辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ

第1話  いきなりなんなの

 男爵令嬢である、私、クレア・レッドバーンズは「お前にご飯を食べさせる余裕はないから」と、15歳のある日、自分の家から追い出され、婚約者であるムートー子爵家に居候する事になった。


 ムートー子爵夫妻はとても良い人達で、追い出された私を不憫に思ってくれ、自分の娘の様に、とても可愛がってくれた。

 けれど、私が16歳の頃、子爵夫妻は、旅行先の辺境で敵国の襲撃に巻き込まれて亡くなってしまう。

 二人の死を悲しむ暇もなく、精神年齢がお子様である子爵令息は、19歳で爵位を継ぎ、子爵になった。


 彼はあまり頭が賢くなく、仕事の覚えも悪いので、私が代わりに子爵家の仕事をやりはじめると、彼は何もせずに、遊び呆ける様になった。


 それから1年が経ち、17歳になった私は、今も子爵家で居候を続けていたけれど、突然、そんな生活が終わる日がやってきた。


 それは、ある日の夜中の事。

 眠っていた、私の部屋の扉が乱暴に叩かれ、私の婚約者である、ムートー子爵が私を呼ぶので、明かりをつけてから、寝巻き姿で部屋の扉を開けると、私の顔を見るなり、彼は叫んだ。


「お前みたいな陰気な女が家にいると思うだけで、この家に帰りたくなくなるんだよ!」


 ゴトン。

 何かが投げつけられ、私の太腿に当たった。

 視線を落とすと、足元には、彼が先程まで持っていた酒瓶が転がっていて、まだ残っていた中身がこぼれ、私の薄汚れた靴と部屋の床に敷かれたカーペットを濡らしていた。


 私の髪は艶はあるけれど、真っ黒な髪で、ストレートの長い髪をくくらずにおろしているのと、体型は、ここ1年まともな食事をしていないので痩せ細り、暗闇で無言で立っていると怖いらしい。

 自分ではわからないけれど、表情も乏しいらしく、可愛い顔立ちをしているんだから、もっと笑ってほしいと、子爵夫妻からはよく言われていた。

 

 それにしても酔っぱらいは嫌いだ。

 彼はもう成人でお酒を飲んでも良い年だから、酒を飲む事を反対するつもりはないが、のまれるくらいまで飲むのは、いい大人なんだからやめてほしい。


 そんな事を思いながら私は一歩後退した後、私の部屋に訪ねてくるなり、酒瓶を投げつけてきたガレッド・ムートー子爵を睨みつけて言う。


「帰りたくないなら帰ってこなけりゃいいでしょう」

「何を言ってるんだ! ここは俺の家だぞ!」

「そうかもしれませんが、あなた、家の事は何もせずに遊んでいるだけじゃないですか。帰ってこなくていいのはあなたでしょ」

 

 言い返すと、ムートー子爵は茶色の肩まで伸びた髪を、手でかきあげてから、私に言う。


「お前は用無しだ! 出ていけ!」

「はあ?」

「両親に売りに出された惨めなお前をおいてやっていたのに、反抗的な態度を取りやがって!」

「売りに出されたんじゃないわよ。放り出されたの」

「うるさい、黙れ!」


 ムートー子爵は私の部屋の中に勝手に入り込んできて、部屋の中を荒らし始めた。


「ちょっと止めてよ!」

「うるさい、黙れ! このブスが!」


 ムートー子爵は止めようとした、私の腕を振り払って叫んだ。


「あなたに言われる筋合いはないわよ!」

「ちょっと、ガレッド、まだ、話が終わらないの~?」


 廊下の方から声が聞こえ振り返ると、見知らぬ女性が、金色の長い髪を揺らし、厚化粧の顔を歪めながら、これまた勝手に部屋の中に入ってきて、私と目があったかと思うと、指をさして笑い始めた。


「やっだ~! ガレッドの婚約者ってこれ!? やっば~! 終わってるじゃない!」

「はあ? いきなりなんなの、あんた。終わってんのはあんたでしょ。というか、人の部屋に勝手に入ってこないでよ。不審者」


 夜中に人の部屋にやって来た上に、家具を壊そうとするわ、ブスだの、これだの言われた私は、とうとうブチ切れた。

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