第9話:よろしい。かかていらっしゃい!

「聖女様~。あっちのお店からこっちの建物までは、百二十八歩だったよ~」


「聖女様。この大通りは朝の鐘から次の鐘までに、貴族様の馬車が十三台。荷馬車が四十二台通った。お駄賃くれよ」


 スラム街にある修道院の裏側に設置した簡易作戦指令室に、次から次へと子供たちがやってきます。


 わたくしに調べて来たことを報告した証の木札を受け取り、炊き出しをしている表の修道院でお粥やパンを受け取ります。


 現在、王都の都市マップを作っております。


 何をするにも情報がすべてを制しますから。


 やっと大まかな都市マップができあがったのですが、それを見ると計画性のないつぎはぎ街路と建築基準法を思いっきり無視した、ごみごとした建造物のつらなりが見えてきました。


 これでは地震が来たら一発で大災害になってしまいます。

 災害対策をプランニングしてリース様の手で、政府上層部へ提案していただきましょう。


 そしてわたくしたち、と言っても、まだわたくしだけですが、秘密結社アイザックの収入源として活用します。


 この食べることもままならない多くの浮浪児たちにパンとオートミールを与える代わりに、各種店舗の商品価格を毎日調べていただきます。


 その価格によって市場に流れている物資の多少を判断。

 海外からの仕入れ値段を推定するとともに、今後の輸入量とアルバトロス領における来年の作付けを決めてまいります。


 子どもたちには、ご協力いただいている修道院の修道士様による読み書き計算を習わせて、数年後には各地の商会員や行商人となっていただきます。


 そして表から裏から秘密結社アイザックを支える構成員となっていただくのです。


 あ、そういえば秘密結社であるならば戦闘員が必要と、二十世紀の古典映像『戦隊もの』というジャンルでは常識。


 これはアイザックさまの求めるものでしょう。

 重点目標として戦闘員養成計画を練りましょう。


 だめなら派遣社員として一般人を雇って、目出しマスクをつけて戦っていただきます。

 弱くてもかまいません。

 形だけそろっていれば満足していただけるでしょう。


 様式美は大事です。



「ルシェル様。本当にありがとうございます。この貧乏修道院に多額のお布施ばかりか、多くの信者を集めていただき」


 表にある修道院の痩せている修道士さまが、胸にかけたカンタベリア国教会の印を模したロザリオの前で印を切ります。


「誠に聖女という噂にたがわぬ情け深い行い。ムーサの女神さま方も祝福をくださいましょう」


「聖女などと仰らないでくださいませ。わたくしは単なる俗物。土地のものが勝手に付けた愛称のようなもの。

 悪く言うものは灰色の魔女と呼びますわ」


 あくまでも謙遜モードがこの場合は最適解。

 合理性のみならず、心の奥底からそういう思考が沸き上がります。


「それより修道士様。この作業はお任せしてよろしいのでございましょうか? 手順はすでにご理解いただけましたでしょうか?」


「はい。それはもう! これは王都を、より住みやすく豊かにするための下準備でございましょう? 喜んでご協力させてください」


 そして口留めに、イゴール作の純金製燭台を差し上げて、作業をお任せいたしました。


 これで来年から安定した収入が。


 ……ああ、また金貨が入ってきてしまします……


 いいのです。

 入った分だけ、使えばよいのですから!


「金は天下のまわりもの」


 金属としての金貨は腐りませんが、ある一部の人間に集中して動かなくなると経済が腐って、文明が崩壊していきます。


 そんな具体例は歴史上幾度となく経験していた地球。

 歴史データがわたくしに『無駄遣いをしろ』とコマンドを出してきます。


 ですが、修道女の意識と合体してきたルシェルとしては、無駄遣いは決してできません。


 なので無償の奉仕をすることで、経常収支のバランスを取っているのです。


 どなたです?

 こじつけ理論だとおっしゃる方は。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ルシェル嬢。国務省から呼び出しがあった」


 青ざめたリース様が、わたくしの部屋に入って参りました。

 最近は毎日というくらい、この伯爵の邸宅へお越しになります。

 その度に何かを持ってまいります。


 プレゼントと称して、花束や装飾品、舶来品の小物など。

 恥ずかし気に手渡して来るようになりました。


 ですがそれらの品は、全てノクタンス商会の息がかかったお店で購入されたものです。


 お値段がすべてわかってしまうのですが、最近どんどん高価なものになってまいります。


 このままでは放蕩貴族として堕落してしまいます。


 なにか方策を考えねば。

 お金は人を堕落させます。



「それはよろしかったですね、リース様。きっと日頃の功績をたたえてくれるか、新たな任務を……」


「ちがうのだ。ルシェル嬢。お父上のウェルズリー伯爵に召喚状だ。謀反の疑いありと。それと同時に君の異端審問もあるかもしれん」


 わたくしはその言葉を最後まで聞かないうちに、高速演算して結論を出していました。


 あの修道士様が口を割りましたね。

 あるいは口が滑った。

 もしくは小さい子供が言いふらしたか。


 それらの細かな情報を組み合わせて、わたくしの意図を推測し、阻止しようと。もしくは利用する。


「心配しなくていい。俺がルシェル嬢を守る、絶対に。俺の、い、許嫁だからな!」


 リース様が力強く肩を抱いて、ハッとした表情で腕を引っ込めます。

 敵の危険性を察知したのでしょうか?

 言葉に迷いがあります。

 

 顔も赤らんでいる所を見ると、ガッツで満ち溢れているのでしょうけれど、どうに行動したらよいかまだ検討中なのでしょう。

 


 さて、この謀略の目標は何でしょう?

 

 わたくしの義父であるウェルズリー伯爵を陥れる策略、だれが得をするのかを考えて敵を想定し、対策を練りましょう。


 伯爵への嫌疑は「謀反の計画」「地図を作り王都に敵国を攻め込ませる手引き」あたりでしょうか。


 まさかわたくしが秘密結社を作ろうとする計画まで察知されている事は考えられません。


 いずれにせよ、一筋縄ではいかない組織、あるいは頭脳の持ち主が仕掛けて来たということですね。



 よろしいですわ。

 受けて立ちましょう。


 これでもHAL-9801BX9は二十二世紀で二度、三次元リアル軍人将棋で年間シリーズ七冠を達成しております。


 どこからでもかかっていらっしゃいませ。


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