラスを覗き込むと、俺の見た目は変わっていた。
フーヤ・レイク――俺がいつもゲームで遊んでいたオリキャラ。
原理はよく分からない。何故こうなったのかも理解ができない。だがもしこれが夢でないとするならば……俺はアルテミスの野望に、足を踏み入れているのだ。
「ま、まじか……嘘だろ!? しかもこの年代なら、セリア姫を助けられることも……!? 助けられる!? セリア姫を!?」
「きゅ、急にどうしたんだい?」
「これが奇跡か!」
「気味が悪いねぇ……」
女の人がドン引きして俺から離れて行く。
だがそんなことはどうでもいい。だって俺は…………大好きなゲームにいるのだから!
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