第2話:すべては神のおぼしめしです

 <リース=アルバトロス視点>


「あの教会か。灰色の聖女殿が住まう建物は。ずいぶんとボロい、いや……趣のある教会だな。まるで魔女が住んでいそうな……」


 俺、リース=アルバトロスは拝領したばかりのアーシモフの地に入った。


 先の決戦で、敵兵力を誘引する一番危険な部隊を指揮して作戦を成功させた勲功を認められ、作戦参謀だった前子爵ゴットホープ辺境伯が治めていた地、アーシモフ地方を拝領した。


 この地は広さこそ子爵領程度だが、その収入は優に伯爵領を超えるという。


 何故かはわからない。誰もが不思議に思うことなので政府はもちろん他貴族、はては外国勢力もスパイを送り込んでいるという。


 だが一向に原因が探れないという事だ。相当厳しいかん口令が敷かれているらしい。


 ゴットホープ殿はこの教会に住まう、領民から聖女と呼ばれ敬われている修道女を大事にせよと言われた。

 

 その修道女は、カンタベリア国教会から聖女に列せられてはいないが、この地のものからとても敬愛され『灰色の聖女様』と呼ばれているそうだ。


 なぜ『灰色』なのかは不明だが、付き合っていくうちにわかるであろう。

 

 何にせよ我が領民だ。大切にしなければならない。


「リース様、もはや貴族となられたのですから、くれぐれもそのような失言なさいませぬように。

 貴族社会ではその言葉、あげ足を取られてしまいます」


 寄子よりことしてつけられた一代騎士ナイト爵の従者は他男爵家の三男坊で、今回俺の部下として参戦、一緒に爵位を賜った猛者だ。

 一応、貴族としての心得はある。


「魔女のような」と言ってしまったことが失言だとは。

 貴族というものは窮屈な身分だな。


 俺は根っからの武人。

 たたき上げの騎士だ。腕一本でここまで栄達した。二〇歳代では世界でも屈指の武人だと自負している。


 だからもちろん内政など出来るはずがない。


 さらに社交や、女性との交際など未経験に近い。

 助言をしてくれる優秀な人材を集めねばな。


「なんでも聖女様が『灰色の』と二つ名をもって呼ばれるのは、お召し物がいつも灰色だからという事と、それから……」


「それからなんだ?」


「常に目立たぬようにしたいとの仰せで、栄誉や名声、金銭にはとんとご興味がないとのこと。

 いえ、それらを大変忌み嫌っていると」


 なかなか好感が持てるな。

 皆へ無償で奉仕する、本当の聖女のような修道女なのであろう。


「まあいい。ゴットホープ辺境伯の示唆では、新領地に赴いたら何を置いても聖女様にご機嫌うかがいをせよとの事。

 この地で相当な影響力を持っているのであろう」


 男爵は領地の様子を巡視しながら騎馬を進めていくと、前方に見えて来た教会の異変に気付いた。


「なんだ。あの光は? 全ての窓から黄金色の光が……」


 どっかぁ~~~~ん!!


 伏せる間もなく衝撃波が襲って来るが、この程度で落馬するような俺たちではない。 

 乗馬をなだめて、直ぐに戦闘態勢に入る。


「リース様。見てください。教会のすべての窓から煙が!」

「火事か? 消火を急げ!」


 俺たちが駆けつける前に、教会の半分壊れそうな正面の門から、一人の女性が「ケホケホ」いいながら、よろよろと這うように出て来た。


「失敗しました。狭心症の方へのお薬、ニトログリセリンを作っていたら爆発してしまいました。

 ケホンケホン……あら、お客様?」


 周りの灰色の煙を手で振り払い、彼女は俺達を壊れかけた教会にいざなう。


 聖女というよりも魔女のようだな。それもドジなポンコツ魔女だ。


 しかし。

 この顔は、……好みだっ!



 ◇ ◇ ◇ ◇


 <ルシェル視点>


「この度陞爵され領地替えされたゴットホープ殿に代わり、この地を拝領したリース=アルバトロスと申す。以後良しなに」


 まあ。

 ご婦人がたに人気のありそうなお姿。周りを圧倒するような金髪。

 アイスブルーの瞳は意思の強さを表すように、冷静さと勇猛果敢さを感じさせます。

 それに付け加えて、ちょっと恥じらいのある純情そうな表情。


 わたくしのメモリーに、このような方を表す古典的な慣用句が見つかりました。


「尊い」

「ふつくしい」


 というセリフを小声で発音。

 

 アイザックさまにお見せする映像と音声に残しました。お気に召していただけたら良いのですが。


「まあ。新しい領主さまですね。お待ちしておりました。これから精いっぱい領民として尽くしてまいります」


 いつものようにアイザックさまの聖なる印を結ぶ。


「不思議な印だな。初めて見る。意味を誤解されそうだが。

 まあいい。この教会は領民から慕われていると聞く。だが相当建付けが怪しくなっているな。皆に修理をしてもらうとかしないのか?」


「いいえ。皆さまには皆さまのお仕事がございます。わたくしは雨風がしのげればそれで充分です。最近ちょっと雨漏りしますが」


 さっきの爆発で、さらに雨漏りがしそうですけど。

 下手に建物内は見せられません。


 そうそう。預かっていた手紙を早くお渡ししなければ。それに私が書いた書類も。


 祭壇に置いてあったゴットホープさまからの内密な手紙をお渡ししました。


 男爵様の顔が見る見るうちに驚きの表情に。


「なん……だと? ゴットホープ殿の手柄、すべてこの灰色の聖女の助力でなされたと。だから俺も助力をしてもらえと」


「はい。くれぐれも内密に。それさえ誓っていただければ、今後も領主さま、領民の皆さまのために誠心誠意がんばります」


 わたくしは昨日、男爵様へ提案する改革案を、夕食の準備とあとかたずけという大変困難な苦行の後に書き始めました。


 それはそれは膨大な時間的リソースを使いました。


 四時間かかった夕食のかたずけの後の、二十三時三十分から深夜二十四時までの三十分というとてつもなく長い時間です。


 今後のアルバトロス領の内政案と軍制組織案。

 技術的な特異点を創造する産業革命に必要な人材育成案。

 それに伴いゴッドホープ様の時にはできなかった教育制度改革。

 更には教育に必要なお雇い教師や教材備品の製造入手方法などなど。


 それらをまとめた羊皮紙の巻物百巻をお渡ししました。すこし少なかったかもしれませんね。


 おかげでお肌や髪のメンテナンスや、アイザックさまへお送りする3Dアニメ映像の編集の時間が3時間しか取れませんでした。


 その要点が書かれたA4版羊皮紙を見た男爵は、巻物の山とゴットホープさまの手紙、それからわたくしの顔をかわるがわる見て、こめかみを揉み始めました。


「灰色の魔女か。灰色は衣装の色か? このすすけた教会から来ているのか? 

 だが魔女のような人物であることは確かだ。聖女ならばこのような遠大な計画、そして緻密な工夫や突飛な研究はしないだろう。

 全ては神の思し召しとか言って祈るだけに違いないからな。

 だが、顔は正しく聖女……」


 し、失礼ですわ。魔女などと。


 わたくしはただ、聖なるで「ほんの少し」リソースを使っただけで。


 これも神の思し召しです。


 わたくしは敬虔な思いで、アイザックさまの印を結ぶのでした。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 次回。

 男爵から超困難な任務を与えられる。

 頑張れ超優秀なポンコツAi聖女さん!

 乞うご期待。


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 ★なんかもうれしいです。


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