4-3 理想の世界じゃないけど、大丈夫そうなんで

 毎日死にたいって考えたことあるか? 



 毎日毎日死んでしまおうって考えたことがあるだろうか。



 無いだろう。そんなこと。



 普通はない。



 普通はないんだ。



 たまに死にたいって思うことがあったとしても、毎日っていうのは普通はないんだ。でも、普通でなくなった人は毎日死にたいって考えるし、世界のすべてが常に敵だと思うし、毎日毎日頭抱えながら呼吸して、ぎりぎりで生きている。



 それを鬱病、ってひとことで片付けてしまえば、とても簡単なように思えるが、この精神的状態はとてもじゃないがそんな簡単ではない。まず他人には、普通の人には理解できない。普通の人は死にたいとか、死んだら楽になるのだろうとか考えないからだ。生きるのが辛いとか、明日が憂鬱だとか、仕事や学校が面倒だとかそんなことを考えているんじゃない。それらとは同じじゃない。生きていても意味がない、生きている価値がない、自分の存在を自分で否定する、だから生きているよりは死んだほうがマシだ、死んでしまおうって考える。実行手前まで至る。ギリギリで生きてるってのは嘘じゃない。苦しくて苦しくてどうしようもなくなる。座っているだけで涙が出てくるんだ。何もしなくても悲しくなくても、勝手に泣き出すのだ。何が悲しいのかわからない。なぜ泣いているのかわからない。だけど涙はいつの間にか出ている。



 こころが壊れてしまったかのように。ぼろぼろになって、崩れ落ちてしまったかのように。



 だから終いには自分を傷つける。手首を切ったり、薬を異常に飲んだりして、死の真似事をするんだ。死にたくても死にきれないから死ぬ真似をする。自傷行為はそんな心理状態から行われる行為だ。だから言ったろう? 普通じゃないって。



 秋田谷あきたや陽光ひかりが普通じゃなくなったのはここ一ヶ月くらいだという。それは前触れ無く、唐突に訪れた。おそらく積み重なってきたことが、ふとした時に崩れて訪れたのだろう。



 背景としては、それこそ神社の一人娘だとか、跡継ぎだとか、自分の将来とか、父親の店を続けてきたとか、マスターとか、僕らとか、接客とか、人間関係とか、そういうのがまとめて積み上がっていたのだろう。積み上がって作り上げたものが、ふと振り返って見たときに、それが偽物に見えた瞬間に、すべてが壊れる音を聞いたのかもしれない。



 僕らが知らないところで、一人きりで自傷行為を繰り返していた彼女が出会ったのが狐だった。白い尾が一つのか細い狐だったそうだ。たった一匹のなんの力もない、妖狐にすら成りきれていない貧弱な狐が、死の瀬戸際を揺らぐ人間の魂と出会ったのが運の尽き。狐は不安と死を求める不安定な感情を餌として百尾の妖狐に成り上がった。秋田谷を取り込み、狐の一部とすることで完全なる百尾へと進化した。




 今回のいきさつは以上である。百尾に苦戦したことや、百尾の中心に秘せられていた秋田谷を救い出したことは語るまでもない。当たり前のことだし、当然の苦戦と結果だ。



 秋田谷はその後、実家にて静養している。今回の件は秋田谷本家も重く見ているらしく、妖狐に対する対応は素早く、同時に僕らの活躍には深く感謝を示してくれた。まあ、秋田谷のためにやったっていうのはもちろんあるんだけど、結局は助けたいっていう自分らのエゴから出た行動なんだけどな。



「ひかりん、来週にはこっち戻ってくるらしいを。バイトも復活するって。迷惑掛けてごめんだって。よかったを……!! よかったを……!!」


「ああ、そうだな。よかった。秋田谷が少しでも前向きでいるのなら、それは喜ばしいことだ」


「久遠氏はひかりんのこと知っていたん?」


「いや、精神状態まではまるでわからなかった。何も知らなかったよ。一ヶ月以上も悩んでいたなんて、今でも少し驚いてる。それと、なんで気づいてやれなかったんだろうって後悔してる。友達としてできることが何かあったはずだって、そればっかり考えてる」


「後悔してもしょうがないを。これからどうするかを考えたほうが良くないか?」


「おっ、庵原にしては真面目で素直な提案だ」


「『』って!! 『』って!!!」



 庵原にツッコミをもらいながら笑い合う。学生時代の秋田谷となら、もっとこんな感じに、もう少し近い感じでいられたかもしれない。自分がそんな存在に、もっとわかってやれる相手になれたんじゃないだろうか。彼女との関係をもっとラフで、寄り添うような関係に近づくべきだったのではないか、などとどうしても考えてしまう。後悔と反省がぐるぐる回るように、言葉とは裏腹に自分の思考がどうしても堂々巡りになってしまう。



 もっと近い関係にあった自分が…………



 …………なんて。



 ああ、それは同時に、反対に見れば自分が良く見られたい、良い存在として認識してもらいたいというエゴの裏返しでもあることを、努々忘れてしまうことのない、つまりそういう、その程度の自分なのだと思うのだった。



 

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