第6話:裏本作戦です

「これはこれは聖女様。ようこそおいで下さいました。お前たち、尾行はないでしょうね」


「はっ。一組探っておりましたが巻いてまいりました」


 出迎えた紳士はノクタンス商会の商会長さま。


 王都の商業地区の一等地ではなく、少し奥まった場所にあるノクタンス商会王都支店でお茶に手を付けようとしているHAL……間違い、ルシェルです。

 

 プリムのお蔭で少しだけ外出ができるようになりました。

 有難いことでございます。


 

 尾行がつくということは、どうやら伯爵さまの邸宅を張っている秘密組織があるらしいです。


 通常考えられるところは、先に行われた大陸の雄、トリュフ共和国との決戦で名を馳せた陸軍司令官の弱みを握り、次の戦いで有利になろうという隣国でしょうか?


 あとは陸軍と仲の悪い海軍系貴族。

 それと王家を陰から支配している財務官僚。

 カンタベリア国教会の可能性もあります。


 ですがわたくしなどをつけても意味がな……くありませんですね。

 養女が今、あんなことやこんなことを企んでいると知れば、大スキャンダルとなってしまいます。



「聖女様」


「ルシェルとお呼びください。このようなことをさせている聖女などおりませんので」


 商会長さまはうやうやしく頭を下げてからの報告を始めました。


「経済の支配は大分進んでおりますが、貴族、政界への工作はまだ始まったばかりでございます」


「財務官僚への浸透工作は?」


「一人だけです。ハニートラップを使わせていただければ相当数の寝返りを期待できますが」


 殿方はそちら方面の欲望がお強いとのデータが、それこそ唸るほどあります。


 ですがなぜか「それはいけません!」という感情がわき起こり。


 しかたなく次善の策を練っております。


「では文化的な支配はどのくらい進展を?」


「それもかんばしくなく。美術分野は国教会の統制が厳しく。ファッション、食品などは未だアイデアがまとまっておりません。

 唯一、ルシェル様がテコ入れされた化粧品と飲み物部門だけ、商業展開の準備が進められております」


 難しいですね。

 お金があっても人材が集まらなければ何もできません。


「ナーロウ商会は人材募集をしているのでしょう? これをもっと強化して高収入をエサに能力のある人材を集めましょう。やはりインセンティブがないと」


「既に試みておりますが、新しいアイデアを思いつく人材は少なく。アイデアがあっても、それを実現するという実力者も少ないです。やはり時間がかかります」


 この世界では教育機関らしきものがございません。

 文盲率も九十%を超えていて、貴族や宗教関係者くらいしか文字が読めないのが現状。


 これでは経済発展もできません。

 わたくしはアゴをひねり、小首をかしげて三秒ほど高速演算しました。


 データが足りませんが、これしかないでしょう。


「商会長様。方針転換です。識字率をあげる方策を実行してくださいませ」


 今日の所は出直しましょう。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「商会につきました、ルシェル様。今回は二組が追跡してまいりましたが、きちんと巻いてきました。ご安心を」


 そう報告してくださる護衛の方と分かれ、商会長とプリムだけが残りました。

 一昨日おとといぶりのノクタンス商会です。


「商会長様。これが今回の武器でございます」


 わたくしの前にあるテーブルに、プリムが分厚い革表紙のついた本を五冊、置きました。

 しかし中身は凄く薄い本です。


「これを売りに出すのですね。中身はどのような?」


「殿方用の秘密兵器です。うまく市場に流してくださいませ」


 商会長さまはその本に軽く目を通しました。


 その表情は、最初引き気味であったのですが、途中から赤くなり、次第に鼻息が荒くなりました。


「こ、これを市場に流すのは、ナーロウ商会ではまずいですね。ノクタンス商会が別部門でフロント商会、いや秘密の書店を作りましょう。

 そうでないとお堅い教会関係者から目を付けられる危険が」


「最初は貴族へ。人気が出たら、以前からお願いしていた紙の大量生産のめどが立ち次第、庶民が手にできるように安価で流通させましょう。

 できるだけ多くの殿方に読んでいただき、識字率をあげる要因となるように手配してください」


 商会長様は、本に軽く目を通し終えて、わたくしの顔をまじまじと見られました。


「それにしてもこのような破廉恥な作品、どなたが書かれたのでしょう? すごい才能です。

 ここ。ここです。主人公をさりげなく誘って来る女性の蠱惑的な仕草!

 いたるところに男性をひきつけてやまぬ表現が!

 これは大反響を巻き起こしまずぞ!!」


 すみません。

 わたくしが書きました。


 二十一世紀の一時期、AIが文学を書き散らすことが流行し、Web作品のほとんどすべてがAIによって書かれました。


 ですがやはり元になるインスピレーションは必要でした。


 エジソンの名言。

「九十九%の努力も、一%のひらめきがなければ意味をなさない」

 ということがそのまま適応されました。


 ディープラーニングの限界です。


 でもこの世界では、地球で流行った膨大な作品を元データにして小説を書くことなど、たやすい事。


 では何を書けばよいか?


 これも歴史が証明しています。


 二十世紀末のビデオデッキの普及が、AVソフトの視聴目的での購入が大きな比重をしめていた事実。


 二十一世紀の動画ストリーミング技術が、AV視聴による市場拡大と呼応して加速していった事実。


 これらを判断材料として、今回の作戦を考えました。


『裏本を流行させて識字率を上げよう作戦』


 普通に文学を流行らせようとしたのですが、データの偏りからこの方法を選びました。


 性描写の多い作品や、ラノベ、マンガアニメ等のデータは膨大にインプットされているのですが、純文学などが非常に少ないのです。


 なぜなのでしょう?



 私が哲学的で難解な疑問を解こうと、お茶を飲みながら十五分ほど高度な推論を行っていると、応接間に二人の人物が入って参りました。


「商会長。店舗の裏口から侵入しようとしていた者がいましたので、取り押さえましたがいかがなさいますか?」


「放しなさい! 私を誰だと思っているのですか。ウェルズリー伯爵の長女エリーザです。

 その汚い手をどけないとお父様に言いつけてやりますことよ!」


 エリーザ様。

 ごきげんようでございます。


 過去のラノベという作品群でこのシチュエーションは、わたくしが悪者である確率が七十八%以上のような気がします。


 なるほど。

 悪の秘密結社を作っているわたくしが悪者であることは正解ですね。

 さすがは優秀な軍司令官である伯爵さまのお子様。


 鋭いですわ。


 では秘密結社の女幹部であるルシェルは、どのように対応すればよいのでしょう?




 ◇ ◇ ◇ ◇


 次回。

 悪の幹部、ルシェルはどんな極悪非道なことをするのか?

 抱腹絶倒、腹筋崩壊注意。

 乞うご期待!


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